#38 轟爆
「――さて、そろそろ他の場所も見てみたいな。シエラ殿と彼女目当ての皆には少々申し訳ないが」
「せっかくのお祭りで、ぼーっと立ってるだけなのもあれですしね」
リーナと語ること十数分、そろそろ話の種が少なくなってきた頃だった。
シエラに群がるエルフ達の勢いは更に増す一方で、もはやディナル達がどうこう出来る隙も無い。三年ぶりに顔が見れたことが嬉しいのは百も承知ではあるものの、そろそろ解散してもらって次へ向かいたいというのが、二人の正直な本音であった。
「シエラ様、これを! せめて手土産にして頂ければ!」
「ずるいぞお前! シエラ様! どうかこちらも!」
『あっはは……こんなに持って帰れるかなぁ……?』
初めの方は何やら珍しい料理の数々を振る舞っていた面々であったが、シエラ自身もこの場を抜け出そうとした途端、今度は相当の土産類を持って来られていた。
小さなアクセサリーから、どこから用意したんだと言いたくなるような巨大な大剣まで。多種多様なそれらを受け取ってくれと懇願するような光景は、さながら数多の国の王子から求婚を迫られる物語の姫のよう。
「あそこまでいったなら、どさくさに紛れて私も何か渡してきましょうかねぇ。渡せそうなの茶葉しか持ってませんけど」
「それ、錬金術の修行で使ってる錬成茶だろ…………ん?」
いつもの悪乗りが始まったリーナを諫めつつも、どこへ行っても変わらないリーナの姿に安心感からか自然と笑みが零れていたディナルの表情が、その時一瞬強張った。
何かがあった訳ではない。先ほどのように、ふと考え事を始めた訳でもない…………背筋が凍るかの如く、鮮烈な激情を静かに感じ取ったのだ。
――――この瞬間を、待っていたよ。
(なんだ⁉︎ 何か途轍もなく嫌な予感がするぞ……‼︎)
その一言は、確かに今ディナルが聞き取ったもの。群衆の放つ喧騒中に紛れた、ほんの一声。
なんの変哲もない、ただ祭のことを言っているだけのようなそれが、類い稀なる聴力を持つ彼だけにははっきりと聞こえた。普通であれば「だからなんなんだ」とでも言ってしまいそうなそれであるが、ディナルは言葉と同時に感じたのだ。人の生き死にが渦巻く戦場で生き抜いてきたからこそ感じ取れる……悪意というものを。
「ディナル様、今度はどうしたんです――きゃっ⁉︎」
刹那、ディナルはリーナに何かを返すことなく地を蹴り、群衆へと走り出した。反射的に身体強化も行っていたようで、全身の力を抜いていたリーナは傍で起こった彼の急加速によって生まれた僅かの衝撃に体がよろめいてしまう。
彼女が頭の整理を急いで終了させた頃には、ディナルもすでに人混みの中へ入らんとしていた。
「シエラ殿‼︎ いますぐここから離れて‼︎」
『っ、ディナル……?』
勘違いだったのならばそれでいい。後で自分が大恥をかけばいいだけだと、ディナルは必死に叫ぶ。自らの本能を刺激した何かを信じるようにして。
だが彼の嫌な予感は――――その後、見事に的中する。
「っぐ!? ぐあぁっ……!!」
ドガンという重く鈍い破裂音が何重にも重なって、四方八方から鳴り響く。
魔法の類ではない。もし仮にそうであったのなら、多少なりとも敵意の籠った魔力を感じるはず……そしてそれ以前に、発動する際に出現する魔法陣に気付くはずなのだ――こんな、見える辺り全てを火花で埋め尽くすほど高い火力の魔法であったならば。
「一体っ……うわぁぁ!!」
「痛っ……! つっ、ぐぉぉっ……」
「嫌……嫌ああああ!!」
シエラを暖かく迎え入れた歓声達は、瞬く間に悲痛な絶叫へと変貌する。
泣き叫ぶ声。痛みに悶える声。何が何だか分からずにパニック状態へと陥るべくして陥ってしまったエルフの面々は、先ほどまでの幸せな気持ちから一変、焦りと恐怖でその脳が埋め尽くされてしまう。
「皆……! 落ち着い――っ……!」
轟音と共に押し寄せてくる人の波。それに、ディナルは飲み込まれてしまう。
先ほど聞いた声の主は確かにその波の中にいるはずで、それでもなお近づけない。それどころか、数の暴力で押し返されてしまう始末である。
(くそっ……! 近づけない……! 飛び越えて捕まえようにも、これだけの密度では狙いが定まらないばかりか、確実に怪我人を増やしてしまう……建物に飛び移りそれを伝って行こうにも、今の爆発で使えそうな足場は全て吹き飛んでしまった……!)
目の前にいるはずの敵に、どうしても近づけない。強くなった今の自分であれば取り押さえることだって出来るはずなのに、逃げ惑う者らに伸ばす手を阻まれてしまっている。
悔しさ、もどかしさ、そして苛立ち……様々な感情が急に頭の中で暴れまわるよう。この状況で混乱状態へと至ってしまっているのは、ディナルも同じだったのだ。
「――――あっ……」
そして、彼がそこから更に予感していたことが起こってしまう。他でもない。犯人と思われる存在の逃亡だ。
高く跳躍したその存在は、何もない場所から滑空するかのように森の奥底――闇の中へと消えていく。濃い緑色のポンチョが樹海の景色と重なり、本来視認できる距離にいるはずの犯人の姿が完全に見えなくなってしまった。
もしも今が昼であったのならば……そう考えたとしても、都合よく太陽は上がってきてくれない。去っていくその人影を、ただその場で見る他にない。
「ッ……!! 待て――」
「ディナル様!! ここだけじゃありません……ククノチシア全域で同じような爆発が起こっています! 何とかしないと……!!」
「だがっ……くっ――――クソッ!!」
この日起こったのは、十年前の悲劇……その再来。
何十何百と炸裂した赤き閃光が、美しいエルフの里を埋め尽くす。
皆が待ち望んでいた月の光は訪れない。ただ、いつもよりも深い暗闇が、空を覆うばかり。
何もかもが、思い描いていたそれと違う。果てしない困惑に全てを支配される中、ディナルはここからリーナと共に、これ以上被害が出ぬよう街を一晩中走り回ることしかできなかった………………




