#39 何も無い夜明け
賑やかであった祝樹の酣は突然の終わりを告げた。いや、そもそも始まってすらいなかったのかもしれない。
皆が今か今かと待ちわびていた壮大なる月の明かりが、大地を照らすことはなかった。無論月は登っていたものの、期待していたそれに比べればあまりにも弱々しい光……何の変哲もない、いつもと同じ空。違っていたのは、地上の方――――
「……なんて、ことだ……」
奔走し、気がついた頃には夜が明けていた。
瓦礫に埋まってしまった多くのエルフを助けて回り、その間にも起き続けていた爆発にもできる限り対応した。途中で合流したミシャリーゼが瞬時に割り出した爆発物が埋まっているポイントを比較的早い段階で共有できたのが不幸中の幸いだと言えよう。
「それにしてもこれ……再興はいつになるでしょうか……」
「建物を直すだけなら、私の錬金術でどうとでもなる。十年前も、そうだったしな」
何を隠そう、以前のククノチシア襲撃後、建物の復興……その大半を行ったのは、他でもないミシャリーゼなのだ。
里の修復に、守人としての役割……それらがあったからこそ、外からの脅威に怯えることなく、里のエルフ達は安心して暮らすことが出来ていた。しかしそれも、今日までのこと。
「だが、流石の私でも直せない……壊れてしまった、命までもは」
転がっているそれをじっと見つめながらも、ミシャリーゼはその顔を崩さない。何かを考えを巡らせているような、重い表情を。
無数の骸が、この里の至る所に存在していた。ピクリとも動かないそれらは、つい先ほどまで幻想的な風景を思い浮かべ、今か今かと待ちわびていた者達。皆がこの場にいる全員と共に祭りを楽しんでいた、仲間であった。
しかし、どうだろう。希望で満ち溢れていた彼らが、残された者の絶望を膨れ上がらせている。心の内で種として生まれたそれの強さをどんどん増幅させ、有り余る負の感情を炸裂させる起爆剤としての役割を果たしてしまっているのだ。
「……また……! クソッ‼︎」
「十年……たったの十年だよ? ……なんでこんな立て続けに、皆が死ななきゃいけないの……?」
次に聞こえてきたのは、ディナルらと同じくククノチシアを回ってきたのであろう二人組。親衛隊長ラミアと、副隊長バシュヌ。
放つ言葉の中には、悲しみ以上の怒りを孕んでいるのがよく分かる。それが容易に想像できるほど、悲哀の顔にくっきりと青筋が浮かんでいたのだ。
「……バシュヌ」
「貴様に名を呼ばれる筋合いはない。……と言いたいところだが、貴様らが皆のために動いていたのは知っている。それくらいは許してやろう」
「っ〜〜、こんな時にまで……!」
「落ち着けリーナ。…………向こうの方が、辛いに決まってる」
相変わらずの上から物を言うバシュヌの一言が、再びリーナの苛立ちを加速させた。それでも、同胞が大勢死んでしまった心中を察するように、ディナルは彼女の肩にそっと手を乗せた。
「……すみません」
「気にしなくてもいいよ、人間ちゃん。……えぇと、今リーナって言ったっけ。むしろ、私達はお礼を言いたいんだ。肝心な時に、何も役に立てなかったから……」
あまり多くを喋らないバシュヌに変わり、同行していたラミアの方が言葉を返してくる。無理して作った柔らかな笑顔と、掠れかけた声色で。
きっと、いますぐにでも叫びたいはずだ。怒りであれ、悲痛のそれであれ。
森の中栄えたククノチシアを一夜にして地獄へと変えた張本人へと向けられた殺意は、その対象となっていない者らにさえもひしひしと伝わってくるほどのもの。今のように冷静でいられているのが不思議なくらいだ。
「里の要人たちは? やられたか?」
「いえ……祖父達は一塊になっていて、たまたまその場では爆発を免れたんです。……なので、同行していた私とバッシュも無事でした」
ミシャリーゼが問うと、ラミアは少し俯きながら答える。
里のトップを守るという役割がありながら、この事態に対して真っ先に動けなかったのが悔しいのだろう。閉じた口の中では歯を食いしばり、拳は中の爪が食い込んで血が流れるほどに握り締められていた。
「……お前がそこまで卑下する事じゃない。私だって、今回のを事前に察知することなんて出来ん」
「それじゃ駄目なんです……全員助けることが出来ないのなら、親衛隊なんて……要らない……!」
(……全員助ける、ね。そんなことが出来る奴は、きっと天の神様くらいだろうさ)
嗚咽の混じるラミアの言葉を頭の中で反芻しながら、錬金術師の表情は暗くなっていく。
理想論が現実になるのならば、それが一番いいに決まっている。だが、そんなことは起こらない。戦争が起これば必ず死人は出るし、格上相手に仲間全員が生還なども奇跡が起こらぬ限りあり得ない……一言で表すなら、ラミアのそれは“甘い”のだ。
とはいえ、気持ちは嫌という程に理解できる。できてしまう。
(仲間が殺されて、そこまで頭が冷やせてる時点で大したものだよ。私なら真っ先に何も考えず突っ走るだろうしな)
自分で分かっているからこそ、ミシャリーゼもそれについて多くを返すことはない。
ちゃんとした思考を放棄せず、ここからの最善を模索し続けているのであろうラミアとバシュヌ。そんな二人の姿は、エルフの中では若い方であろうに、さながら……というより実際にだが、熟練の戦士を彷彿とさせる。
立場故の責任感か、咄嗟のことに頭を動かすので精一杯であるのか。この時点ではまだ、なんとも言えない。
「……おい。さっきから気になってたんだが……あの赤髪はどこだ?」
「ん? ミケロのことか?」
「そういえば見てませんね。ミシャ様、ミケロどこ行っちゃったんです?」
口を開いたバシュヌの疑問は、本来答える側であるディナルとリーナにも伝染する。
「……たしかに、走り回ってる途中で見失ったな……いつはぐれたんだったか……」
そしてそれが、同行していたミシャリーゼにも。突然の惨劇で状況が目まぐるしく変わっていく中で消えた仲間の行方を、この時誰一人として把握していなかったのだ。




