#1 錬金術師、理不尽なる追放
――ミシャリーゼ・ルーロは今、玉座の前にて跪いている。
「……ルーロよ、貴様がこの場に呼ばれた理由、心当たりが無いとは言わせぬぞ?」
王、ドルム・ゼルトースはミシャリーゼを睨みつける。
その彫りの深い強面に宿る黒き双眸が、彼女の持つ翡翠色の瞳にその視線を集中させた。
二十年以上にわたって一国の主として君臨し続けている彼の放つオーラは、ミシャリーゼの周りを囲むようにして立っている近衛兵をも委縮させるほどのものであり、今もなお戦場を駆けるほどの武人ということもあって、その迫力は途轍もないものだ。
しかし、面と向かう彼女は物怖じすることなく答えた。
「いいえ。私ごときに国王陛下が一体どのような要件があるかなど、見当がつきません」
そう。ミシャリーゼは本当に知らなかったのだ。何故自分がこのような状況下にあるのかを。
裏で陰謀を企てていたわけでもない。国を混乱に陥れる可能性のある物を開発してしまったわけでもない。
日常的に多少問題行動は見られるものの、それ以上の働きをしていることは事実であるし、なにより問題として挙がっているそれらも国王自らが本人を呼び出すほどの物ではない……はずだと、ミシャリーゼは考えていた。
「あくまでも白を切るか……だが、その態度はいつまで続くのであろうな」
ドルムはその態度を見て一瞬ニヤリと笑うと、玉座の肘置きに立てた腕に顔を沈めながら、空いていた左手を挙げる。
すると横にいた従者と思われる女性が、何やら折り畳まれた一枚の紙を持って王へと近づき、それを渡す。王はそれを開き、ミシャリーゼへと見せる。
「っ、そ……それは……!」
「ふん、思ったよりも呆気のない……」
反論せんとしていた彼女に対する勝利を確信。同時にこの程度の女であったかと、どこか失望すらしているような様子であった。
「それは…………ん? いや……それがどうかなされたのですか?」
王が見せてきた紙に記されていたもの……それは、確かにミシャリーゼ本人が書いたものだ。だが、
「さぁ、もう言い逃れは出来ぬぞ……! 申せミシャリーゼ・ルーロよ! 貴様の口から、これが何であるのかをな!」
周りにいる者達も、皆がミシャリーゼを――その流星のように煌く銀髪を。少し潤んだ口元を。
そして、何が何だか全く分かっていないのであろう当人の怪訝な顔を、全員が見ていた。
答えねば罪を認めることとなり、答えずこの場を離れんとすれば、すぐさま彼女を取り囲む人間らによって即座にお縄。もはやミシャリーゼに残された道は一つしかないわけであるが――――
「――えぇ、ただの……『落書き』ですが……」
ミシャリーゼはそう言う。嘘偽りのない答えを。
それを聞いた面々はざわつきだした。彼女がここへ呼び出されるよりも前、事前に王の口からそれがなんであるのかを知らされていたからだ。
最初から、ミシャリーゼの味方など存在していない。だからこそ、彼らの敵意はより高まる。紛うことなき王の舞台にて踊る役者達は、彼女の弁明など聞く気すら持っていなかった。
だが、そんな彼女から出た一言――落書き。それが彼らの神経を逆撫でした。子供の悪戯に等しいもので済まそうというのだから。
「……この”魔法陣”。落書きにしては些か精巧且つ緻密に仕上げられたものであるように見えるが?」
「昔からの趣味なのです。”錬成陣”書くのが。この世において何の意味もありませんし……って、言っても伝わりはしませんか」
「何を訳の分からぬ事を……! ――もうよいっ! フォルドよ、息子フォルドはおるか!!」
「ハッ、王よ。ここに」
そう言って、待ってましたとでも言わんばかりのニヤついた笑みを浮かべて王の元へと歩を進める金髪の男は、ゼルトース王国第一王子にして王ドルムと正妻の間に生まれた次期国王候補筆頭、フォルド・ゼルトース。
なんでも、今回ミシャリーゼがこのような事に巻き込まれた原因も彼にあるようで。
「では僭越ながら、反逆者ミシャリーゼ・ルーロが記し、そして企てていた『ゼルトース国家転覆に関する計画』について説明させていただきます」
「……は? 国家転覆……って?」
ミシャリーゼはそこで、事が自分の想像していたものよりも遥かに大きいことを悟る。それも、何らかの勘違い、あるいは何者かによる――意図的な策略によって進行していることも。
