#41 彼の力、御伽話の如し
「ふぅー……よっし、始めるか」
革製の手袋を嵌めたミシャリーゼは深呼吸を終えると、すぐさまその目の色を変えた。普段見せる無気力であるかのようなそれではない、真剣な眼差しへと。
そこからの集中力はとてつもない。まるでもう周りの音など一切聞こえていないのではないかと思うほどの没頭である。
意図的にそれほど意識を落とし込むのは難しい領域ではあるが、そんなことは彼女にとっては関係ないことだ。その分野にのめり込み、好きだと心から思えるからこそなせるもの。
「あの方の……錬金術、といったかしら。それはもう不思議な力でねぇ」
「そうですね。あれだけの質量、様々な素材を一斉に対象として発動できるなんて……」
「いやいや、そうじゃないのよ。それもあるけれどね」
現在彼女らは、ククノチシアの復興作業に携わっている。兎にも角にも、ほとんど建物が崩壊してしまったままでは行動することすらままならないということで、大半の動ける者は救助を。そしてミシャリーゼを中心とした少数で、建造物の修復へと行動をシフトさせていた。
そんな中で、ある一人のエルフの老婆が、ミシャリーゼが錬成する様子をじっと見つめていた。偶然勉強のためにと錬金術師を見守っていたリーナと隣り合わせになって、話している場面。そこで、老婆は不思議なことを言い放ったのだ。
「錬成魔法……いえ、私が若かった数千年以上前では、“魔術“という言い方が正しかったかねぇ。話には聞いていたけど、これほどまで凄いものだとは思っていなかった」
錬金術発動の際に発生する光が辺りを照らす中、彼女は止まることなく続ける。
「私たちエルフは、なるべく自然のものは自然のまま共存しなくちゃいけないっていう古いしきたりみたいなものがあるの。必要なものを作るため、飢えないために命を頂くことも最低限。自然と共に生き、自然と共に死ぬ。不用意に樹木へ手を加える事なんて以ての外だったの」
「たしかに……なんとなく想像出来ます」
「けれどね。十年前にあの子が現れてからは、そんな考え方も変わった。削り、切る事だけが木に手を加えられる手段とばかり思っていたところに、錬金術を持ったミシャリーゼちゃんがやってきた。不用意に命を奪わない。壊れてしまったとしても、また新たに木を切らなくてもいい。本当にいい事なのか悪い事なのか、それは分からないけれど……私には、なんだかとても眩しい……神様の力みたいに思えるの」
「神様の……力……」
そんな形容が、なぜかリーナにもしっかりと来る。ミシャリーゼ・ルーロの錬金術は、根本的に自分の修得した錬成魔法とは違うものなのではないかということは、前からなんとなく感じていた。
旧知の力であり、その全てが未知。多少自分でも上達を感じ始めてきたリーナだからこそ分かるミシャリーゼの異常性。
彼女だけが持つ何か。正体に関して言えることなど一つもない……面白いほどに精巧で、錬成速度も相当。おまけに大質量を何度も錬成し続けたとしても一切魔力切れを起こさないときた。よほど魔力効率がいい方法を取っているのか、それとも――――単純に、魔法以外。”別の力”であるのか。
(……ミシャ様のこれは、本当に御伽噺のようで……もし神様の力だと言われても本当に納得しちゃうと思う。ミケロの反射の力といい、生まれ変わった人は皆そうなのかな?)
「――よーし、ひとまずここらの区間は修復完了っと」
「……ばらばらに吹き飛んでしまったのに、私達の家もまるで何もなかったように……本当に、本当にありがとねぇ」
錬成する手を止め、一息ついていたミシャリーゼに近づいた老婆は、彼女に深々と頭を下げる。基本的に里の者らが下に見ているはずの人間に向かってだ。
まるでそんなことなど関係ないとでも言うかのように、目尻には涙の粒を浮かべている。もしも老婆が「直して当たり前だ」という考えを持っていたのならば、絶対にありえない光景である。
「おばあちゃん、私はむしろ謝らなければならない。役目を果たせなかったから、こんなことになってしまったんだからな。――――でも、もうこんなことはさせないよ」
いつもとは少し違う口調で、ミシャリーゼは感謝を続ける老婆のそれを止める。あくまでも守人というこの里における立ち位置があるからこそなのだろうが、その他にも、彼女自身の抱えている自戒の念というものがあるようにリーナからは見えた。
「ミシャ様、それはどういう……」
「簡単なことだ。この動機が意味不明な爆発騒ぎを起こした奴らを、根本から潰すんだよ」
「簡単なんですかそれ?」
ミシャリーゼが簡単なことだなどと言葉を始めるものだから、てっきりまずは基礎固め……地盤や建物の強化から入るのかという風にパッと考えたリーナ。
本来相当な時間がかかるであろうが、彼女の錬金術があるならばそれもきっと一晩で終わってしまうだろう。そう思った上での予想だったのだが、実際のミシャリーゼの思惑は、今回の一件の元凶を根絶やしにするという、極めてシンプル且つ上手くいけばもう今後同じような悲劇が起こることがない方法。
しかしながら当然、そのリスクは大きいだろう。
時間がかかるのは当たり前。そしてその間に再び襲撃されないとも限らない。犯人捜しに時間を食ってしまえば、更なる犠牲者が出ることも考えられる。
「まずは、エルフの皆の安全を最低限確保してからでも……」
「最低限程度じゃどうにもならない相手なんだよ。多分、私の勘だがな」
相手は、多少なりとも手練れの集うククノチシアにて、誰も気付けない作戦を用いて里を爆破してみせた。爆弾の類があったとして、それがまだ里に残っている可能性も否めない。最短最速で敵本陣を叩くのが最適解であると、ミシャリーゼは判断したのだ。
「だから今すぐ行動に移す。ディナルとシエラ、あとラミアとバシュヌも呼んできてくれ。今夜、全部に片を付ける――――本当のユグドラシルが始まる、今日この日にな……‼」




