#34 湯けむりと乱入者
「……ふぅ……まさか森の奥でこんな風呂にありつけるとはな……」
――――話は少し遡り、ミシャリーゼとシエラが歩きながらラミアと話し始めた頃。
完全に体の力が抜けきったディナルが現在堪能しているのは、案内された宿の部屋に併設されている浴場。
やはり人のそれとは違う部分もあるだろうと勝手に覚悟していた彼であったが、いざ部屋に足を踏み入れれば、それが取り越し苦労であったことに気付く。
広い部屋の中には木製の家具がずらりと並び、そのどれもが王城にいた頃のそれと遜色ない作り。
かつて、ヴィラのようだと元現代人であるミシャリーゼのテンションが上がるほどの空間は、それを作り上げてみせたエルフの技術力が如何程のものであるかが伺える。
香りの良い木を使っているのであろう浴槽にて湯に全身を包みこむと、疲労で泥に埋まっていたような体が一気に解れていく。修練と実戦続きであった近頃のディナルにとっては、まさに奇跡のような代物であると言えるだろう。
「疲労回復以外にも様々な効果が湯に溶け込んでいるというが……薬の類は入って居なさそうなんだよな……魔力のようなものが溶け込んでいるのか……実際、本当に回復魔法を受けたような感覚に近いかもしれん」
「浴槽の底の下に魔法陣が埋め込まれてるみたいですよ。それがあたりに漂う魔力と反応して、お風呂に入ってる間は常時発動状態になるみたいですねー」
「なるほ……ど…………ってうわぁっ!?」
彼の独り言に対する答えが、何故だか彼の後ろから聞こえてくる。自分一人しかいないはずの浴場でだ。
声の主は分かりきっている。しかし悲しきかな。振り返っては駄目だと頭で分かっていても、背後を取られたくないという戦う者としての本能が、ディナルの体を反射で動かしてしまう。
「りりりリーナ!? なんでお前が入って来てるんだ!?」
振り向いたそこに立っていたのは、当然共にやってきているリーナ……と、ミケロ。二人ともが、大きめのタオルで前を隠すのみ……一糸纏わぬ姿で現れたのだ。
服の上からでも嫌というほどに理解せざるを得ない立派なモノを備えたプロポーション。些か若いディナルには刺激の強すぎるその肉体は、戦闘者とは違う意味で恐ろしく強力なもの。彼女が湯を浴びておらず、手前のタオルがまだ透けていないことだけが唯一の救いであった。
「なんでって……やはり従者たるもの、浴場では主のお背中を流さねばなりませんので」
「お前はよくじょうの意味をはき違えてるよ絶対……」
リーナに突っ込みながらも、自分の片手を両目に当てて隠しながら風呂へとやって来たミケロ。ミシャリーゼの趣味によって外見は完全に女のそれである故、その刺激は異常なまでに強い。
「とっ、というか……! なんでミケロもついてきてるんだ……!」
「ごめん……フルスロットルのリーナは止められなかった……最後は逃げようとしたけど捕まって脱がされて…………いや、僕男なんだけど……だよ……ね?」
「気を確かに持て! お前は男だ……っ……多分!!」
「自信を持って言ってほしかったぁ……」
とうとう羞恥の限界へと至ったのか、ミケロはその場にてへたり込んでしまう。湯気に当てられた顔は恥ずかしさとも相まって真っ赤に染まり、見てくれだけで言えば妙な色気を醸し出している。
……ディナルにとってその状況は、仲間として男が来たというより、逆に目の毒が増えたのみ……追い打ちをかけられた気分へと至っていた。
「……冗談はさておき、リーナはいいのか……⁉︎ 男二人いる状況で、は、肌を晒して……」
「ミケロはなんかもう、男の人って感じしないですし……ディナル様には、私の全部を見て欲しいですし」
「ぜっ……⁉︎」
力の限り目をぎゅっと瞑りながら問えば恥ずかしげもなくそんなことを言ってくるものだから、今度はディナルの方が恥ずかしさでやられてしまいそうになる。
パニックにパニックが重なり、もはや冷静な思考能力など完全に失ってしまっていた。何かを考えようにもリーナのせいでよからぬ想像ばかりが頭を過ぎり、沸騰直前まで追い詰められるばかり。
(とりあえず、リーナ達には出て行ってもらわなければ……! いや、俺が出た方が速い……が、果たしてリーナが易々と通らせてくれるか――――)
「ただいまー。いやまぁ、自分の家ではないわけだが……しかしやっぱりとんでもないなこの宿。エルフの里はどこもこれがデフォとかやばいな」
『ここの職人がこだわり抜いた力作だもの。何回泊まっても幸せになれるんだから脱帽ものね』
(っこ、こんな時に……!)