「まずは皆に見てもらおう。地図を持って参れ!」
先ほど父がそうしたように、息子であるフォルドも従者に地図を持って来させた。
しかもそのサイズは、幅が五メートル、高さが三メートルもある巨大な代物。この玉座の間にいる人間全てがそれを見ることが容易だ。
「言うまでもないだろう。これは我らがゼルトース王国全土を記したものだ。そして、これにそこの女狐が書いた陣を重ねると――」
「女狐……なんかしっくりきませんね……そうだ、豹とかにしません? 数十年後に頑固職人ビビらせてやりますよ」
「黙れ。……すると――――こうだ! これを見よ!!」
フォルドよりも年齢だけは上であるからか、突然意味の分からないことを言い始めたミシャリーゼ。追い詰められている自覚の無い彼女の言動はそのまま流され、王子は途切れかけた話を何事もなかったかのように戻した。
そして地図へ向こう側が透けて見えるほどに薄い紙に書き写されたミシャリーゼの落書き、その内容が重ねられる。
それを見た者達は、全員がおぉ、と唸る。なんとも嘘っぽい、すでに全部じゃなくとも皆は何か知っているのだろうなと、ここでミシャリーゼは確信を得た。
「――この、陣を含めた十七の円。これが我が国に存在する活火山、海、谷などを含めた危険地帯と重なっている。そして、この王城にもだ! ……ルーロはこれらの地にて一斉に衝撃を起こし、ゼルトース全域を混乱の渦へと陥れる『地殻変動計画』を企てていたのだ!!」
どんどんと饒舌になりながらも、フォルドは言葉を続ける。
「これは周辺国家、そして不可侵領域である妖精の樹海をも脅かすもの……この国が始まってより四百年、そこの女は、その中でも類を見ぬほどの大罪を犯そうとした!! それこそが、貴様の弁明など出来ぬ重罪である!! ミシャリーゼ・ルーロよ!!」
――なんと恐ろしい計画。
――この国を滅ぼそうとしていた者と今日まで共に働いていたのかと思うと震えが止まらない。
――フォルド王子が気付いてくれなければ、一体どうなっていたことだろうか。
…………そんな風なことを口に出しては、周りの人間は慄然としていた。
「…………んな無茶苦茶な……」
そこで、ミシャリーゼからも思わず本音が漏れる。そして、落書きをした彼女だからこそ――それほどまでに精巧な落書きが出来る彼女だからこそ、フォルドの見せた拡大したそれの違和感にすぐさま気付いた。
所々、位置や模様が違う。おそらく、地図とピッタリ重なるように多少手を加えられている。
そして、それを仮に指摘したとしても、相手はこの国の王族。反論できる隙があれど、それをする権利すら与えてくれない。
ドルムの持っている実物と比較しろと言おうが、元々はミシャリーゼの落書き。『酷似している』というだけでも、向こうにとっては彼女をこの場にて追い詰めるのには十分すぎる材料だ。
(これは……アレだな。嵌められた、って奴だ)
ミシャリーゼは、こんな状況でも何故か落ち着いていた。その手の物語は、前世にて何度か見たことがあったから。
事実無根の罪を着せられ、重い罰を受けることとなる……そんなありふれた話が、自分にも回ってきたのだと、どこか受け入れているまであったのだ。
それから、ミシャリーゼ・ルーロは、国家反逆の大罪人として城の地下にて投獄される。
三日後、まだ実行に移していないこととこれまでの城での働きもあり、処刑こそ免れはしたものの、王宮魔法士によって両腕に『錬成不能の呪印』を施される。これによって彼女は、二度と錬金術を使えなくなってしまったのだ。
……全てを奪われた。彼女における全てであった錬金術を危険極まりないものとし、王達は封じた。王子フォルドの言葉を皆が信じ、疑わうことすらなく。
そうして、ミシャリーゼは王国を追放されることとなった。この一件は瞬く間に国内外へと広がっていき、もはや人の住む世界に彼女の居場所は無い。
もはや、行き着く場所の選択肢として残されたのは――――妖精の樹海。人が入ればまず生きて帰ってくる事は不可能とされる、広大な迷いの森のみ。
黒き呪いを刻まれた両腕を曝け出しながら、ほんの僅かも存在しない希望を求めて、ミシャリーゼは森の奥へと進むことを強いられたのだ。向かうあてなども無く……ただ、ひたすらにまっすぐと。




