#43 最も怒る者
「貴様、ふざけるのもいい加減にしろ……!」
「うおっ――ったく、素直に出てくればいいだろ? シャイな奴め」
バシュヌは気配を消し、ミシャリーゼ達の話にひっそりと耳を傾けていた。何を企んでいるのか分からない存在を野放しにするほど能天気ではないし、かといってラミア一人で行かせるのも不安だった。
例え仲間であったとしても、役職が自分より上であったとしても完全に信用したりはしない。十年前の苦い経験から、そうするべきだと彼自身が結論付けたものだ。
そして、彼女の結論に納得がいかなかったのだろう。その答えは、自分達を率いている長を……ひいては、それを守る自分達をも侮辱されたと同義であったからだ。
「バッシュ!? あなた来ないって……」
「こいつが来ないわけないさ。少なくとも、私は予想してたし。だからいつもより余裕を持って防げた」
ディナルに対してやったそれと同じような、死角からの攻撃。最速最短。本来避けようもない一撃は、確実に標的を殺すために磨き上げられた技術。しかしそれも、ミシャリーゼには一切通用しなかった。
回避行動を取れば二の手、三の手が来ることは分かっていた。だからこそミシャリーゼは、攻撃しようとするバシュヌの両手首を掴んだ。
そこからバシュヌも反射で蹴り上げようと試みるも、それすら読まれていた。手首を掴んだまま下にグッと下げ、握り拳の尖った部分で彼の脛を押さえた。攻撃に失敗した代償として、今バシュヌは相当の痛みに襲われているはずだ。その証拠に、ミシャリーゼを睨みつける彼の顔が少しばかり苦痛に歪んでいる。
「現状里にいる奴らの中で最も怪しい私達の話を、その変なプライドだけで拒むほどこいつも馬鹿じゃない。上辺だけでも参加しなければ、今ここでの会話と後でラミアから聞くであろう情報、それから自分から私に聞きに来た場合得られる情報、最低でも三回分発言の擦り合わせが出来る…………というか、どんだけ信用してないんだお前は。せめてラミアは信じてやれよ」
「任務においては仲間すら騙し、作戦を遂行する。それが親衛隊前隊長……十年前に殉職なされたエーガン殿の教えだ」
例え身内が相手であったとしても、どこまでも非情であること。任務に私情を持ち込むことは愚か者のすることであると叩き込まれた上での強さ……バシュヌの持つ実力とは、そういうものなのだ。
「……だからって、なにもすぐ殺そうとしなくてもいいだろうが!」
「黙れ……今貴様に喋る権利はない……!」
「なんだと……!?」
バシュヌに反発するように、師を攻撃されたディナルが怒りをぶつけると、それが今度は殺意となって彼へと跳ね返っていく。
「我々エルフの領域に踏み入り、あろうことか長を侮辱した……俺の行動は、忠義を尽くす者としての最適解だ……!」
「調子に乗るな……お前の行動が適切なわけないだろう……! 不意打ちしか能の無い愚か者が!!」
「貴様――!!」
『――――いい加減にしなさい』
「「ッ……!」」
刹那、重く苦しいたった一言が、その場を一瞬の内に静寂で満たしてしまう。
ここまでずっと黙り込んでいたシエラの堪忍袋の緒がとうとう切れ、その身には容赦のない怒気が纏わりついている。この場を収めるには、十分すぎるほどのオーラだ。
例え肉体を失って力が弱まったとしても、その本質は妖精族の王のそれに他ならない。今少しでも動けば命は無い……そう思わせられてしまう鑢のような空気……傅くことを強制されるような沈黙が、数秒間続いた。
『種族間でいがみ合う暇が、現状のどこにあるのかしらね? 今は協力すべきだという誰でも分かりそうなことが、何故分からないのかしらね?』
生み出した静寂を壊したのは、それを生んだ本人。今だけはこの場において、彼女以外の者に発言権は存在しない。
『――私はね、怒ってるの。貴方達なんかにじゃない。私の、私達の大切な故郷を滅茶苦茶にした者にね。今回の件は何よりも優先して終わらせたいし、もう二度とこんなことが起こらないように対策する……例え、皆の意見を無視して私が独裁的にこの里を統べることになったとしても、文句は言わせない』
その目に宿る覚悟からは、並べた言葉に対してどれ程本気であるのかが伺える。シエラ自身は、ここからの流れによっては本気でそれを遂行するつもりだ。
『……今だけでいい。お願いだから協力して。これは命令……同じ敵を見据えているのだから、共に戦いなさい』
「っ、くっ…………かしこ、まりました……」
「そ……そんなに嫌なのバッシュ……?」
シエラがそこまで言って初めて……とはいえ渋々共闘することを了承したバシュヌに、少々引いている様子のラミア。彼の人間嫌いも立場上……上辺だけのものなんじゃないかと一瞬考えていた彼女は、これほどなのかと驚きを通り越して呆れるばかりであった。
「……シエラ様の意向は正しい。だからこそ、俺は俺のやり方で動く」
「というと?」
「お前の予測が正しいのかを見極める――――長老達は、俺たち親衛隊ですら知らない秘密を抱えているようだしな。この機会に徹底的に調べ、ついでにそこの人間共も鍛え上げる。今のところ、戦力としては不十分にもほどがあるからな」
そこから始まるバシュヌの行動は、ここからの展開を大きく動かすものになる……のだが、結局自分勝手に動くのかと、ラミアのみならずこの場にいる全員に呆れられているのが現状である。




