#2 賭けなる謀略
「……よろしかったのですか? フォルド様」
従者レオナは、自室へと戻って力無く腰掛けた第一王子フォルドにへと問いかける。
「あぁ、これが考えられる未来……その中で最善の選択だ」
それに対して、フォルドはなにやら思慮を巡らせながらもゆっくりそう答えた。その苦汁の選択が、間違ってなどいないと言い聞かせるように。
――時はミシャリーゼ追放の宣告直後。今頃それを言い渡された錬金術師の身柄は王城の地下へと運ばれ、檻の中であろう。
「彼女にとっては考えうる最低の道を強いた自覚は大いにある。今の私は、誰がどう見たとしても外道そのものなんだろうな……フッ、次期王位継承者が聞いて呆れる」
自虐的な笑みを浮かべるフォルド。その様子は、先ほどの考えなしで突き進むような自己中心的な姿とはまるで違う、穏やかで落ち着いた振る舞いであった。
「……ミシャリーゼは三年という短い期間で、この国にかなりの利益をもたらしています。素行には少々問題もありましたが、あれの持つ知識と技術は、国の研究だけではない。兵力の増強や更に質の高い武具の開発……その他諸々を十年は進められたかと思われます。そんな人材を手放してまで、一体何を……?」
このレオナという人物は、ミシャリーゼのことを高く買っていた。
彼女は現在十九という若さでありながら、その知識は一級品。本物のそれは世の理すら揺るがす存在であるとまで言われる錬金術師を自称できるほどに生物学、植物学や薬学に精通しており、その奇天烈で自由な発想は他の研究員からの評価も高かった。
そんな、あと数年もすれば城の中でも相当に優秀な人材になっていたであろう者を手放す理由を、レオナは本当の意味で理解できていなかったのだ。
「っ、失礼しました。フォルド様の意思や決定に背くつもりは……」
「気にしていない。実際、先ほどは私が頼んだ通りに動いてくれていたしな」
ゆっくりと大きな呼吸を繰り返す度に、フォルドの体からはどんどん力が抜けていく。声色も気だるげになっていき、次第に完全に緊張を解すことに成功したところで、彼は本題へと入った。
「――近頃、各国の動きに異変が起きつつある。特に南方諸国に至ってはそれが顕著だ。おそらくはそこら近辺を火種として、大きな戦争が始まるだろう」
(……この方の先見の明は、十六歳の少年とは思えないほどに凄まじい。それは国王陛下が、直々にフォルド様を宰相補佐として任命するほど……そして、フォルド様が自らの予感を外したことは――まだ一度も無い……)
決して短くない年月をフォルドの近くで過ごしている。彼の凄さというものを、レオナは身に染みて理解していた。
だからこそ、目の前の言葉を子供の与太話で済まそうとはしない。己の仕える主のそれを、彼女は真剣に受け止め続けた。
「南方諸国は広い。そしてどの国も現状にあるのは根本的な水不足、食料や移民問題……難癖付けから始まって、周囲の国家も巻き込めば、戦火の広まりは留まるところを知らないはずだ」
「……えぇ、おっしゃる通りかと。ですが、我が国の国力であれば――」
「いや、勝てんだろうな。ほぼ間違いなく」
そんな風に即答してみせたフォルドの考えはこうだ。
確かに、ゼルトース王国は国王ドルムの元、ここ数十年で大きく力を伸ばした。だがしかし、身に着いたそれは良くも悪くも堅実なもの。
バランスが良い、全体的に総合力が高いなどと言えば聞こえも悪くない。だが突出したものの無い騎士団は、ほんの少しの綻び――敵の持つであろう強大な”何か”によって、簡単に崩されかねない。
「過酷な環境故に、そこで鍛え上げられた猛者の名もよく耳にする。それに対抗できる者が、今この国にどれ程いる?」
戦というものを語る上で、およそなどは通じない。今回の問いの場合、それを”確実に”遂行できることが絶対条件となる。
「せいぜい、我が父……それも、若かりし頃のだ。今後に期待する手もあるが……若い者を今から集中的に育成したとして、ゼルトースの歴史上最強たる存在に並び立つ傑物が、一体どれ程いる?」
フォルドだって期待していないわけではない。ただ、期待して思い描くほどに強くなるかと聞かれれば微妙な所である。
そこで彼が目を付けたのが――――突如現れた、イレギュラー的存在。
「人間の体とその限界について知り尽くし、尚且つ伸び代を残しているほどに若く、戦えるほどに強い精神力と度胸。おまけに最低限、人並み以上に動ける者……未来にゼルトース王国を残すため、父と練った計画を進めるにあたって、彼女以上の適任はいなかった」
「国王陛下とも……? ……ならばせめて、ミシャリーゼにはそのことを話しておくべきだったのでは?」
「……彼女には、私のことを心の底から恨んでもらわねば困る。怒りや憎しみは、人を成長させる大きな要因となる。良くも悪くもな。あとはそれが悪い方向へ向かってくれぬ事を願うばかりだが……正直、実際どうなるかは私にも分からん」
成人すらしていない身でありながら、第一王子は相当なまでに物事を達観していた。
そしてそれは、過ごした生は短いながらも国の命運をかけた大きな賭けに出た男の立場と覚悟から来るものであった。
……例え無関係の人物を巻き込み、利用したとしても、その犠牲をもって為さねばならぬことが、彼にはあった。
「何もかもが未確定、成功率は奇跡の遥か先だ。だが上手くいけば、この先必ず行き詰る我が国の壁を打ち砕いてくれる英雄達が誕生する……! 真に正しい新たなる王と共に、世界全土を統一することも不可能ではない……!」
(……フォルド様……貴方は、どこまで先を見ておられるのですか?)
レオナは少し怖かった。彼は、それを遂行するためであるならば平気で己の命だって差し出してしまうような人だから。
しかし、その彼が今日遂行した、あまりにも非道なる行為……フォルド・ゼルトースの描く世界で、それはどのような結末に繋がっているのだろうか。
「一応、転職を勧めておくぞ、レオナ。いつかの未来、もしお前になにかあったら困る」
「ふふっ、突然何をおっしゃいますやら。……どのような結果に終わろうとも、私は貴方様に生涯お仕えする所存でございます。例えフォルド様が進もうとしているそれが――地獄へ向かう道程であったとしても」
「……ははっ、それは頼もしい限りだ」
だが自然と、彼女に迷いは無かった。それどころか、その顔には微笑みすら浮かんでいた。
――王家に長年仕えている一族に生まれ、その誇りを胸に生きてきた。
これから主と共に進む道のりの果てに絶望しか待ち受けていなかったのだとしても、それが宿命であるのならば喜んで受け入れる……レオナの目は、真っすぐフォルドの方へと――彼女が進むべき道へと向いていたのだ。




