#32 かつての悲劇再びか
「――――んじゃ、そろそろあいつらを追い出さなきゃならんほどの用件とやらを聞かせてもらいましょうか」
大勢のエルフに見つめられる中、そんな状況に一切臆することなくミシャリーゼはラガスへと問う。
先ほど長老から向けられた眼差しは、それがちょっとした内容ではないのだと訴えかけるように鋭かった。
シエラの数倍……ミシャリーゼの数百倍の時を生きている者の覇気は、老いて肉体が滅んでもなお健在であるらしい。
『ラガス、貴方まだミシャリーゼを認めていないの? 彼女は守人としての役目はしっかり果たしているのだし、そろそろ……』
『お言葉ですがシエラ様、今回はそういう話ではございませぬ』
何度か今回のように祭りへ参加するためククノチシアへとやってきているミシャリーゼの存在は、当然エルフ側も知っているし、だからこそ、これまでやって来たことなどなかった人間を受け入れるのは時間がかかった…………彼女が、この里を救った英雄であったとしても――――
――――遡ること十年前。
ここククノチシアは、堕鬼族からの奇襲を受けた。
襲撃から僅か十分にも満たない時間。戦火は瞬く間に広がり、里の者達は蹂躙される他なかったのだ。
警備隊、親衛隊の面々も果敢に敵を迎え撃ったが、向こうの計画は意外にも綿密なものであり、急ごしらえの対策ではどうにもならず、とうとう果てには自分たちの王をも失うこととなった。
妖精王の政党後継者である姫だけは、襲撃の始まった方向の反対にあった樹窟の口から何とか逃がすことに成功したものの、里の状況が最悪であったことに変わりはない。
……だが、その突如起こった悲劇から数日後。絶望に染まり切った彼らの元へ、奇跡が舞い降りた。
それが、姫を逃がした洞窟からククノチシアへと足を踏み入れた一人の人間と、同胞と思われる精神体――――他でもない。ミシャリーゼ・ルーロと、生きたまま逃がすことに成功したと思われたシエラである。
シエラの姿に、エルフの面々は全てを覚悟した。精神体となったそれは、肉体が限界を迎え死へと至ったことを意味するからだ。
そして、力も弱まっているであろう彼女が、見知らぬ人間と共に死地へと戻ってきた……堕鬼族の仲間が、姫を人質に取ったのだと、誰もが悟ったのだ。
しかし、それは杞憂に終わる。現れたその二人は、共に攻め入ってきた堕鬼族の悉くを蹂躙してみせた。紛うことなき妖精王の力と、摩訶不思議な力――――錬金術を掛け合わせて。
……そこから十年経った今もなお、感謝されることこそあれどミシャリーゼが称えられることはない。
もとよりエルフという種族は同族間の仲間意識が強い。『自分達かそれ以外』が基本である。
同じ樹海の中に棲む堕鬼族ですら忌み嫌っているというのに、森の外から来たという異種族……ましてや、千年以上出会うことなどなかった人間を受け入れるほどの余裕など、王を失い憔悴し切った彼らには無かったのだ。
『……答えよ。何故――――堕鬼族をこの里へ連れてきた……!!』
だからこその、疑い。十年という、彼らにとってはあまりにも”短い”年月では、その奥底でぐつぐつと煮えたぎる怒りや怨嗟の念は消えたりなどしない。
この長老、ラガスとて同じこと。そしてそれが分かっていた故に、ミシャリーゼもこの場に残ることを拒まなかった。
「堕鬼族を?」
『とぼけるでないわ……女子の姿に扮したとて、あの忌々しい気配を儂が感じ取れぬとでも思うたか……!』
続くラガスの言葉に、その場にいる者全員がざわめき始める。どうやら彼以外、その魂がどうであれミケロの種族が堕鬼族だったことに気付いていなかったらしい。
(――そういやあいつそうだったな……というか何だこのデジャヴ感……)
大勢の者に囲まれ、その真ん中にて鬼のような形相で睨まれながらの問答。全てが始まり全てが終わったあの十年前と、奇しくも類似した状況。
ミケロの正体など別に気にも留めていなかったミシャリーゼは「今更そんなこと」とでも言いたげな表情を見せながらも、皆にどう説明したものかと急いで思案を開始する…………が、
「あいつに敵意はありませんよ。手綱は握っておきますし――――億が一にでも里に危害を加わることがあれば……私が責任を持って殺します」
ミシャリーゼは変に言い訳することなく、ありのままを皆に告げる。確かにミケロは堕鬼族であると。
そして同時に発したのは、ラガス達が不安視しているそれなど、絶対に起こらないという確信の籠った声であった。
とはいえ、それだけで里の者達が納得するかと聞かれれば、少々イエスとは言い難い。
そんなものが信用できるかという声も上がっている。堕鬼族という単語を聞いただけで顔が真っ青になっている者も僅かではない。
(チッ、ここまで言ってもか……というかこのジジイ、こういう空気にするためにわざと今言いやがったな?)
今にも反射的に舌打ちしそうになる己の口の動きを抑えつつ、ミシャリーゼは以前ポーカーフェイスを貫いている。ここで下手なリアクションを取れば、それが本意でなくとも何らかの誤解を生みかねないからだ。
「――――まぁまぁ、ミシャリーゼさんもそう言ってることですし、ひとまずは保留でいいじゃないですか。せっかくの祝樹の酣なんですから、今日だけは重い空気も必要ありませんって!」
そうしてしばらく双方黙り込む中、静寂に包まれた重い雰囲気を容赦なく破壊する声が一つ。
元気な声でミシャリーゼを擁護するのは――ラガスの左側に立っていた、この面々の中では珍しい水色の髪の少女。
実に健康的、尚且つ綿密に鍛え上げられた体と腰に携えている鞭と短刀から、彼女がこの里における戦士であることが容易に想像できる。
容姿は、人間なら十代後半といったところ。種族が種族である故に実年齢はもっと上なのだろうが、ククノチシアに住まう者達の中では若輩であることには変わりない。
そんな彼女の名前は、ラミア。エルフの里、ククノチシアの長老ラガスの孫娘である。




