#35 いざ、祝樹の酣へ
「……別にいいかと思って聞いてなかったんだが…………リーナ、お前今歳いくつだ?」
「十六ですね」
「十六……まぁゼルトースじゃ成人だし…………いや、せめてあと二年は待て。そしたら襲っていいぞ」
あそこからディナルが驚きの速さで服を着て、遠くを見つめるミシャリーゼの誤解を解こうと必死に語ることおよそ三十分。かろうじて納得したミシャリーゼは、一応そういうのはちゃんとしておいた方がいいかと全員を集めたのだ。
「分かりました」
「何がどう分かったんだよお前は……」
そこから続いたミシャリーゼの言い分に納得したようなリーナであったが、隣で聞いていたミケロには根本的な何かが欠落しているような気がしてならなかった。
だがしかし、今だけは彼も人の事を言える立場にはない。
「というかミケロ、お前もお前だ。いつもの反射で逃げようと思えば逃げられただろう…………むっつり野郎め」
「そっ、そそそそんなんじゃないって!」
本人ですら忘れそうになってしまっているが、間違いなくミケロの中身は男。そんな彼の思惑を察するようにじっと見つめながら、ミシャリーゼは取り出した煙草に火を着けた。エルフの里は基本的に外での喫煙が禁じられているため、こうして宿まで我慢していたわけである。
「……というかそれを踏まえたとしても、その……お、襲う許可なんて出すのはどうなんだ……?」
「まぁ、遅かれ早かれだろ?」
「…………」
ディナルはともかくとして、リーナに『健全』というものを期待する気など、もうすでに彼女らには無かった。
現に当の本人も、そんな自分に関する話に一切介入してこない。先ほどのような場面を見られても一切動じなかった所も見るに、今もそれを遂行したいと思っていることは明白。
王国での立場というものが意味を成さなくなった森での生活が、彼女自身が封じ込めた思いというものを存分に開放させてしまったている。
「……ディナル様、いつまでそうやって俯いて黙ってるつもりですか」
「すごいなリーナは……俺もいつかそんなメンタルを手に入れたいものだ……」
「こいつの場合メンタル云々というより羞恥心が欠如してるだけだと思うが」
いつも凛とした表情をしている王子の面影はどこへやら。恥ずかしさのあまり放心状態となってしまったディナルに、事の元凶となったリーナの方が何食わぬ顔で声を掛ける。
男と女。普通は互いが逆の反応をしそうな場面ではあるが、だんだんとそんな状況が見ていて面白くなってきたミシャリーゼは、それについてあえて突っ込まない。
「なにはともあれ、今回は私も見なかった事にしておこうか。互いに気まずいし、そんな状態じゃ楽しむものも楽しめないだろうし」
『楽し……っ、そうよ祭り! もう祝樹の酣が始まってる時間だわ!』
そこでここまでずっと黙っていたシエラが、皆に思い出させるかのように叫ぶ。
樹窟の攻略や中域への初到達、突然の襲撃やハプニングなどが立て続けに起こった故にこの場にいる皆が忘れかけていたようであるが、今日のククノチシアは祭り一色。というかそもそも、それに参加するためだけに彼らはこの場所へとやってきたのだ。
『こんなどうでもいい話なんて後! 皆すぐに準備して!』
「言い切っちゃったよどうでもいいって」
『自分でもない人の常時にこれだけの時間を割いてるミシャリーゼの方がおかしいのよ!!』
正論である。
結局綺麗に話も纏まらぬまま、四人はシエラに連れられて宿の外へ。
彼らの泊まるその場所はククノチシアの中でもかなり高い位置にあり、里の栄えている場所に辿り着くまでは少しだけ距離がある。
わちゃわちゃと話している間にすっかり日は落ちており、木漏れ日から差し込んでくるのは月光。先ほどまで地を照らしていた太陽は、その存在が消えようとも舞台へ登る月の存在感をその無限に等しい力を孕んだ光で引き立てるのだ。
「おぉっ……随分と賑やかですね……!」
「本当に祭りだ……こんな森の中で……ここまでの……!」
「流石に日本と違って屋台とかは無さそうだけど、それでもいたるところに食べ物があるな……皆どこから持ってきてるんだ?」
『基本的には、皆自分の家から持ってきてるわね。外で森の恵みを皆等しく分け合って、守護大樹様に見てもらうの。私たちは今、あなたのおかげでこうして幸せに暮らせているんだって』
初参加である三人は、その光景に目を丸くしていた。
辺りから聞こえてくる楽器の音色。エルフ達の喧騒。
ある者は踊り、ある者は歌い、ある者はそれらを盛り上げる役に徹する。人の文化とは乖離した樹海の中であるというのに、人国の祭となんら変わりない。
「楽しいことを突き詰めていくと、結局皆が同じ場所に辿り着くんだろうな。音楽と共に、酒や飯を持ち寄ってどんちゃん騒ぎ……なんだかんだ、皆で集まってる時はそれが一番楽しい」
街の中で笑い合う面々を眺めながら、なにやら感慨深い様子でそれを微笑みながら見つめるミシャリーゼ。彼女が時折見せるそんな静かな表情は、それだけで絵になりそうな美しさがある。
「ほんっと、よく立て直したよ。ここまで……」
十年前、この場所は地獄そのものだった。
王を失い、たくさんの命が奪われた。もはや、ククノチシアは滅んだと言っても過言ではないほどに。
もちろん、建物の類もほとんど崩壊し、皆が雨風を凌げる場所の一つすらもなかった状態から、こうして再び……前以上の活気に満ちるほどにまで至った。
この場所に生ける皆の心の強さがあったからこそ手に入れた、束の間の平和。一度で全てはとても噛み締め切れないほどの感慨深いものが、確かにあったのだ。
「……さ、それじゃあ私は飲みまくるとしようかなぁ。お前達はどうする?」
「俺はもう少し街を見て回ります」
「それじゃあ私も!」
色々あってまだ街の散策が出来ていなかったディナルは、色々見たいと別行動を選び、当たり前のようにリーナもそれに同行する意思を見せる。
『それじゃあ私は、二人を案内しようかしらね』
「なら僕はミシャリーゼに同行するよ。一人にしてたら本当に何するか分かったものじゃないし……」
「やんちゃっ子の母親かお前は」
シエラはディナル達と、ミケロはミシャリーゼと回ることを選択し、それじゃあまた後でと、そこで五人は二手に別れた。
祝樹の酣、祭散策のスタートである。




