#31 珍しき来訪者
そうして街を行き交うエルフ達の注目の的となりながらも、皆はバシュヌに遅れぬようにと早歩きでついていく。
街の階段を越え、そこから更に大樹の中をくりぬいて作られた螺旋階段を上って、吊り橋を三つほど渡った先に存在していた、ククノチシアにて最も大きな木の内部に作られた空間へと辿り着いた。
「なんというか、物凄く見られましたね……」
「それほど人間が珍しいということなんだろうか」
「僕もこの森には十何年か住んでるけど、お前達以外の人間は見たことなかったしな」
注目を浴びることには慣れきっているつもりのディナルも、一ヶ月ぶりの感覚に少々気疲れしている様子。
リーナの方は向けられる視線が気になっていた程度だったようで、それほど辛そうな表情は見せていない。
「所詮は下等生物。趣味の悪い見世物としては最適だろう」
「ディナル様ぁ……こいつ殺っちゃってもいいですか? ほんとのほんとに」
「やめろリーナ。必要のない争いは避けるべきだ。人国間の大戦を終わらせるべく動いている人間が、新たな戦いの火種を起こすわけにもいくまい」
留まるところを知らないバシュヌの毒舌に、リーナの苛立ちが治まるどころか再び加速していく。
ディナルがそれほどまでにイライラしている彼女を見るのは、幼い頃に彼女が自分の姉と数週間にわたる大喧嘩していた時以来。
本格的に従者としての訓練を受け始めてからは己の気持ちを押し殺す方が圧倒的に多かった彼女がこうして自分をさらけ出せているのは、今近くに自由奔放の権化のような存在がいるからなのだろうか。
「バシュヌ殿、といったか。そちらの軽口もそこまでにして頂きたい。我々を罵倒したとて、そちらに有益な何かが発生するわけでもなかろう」
「フン、元よりそんなものどうでもいい。我ら妖精族の里……守護大樹様の加護を受けた聖域に異種族が紛れ込むことに問題があるのだ」
リーナを落ち着かせつつも、自分達は現在対等な存在であるのだとバシュヌに主張するディナル。しかし当のバシュヌからすれば、それは余所者の戯言。その変わらぬ態度を改める意味などない。
『まぁまぁ、鎮まりなさいバシュヌ。主の気持ちも分かるが、守護大樹様は邪なる者以外を拒まぬ』
そんな時彼らの居る空間の奥にてバシュヌへとそう呼びかける声は、年齢が重なり落ち着いた男のそれ。
声の方を見やると、そこに立っていたのは小さな老人。
さも当然のように耳は長く、腰のあたりまで伸びている白い髭が特徴的なエルフ。その体のサイズに纏っているオーラ……どこか、シエラに似ている存在であった。
『……して、この中域まで足を運んでくるとは中々の腕前。ようこそお越し下さった……儂はラガス。このククノチシアにて長老の座におる者だ』
シエラを除いた、男女関係なくこの場にいる十数のエルフ達。その中で唯一肉体を持たぬ者。
赤子と同等のサイズしかないシエラとは違い、五歳前後の人間程度の背丈はある。しかしそれでも、明らかに異質な姿である事には変わりなかった。
『久しぶり……と言っても三年しか経ってないけど。祝樹の酣の間滞在させてもらうから、しばらくよろしくね』
『かしこまりました。ではお連れの皆様の分も合わせて、この里一番の宿場を用意させましょう』
(――ここまであまり実感がなかったが……シエラ殿は本当に高位の方なのだな……)
まるで旧友と喋るかのように砕けた口調でディナル達と同行していたエルフが喋ると、対する長老の方も慣れきった様子でそれに応えている。
彼らがどれ程の年月を生きているのかを把握していないディナルから見ても、二人の年齢は相当に離れていることは容易に想像出来た。やはり立場が立場なだけあって、妖精族の中でも明確な上下関係があることを改めて実感していた。
『……では挨拶も済んだことですし、樹窟を抜けてきたばかりでお疲れでしょう。宿場まで案内させますので、祭りの始まる夜までは、ごゆっくりお過ごしください――――して……』
そう言いながら、ラガスはその視線をゆっくり、ある一方向へと向ける。
「ん? …………あぁ。分かったよ」
「ミシャ様、どうかしたんですか?」
その先にいたのはミシャリーゼ。この中で唯一、ククノチシアへと複数回足を運んでいる人間である。
僅か。時間にして一瞬にも満たぬ程ではあるが、彼が確かに見せた何か言いたげな表情。
険しく、どこか冷たい……ここまで見せた雰囲気とは完全に真逆のそれ。向けられたミシャリーゼと、ラガスと長い付き合いであるのだろうシエラの二人だけが、そんな長老から発せられたアイコンタクトに気付く。
「……いや、なんでもない。私は宿の場所知ってるし、先に行っててくれ。思ってる以上に疲労も溜まってるだろうし、しっかり休むといいさ。――丁度、宿には風呂もあるしな」
「お風呂っ!? ディナル様、今すぐ行きましょう!」
「うおっ、急に元気になったな……」
風呂一つでリーナがここまで目を輝かせているのは、言うまでもなく樹海に入ってから今まで一度もそれに入っていないからである。
服や体は小屋の隣にある湖の水……それとミシャリーゼが作った石鹸があったために清潔に保ち続けることは出来ていた。
だが習慣化していた『湯船に浸かる』という行為が、女子のリーナにとってはあまりにも恋しいものだったのだろう。その声色と表情は、喜びに満ちていた。
「それでは私の方がご案内させていただきますので、お三方はこちらへ」
そんな風に声を発したのは、ラガスの側にいた少し背の高い女エルフ。大人びた声でミシャリーゼとシエラを除いた三人を呼び、今いる空間の出口へと向かって歩いていく。
「……あ、あぁ。よろしく頼む」
リーナとは相反して、どこかやるせない様子のディナル。彼の中では、まだ先ほどのモヤモヤが腫れていなかったのだ。
原因はもちろん、今エルフ側にて何事もなかったかのように立っているバシュヌ。先ほどやられた借りをどこかで返さねばとここまで考えていたディナルであったが、今結局その期を逃そうとしている。
(しかし……例えさっき俺が万全の状態であったとして……俺は、あいつに勝てていたんだろうか……?)
そこから、彼がこの場でバシュヌの方を見やることはなかった。胸の内に芽生えた思いを抑え込み、そのままリーナ、ミケロの二人と共にこの場を後にする。ほんの、本当に僅かの苛立ちと後悔を、閉じた口の中で噛みしめながら。




