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#30 到達、直後襲撃

 扉の先は洞窟の出口。入り口と同様、少しばかりの樹木のトンネルを抜ける。


 だが、中域とは言えども結局は樹海であることには変わりない。

 見渡すばかりの緑……無数の木が存在するだけの風景であろうと、樹窟の先へと進んだことのなかったディナルとリーナは想像していた。しかし、いざ目の前に広がった光景は――――




「なっ……! なんですか、これ……!?」


「……ま、街!?」


 さながら、人間が作ったのかと勘違いしてしまいそうになるほどの壮観なもの。

 高低差の激しい大地を繋ぐ階段。一番奥が見えぬほどに存在する無数のカラフルな木造建築。それらを囲むように生える巨木の間には吊り橋が存在し、人の国と乖離したこの場所に確かな文明がある事実を叩きつけられる。


 そして何よりも、聞こえてくる喧騒。

 前域では自分達五人の発する音以外は自然のそれと獣の鳴き声しか聞こえてこなかったというのに、間違いなく聞こえてきている”人の話し声”。


 厳密には少し違う……が、人の理解できる言語で会話していることは確かだ。

 それらを口にしている存在達の方を見やれば、その全員が耳が長く、髪色も金や鮮やかな緑色が多い。おまけに、そのほとんどが若い美男美女。周囲を包む澄んだ空気と魔力由来であろう不思議な感覚も相まって、どこかこの世とは違う別世界であるのかと感じてしまうほどであった。




『ようこそ。ここが目的地――――妖精族(スピリア)の里、ククノチシア。エルフ達が暮らす、中域の中で最も大きな住処』


 自信に満ちた表情でそう言うシエラが見せたのは、いつにも増して明るい笑顔。自分の好きなものを自慢する子供のように生き生きとしていた。

 まるで、久しぶりに戻って来たかのような雰囲気……いや、実際にそうではあるのだろうが。


「やっぱり故郷は落ち着くか? シエラ」


『まぁね。…………本当に。またこうして落ち着けるなんてね……』


 どこか含みのある言い方に疑問を覚えるも、そんなシエラとミシャリーゼの会話を聞いていた三人は、それ以上詮索するようなことはしなかった。




「それにしても、本当に凄い場所だなぁ……! 森の中にこんな街があるなんて、国の皆も想像などできまい……!」


 緊張を強いられる戦いがひとまず終わったことを察知したディナルの肉体からは、栓を抜くかのようにゆっくりと力が抜けていく。


 それと同時。彼自身の本来のテンションが露わとなる。普段は臣下達の前でちゃんとしておかねばならぬ立場上、気の休まる瞬間というものが就寝の時間以外ほとんどない生活を強いられて来たディナル。

 しかし本来は――こうだ。自分の知らぬ物に興味を持ち、わくわくせずにはいられない。身分に囚われない普通の少年として生を受けていたならば、きっと今とは全く違う人間に成長していただろう。


「早速色々見て回りた――――いぃぃっ!?」



 

 …………そう。間違いなく、気の緩んだ瞬間に突然喉元に襲い掛かって来る六角手裏剣のようなそれを、間一髪ではあるものの回避できるような人間には成長していなかったはずだ。




「……!」


「なっ⁉ なんだお前っ、うおっと……!!」


 急に目の前に現れた、フードを深く被った誰か。


 ナイフサイズの槍のようなそれで急所を狙い続け、ディナルは後方へ下がりつつそれをギリギリ躱す。

 瞬間再び視界から消えたかと思えば、今度は左斜め後方からの刺突。身を捻ることでなんとか避けつつその勢いを利用して回し蹴りにて応戦するも、その一薙ぎは途轍もない高さの跳躍で躱された。


 空中では何も出来ない。体勢を立て直す時間はあると、一瞬ディナルが思い込んでしまったと同時、彼が横目で捉えたものがあった。ピアノ線のような、極細の糸である。

 ピンと張っており、その先端は地面に突き刺さった苦無(くない)。そしてもう片方は――――フードの襲撃者、その左腕にぐるぐると巻き付けられていた。


「――死ね」


(しまった……間に合わない……!!)


