#45 敵は
自分達にとっては、何のデメリットも無いような一方的な契約に困惑するラミア。本気で言っているのかと疑いたくなるものの、こういった”本当に”真剣な場でミシャリーゼが冗談を言ったことは、出会ってからの十年間で一度もない。
「……本気、なんですね……」
「もちろん。私は真面目な事しか言わないからな」
「それは否定しますけど」
とは言いつつも、そんな軽口だけはいつもと変わらない。今の張り詰めた空気を少しでも解そうとしているのか、それとも単に何も考えていないのかは分からない。
不思議なことばかり言って、それでも戦場に出れば誰しもを凌駕する戦闘力を誇る。彼女がいなければかつての襲撃時点でククノチシアが滅んでいたかもしれないことを考えると、ラミアは今でも少しヒヤッとしてしまうくらいだ。
(……出来ることなら、この件は私達だけで解決したい。そう何度も、外から来た人間に頼りたくない……)
自分達の住む場所で起こったことは、自分達だけでどうにかせねばならない。ククノチシアの実力者が集う親衛隊が、余所者の手を借りなければ何も出来ないような集団である事が嫌だった。
しかし、プライドに固執して最善策を選ばないのは、それこそ愚かな行いであることもまた事実。
目の前にいる人間と手を組めば、それこそ百人力。かつて親衛隊筆頭であるラミアも何度かミシャリーゼに手合わせを挑み、悉く敗北しているという現実から考えても、組まないという選択肢はない。
彼女に裏表がないことは、助けられた者としてよく知っていたから。
「……分かりました。今日中に、私達で全てを終わらせましょう。この件は一刻も早く終わらせたいのは、こちらも同じですから」
ミシャリーゼの提示したそれを、ラミアはとうとう承諾した。
「それに……今回の事に祖父らが絡んでいるのなら……尚更止めなくちゃいけない。私としては、そんなこと絶対にあり得ないと思いますけどね。あの人達は、他の誰よりもククノチシアを愛していると思うし……」
ラミアの中には、まだ疑いの念はない。あるのはただ、信じたいという気持ちだけ。
里のどんな者達よりも自分達の生きる場所について考え、行動してきた重鎮達が、今回のような馬鹿馬鹿しいことに手を貸す……もしくは、自らで実行したとは到底思えなかった。
「まぁ、私もまだ“怪しんでる”というだけだ。それが確定した訳ではないし……そこらへんはバシュヌが帰ってくるのを待つしかないな」
「ひとまずそこから現状の確認と……あとはミケロですね」
「何かに巻き込まれている可能性が高いだろうな。ひょっとしたら、バシュヌが何か持って帰って来るかもしれない」
「んじゃ、待ってる間に変なところがないかもう一度里の中を回っておくか。私とシエラ、ディナルとリーナ、ラミアの二手に別れよう」
他の全員も異論はなく、小さく頷くとすぐに集まっていた場所を離れ、辺りを見回し始める。敵の二の手、三の手が迫っている可能性がある以上、知らぬ間に皆心の中では焦りが生じていたのだ。
『……それでミシャリーゼ、貴方は分かっているの?』
「何が?」
『あの爆発の正体よ。可燃性があったり破裂したりする植物や鉱物は知ってるけれど、どれもあそこまでの威力は持たない。親衛隊が堕鬼族との戦争で使ってる兵器の中にもね』
シエラが疑問に抱いていたのは、先の惨劇を引き起こした爆発物について。
高威力で建物の一つや二つ程度であれば簡単に吹き飛ばしてしまうほどの代物など、このククノチシアにはない。もし仮にそんなものがあったとするならば……
「それこそ堕鬼族の連中か……その他の外部の奴だろうな。どこぞの劇場版ほどじゃないが、近接武器が主流のこの世界で爆撃機レベルの威力だもんなぁ」
再確認すればするほど、今回起こった出来事の異常性がよくわかる。
この世界には魔法が存在するのだ。当然、銃や大砲などといったミシャリーゼの知っている類の兵器は存在しない。それよりも優れた遠距離攻撃手段がありふれているからだ。
「なんで魔法も使わずせっせとあんだけの爆弾を用意したのかが分からないな……っああいや、そういえば魔力って他の奴にはバレるんだったか」
『あなた魔法一切使わないものね。そもそも人間はこの森の中で魔法を使え……あれ? リーナ使ってなかった? あれ?』
「急に慌てなさんなお姫様」
魔法云々の話題になった途端、今まで気にも留めていなかった事が突然シエラの中で強い疑問となる。
ミシャリーゼの錬成は魔法ではない。しかしリーナのは違う。魔力を用いて物質を変性させる『錬成魔法』であり、一般的ではないものの立派な『魔法』である。
「まぁ結論から言えば、『人の体がこの森に適応出来た』ってところだ」
『適応?』
「本人にも言ったんだがな。森の環境に慣れれば、人間でも普通に魔法を使える。しばらく時間がかかるし、これまで森にいた唯一の人が一切魔法を使わないから、知らなくても当然か」
「……敵も、同じだったのかもしれないな」
『え……?』
直後、ミシャリーゼが意味深な一言を発する。ここまでの話の流れを断ち切り、次なる道を構築するように。
「あれだけの爆発だ。どうせ皆殺しにするつもりだったんだろうし、ならバレるもクソもない。数日でも数週間でもかけて準備して、特大火力の大規模攻撃魔法でも放てばそれでおしまいだ。ややこしい真似をする必要なんてないんだよ」
『たしかに……でも堕鬼族なら、そんな事する前にミシャリーゼにやられてしまうことくらい想像できたはずでしょ? それこそ十年前、あなたにやられてるんだし』
「敵は堕鬼族じゃない。……いや、絡んではいるかもしれんがな」
全貌を明らかに出来るのはもう少し先であろう。しかしそれでも、地道ではあるが真実に近づけているという確信が、彼女にはあった。
「敵は……人間だ。樹海に、私達しかいないはずの同族が潜んでいる……!」