慌てふためく彼の心中など察するわけもなく、談笑しながら宿に到着したミシャリーゼとシエラ。一室を全員で使うのは事前に聞いていたのでディナルにもそれほど驚きはないが、問題はそこではない。
宿に来た二人以外、誰も服を着ていないという事実。そして玄関から奥へと進めば格別の眺めと共に風呂を確認できる部屋の構造上、今すぐにでもこの場を離れねばあらぬ誤解が生じる可能性が大いにある。
「ひっ、ひとまず俺は上がる! のぼせてしょうがない!」
ミシャリーゼ達がやってきたことに気付いているのは、現状でディナルのみ。彼の特異なる聴力ありきなのだ。
もちろん、リーナはまだ知らない。だからこそディナルに向かってアタックを続けていたし、そんな彼が突然風呂から去ろうとしているのならば、意地でも止めたくなってしまう。彼女の頭の中からは、もはや後退の二文字は完全に消え去っていた。
「いやいや、あの長風呂で有名だったディナル様がのぼせるほど入られてないじゃないですか。しっかり温まってもらわないと――――っひゃあっ⁉︎」
「っ! だいじょーーおわぁっ⁉︎」
そして、そうやって攻め入り過ぎたことが仇となってしまう。
なんとか恥ずかしがっている様子のディナルを抑えつけようと、先ほど樹窟で戦った時と同じ感覚で前に出たリーナ。ここが同じ洞窟であったならば何の問題もなかっただろうが…………ここは風呂場。当然、床はとても滑りやすい。
前のめりのままバランスを崩したリーナは、そのまま逃げるべく湯船から上がってきたディナルの方へ。そしてディナルはそこで、更なるパニックに陥ることとなった。
受け止めねばリーナが怪我をするかもしれない。しかしそんなことをしていては、師匠がこっちにまで来てしまう。
彼の善性が生んだ……生んでしまった選択。選ぶ時間など気まぐれな天が与えてくれる筈もなく、そこからディナルは硬直。一歩も体を動かすことができぬまま、その衝突を許すこととなってしまった。
(痛……っ、くはないな……むしろ――――っいぃぃ⁉︎)
「っとと、大丈夫ですかディナル様……」
仰向けに倒れることとなったディナルの上に、リーナの体が意図せず重なる。直後肌で感じることとなった柔らかな感触は、まるで理性の箍を容赦なく外さんと彼に襲い掛かるよう。
体は全然軽いはずのリーナであるが、乗られた彼はある一点から相当な重さを感じざるを得ない。状況としては、ディナルが思い描いていたものの中では最悪中も最悪――――
「…………お前ら……いや、なんかその……ごめんな?」
「ちっ、違……! 事故! 事故ですから!!」
なんとか意志を強く持って立て直した時、ディナルが次に目にしたのは、目線の先――奥にて今まで見たこともないような柔らかな笑顔で気を遣い、ゆっくりと宿を立ち去ろうとしているミシャリーゼの姿。
「あぁうん。事後……事後ね、うん……ほんとにすまない。邪魔したな……」
「せ、せめて話をぉぉ……!!」