 襲撃者が己の左腕を引っ張ると、糸が空中にて身動きが取れないはずの体をディナルの立つ方へ加速させる。

 反撃するさえ許されない、神速の攻撃。ディナルが一瞬の瞬きを終える頃には、既に六角手裏剣が彼の喉元に突き刺さろうとしていたのだ。


 とうとう中域に足を踏み入れたばかりだというのに、早々死なねばならないのか。頭が本能的に死を悟ってしまったディナルは、もはやそこから動くことも出来ず――――






『――やめなさいバシュヌ!』


「ッ……!」


 切っ先が、彼の喉元を抉ることはなかった。シエラが襲撃者へ叫んだ瞬間、奴の手がまるで一時停止したようにピタリと止まったのだ。

 手裏剣の鋭利な先端は、ディナルがあとほんの数センチ首を前に出せば突き刺さってしまう位置。シエラが止めてくれなければ、きっと今頃彼の足元には血溜まりが形成されていただろう。


「……シエラ様、お久しぶりでございます。して、何故止めねばならぬのですか?」


『理由が無ければ即座に殺すのもどうなのよ……』


「お前、私にそれやって返り討ちに遭った(ボコボコにしてやった)の忘れたのかぁ?」


 どうやらその襲撃者。シエラ、ミシャリーゼと面識があるようで、敵ではないと分かるや否やその低い声色を露わにする……ディナルには、先端を向けたまま。


「そ、そろそろ武器を下ろしてはもらえないだろうか……?」


「黙れ人間……百の年月すら生きられぬ下賤の弱者がシエラ様と馴れ馴れしく会話することなど、本来あってはならぬのだ……!」


(こいつ……なんかすっごい面倒臭そうな予感が――っておいリーナ落ち着け……!? 今暴れたらマジでディナルが刺されかねねぇぞ……!)


 明らかにシエラにだけは心酔していそうな襲撃者の言い草。そして何よりもディナルに向かって武器と殺意を向けていることに憤慨寸前のリーナを辛うじてミケロが宥める。

 プヴォロのそれで構築された肉体の筋力をもってしても、ディナルが絡んだ時のリーナは相当手強い。今ブチギレて声を荒げていないだけ十分ましなほどだ。




「ミケロは少し黙ってて。こいつには私が然るべき報いを……!」


「リーナ…………いいぞもっとやれ」


「止めろよお前は!!」


 リーナの言葉、そのどこに反応したのかは定かではないが、しばらく黙った後ハッとした表情を浮かべたミシャリーゼは、リーナの怒りを鎮めるどころか更に燃料を投下していく。

 ので、ミシャリーゼに対して苛ついてしまったミケロが結果真っ先に叫ぶこととなったわけだ。






「……やれやれ、まったくもって騒がしい奴らだ。仮にシエラ様のお言葉が無かったとしても、殺す気すら失せてくる」


 そう言いながら襲撃者――バシュヌと呼ばれたその者は、被っていたフードを脱ぎ、その素顔を見せた。


 現れた顔は、整った若い男性のそれ。ナチュラルな金髪で眉は薄く、細く鋭い目はまるで瑠璃のような濃い青色。凛々しいという表現がよく似合う男であった。


「……要件は祝樹の酣、そしてその後見られるユグドラシルでしょう。長老の元へ案内しますので、こちらへ。…………人間共、貴様らはさっさと失せろ」


「こんっ、の、減らず口がぁ……」


「まぁまぁリーナ……! 俺はなんともないから……!」




 最終的に矛を収めたバシュヌは、リーナだけを先へ進ませるというような言葉を並べたのち、奥へと振り返ってそのまま歩き始めた。


 怒りが限界に達したリーナの方は、とうとう殺されかけていたディナルにまで宥められる始末。結局十数分の間を経て、シエラの後に続くこととなったのである…………

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