#28 天性の聴覚
瞬間、戦いの始まりを告げたのは互いのどちらか、その起こりではない。それよりも前――――向き合う両者の間に生まれた、ほんの僅か。コンマ一秒にも満たない『間』であった。
人間である以上、必ず生まれる隙……瞬きと、呼吸。瞼が閉じ、息を吐き終える現象が重なったその刹那、巨人とは思えぬ俊足にてブラグロリネラがディナルへと襲い掛かる。
(師匠がさっき零した言葉――――この巨人には、実体がある……!!)
ミシャリーゼの発したたった一言が、彼を緊張の檻から解き放ち、冷静な思考を与えた。
瞬時に身に宿る魔力を剣へと伝い、攻めの一撃となる巨人の踵落としをその腹で受け止める。
その衝突によって発生した衝撃は、彼の身を越え地面を伝い、強烈な風圧となって辺りへと分散する。大地が揺れるほど……とまではいかなかったが、それでも現状一度身を交えただけであるというのに、やり取りのレベルが相当に高いということが嫌というほどにリーナへと伝わっていく。
「ッ……!」
そこから始まる攻防、超近接戦。軽い小手調べの如く、あるかどうかも分からない感情を一切見せずに乱打の応襲を選択する巨人に対し、ディナルはそのまま身体強化した肉体を唸らせ迎撃する。
リーナは、ただの一言すら発することが出来ていない。ただ息を呑んで、その光景を出来る限り瞬きすることなく見守るのみ。
「まだまだっ……この程度!!」
ディナルが更に回転数を上げる。ギアを一段……もう一段と上げていくかのように、その出力と速度を引き上げていくのだ。
そして、その場に留まるばかりではない。せっかくの開けた空間、利用しない手はない。
――おそらく、この番人には思考能力は存在していない。作り手、製造方法がどうであれ、大元がガーディアンであるというのなら、きっと何かしらの命令によって動いているだけに過ぎないと、迫りくる攻撃を捌きながら彼は予測する。
そこに付け入る隙はある。そう思った瞬間――それは確信へと彼の中にて変換された。
「……覚えたぞ!」
「マジか、あのラッシュを初見でパリィしやがった⁉」
およそ二十秒ほど続いたその怒涛の連撃に終止符を打ったのは、それを仕掛けたブラグロリネラではなくディナルであった。
幾度となく攻撃を受け続け、見つけたその規則性。同じ攻撃動作、それが数パターン存在することにそこで気付いたのだ。
「攻撃による風圧、それによる”音”……! 突破口はそこにある!」
「……音?」
そんな彼の言葉に疑問を覚えたのは、彼の師その人。この樹窟の口に関してはかつて難なくクリアしてみせたミシャリーゼでさえ、その言葉の本当の意味を理解することは出来ない。
攻撃による音とは、バット等をスイングした際に発生する風を切るようなそれ……のことだろう。ブラグロリネラの連鎖爆撃の如き速撃、そのスピードであれば、ディナルの言う音なるそれが聞こえてくるというのにも頷ける。
しかし、『音が聞こえる』と『音によって攻撃の迫る位置が理解できる』とでは、当然ながら全然意味が変わって来るというもの。
先ほどのディナルの発言……目で何度も見て規則性を覚えたと言うのならば、同じように攻撃を食らい、受け、その中で体が敵の攻撃順番を本能的に理解したと言うのならば、それは凄いことだ。
たった数十秒の中で、目指す中域への道を阻む者……それほどの力を有する、前域のプヴォロなどとは比べるまでも無いほどの強大なそれに適応してみせたということなのだから。
だがもし……もしもだ。仮にディナルが、それを耳――聴覚のみで敵の行動全てを読み、今のブラグロリネラの右拳を弾いてみせたのならば…………
『ある意味…………ミシャリーゼより凄いかも……!!』
『――――』
ブラグロリネラは喋らない。戦うためだけに作られたその門番には、それ以外の余計な機能は搭載されていないのだ。
そしてその中にはもちろん、声帯や感覚器官、感情なども含まれる。結局はただのガーディアンであるのだから、当然と言えば当然かもしれないが。
(ッ……! 何かが、変わった?)
――標的の攻撃性能が己を上回ったと門番の内部に存在するプログラムに似たそれが認識し、ブラグロリネラの行動パターンを変化させた。
瞬時に肉薄しての物量で攻める戦法から一転、ディナルを優に超えるアジリティをもってして実現させた高速機動にて敵を翻弄する。
「……ミケロといい勝負……くらいですかね」
以外にも目に映ったそれのスピードに、リーナはいつものように驚きはしなかった。それに近しいものを、つい先ほども見てきたばかりであったから。
慣れるほど……慣れる程度のスピード。しかも、多少鍛えられているとはいえ戦闘職がメインではないリーナがだ。
ならば、ディナルは――――それに対応できる。
「攻めるべく向かって来たところを返り討ちにするまでだ……!」
ブラグロリネラに遠距離攻撃手段は存在しない。と、ディナルはそこで判断した。
初手から牽制として魔法を放つこともなくいきなり間合いを詰め、今も人の動体視力では追うことすら難しいほどの速度で動き回っている。
実際、ディナルもそれを馬鹿真面目に追いかけて追いつけるほどのスピードは持ち合わせていない。
そんな最高に巨人の方が優位であろう状況下。であるのにも関わらず、その類を一切使ってこなかった故であった。
「エルフが作ったガーディアンなんだから、魔法ぐらい使えそうな気もするがなぁ」
『ブラグロリネラの性能であれば、たしかに間違いなく魔法を扱える。そもそも、本来は有事の戦力として作られる予定だったらしいし…………けれど、あの巨人はあくまでも通る者の力を試す門番。敵の実力がどれ程のものなのか……それを測れれば、それでいいのよ』
呟くミシャリーゼの意見に、イエスでとシエラは答えた。そして同時に、ディナルと戦うガーディアンが今以上の能力を有していることも。
言われてみれば、とミシャリーゼは今もなお高速で動き続けるブラグロリネラを見やった。
相対するディナルを翻弄するべく縦横無尽に駆け回る巨人には、確かな”余裕”があった。
その作られた肉体のスペックで出せる限界まで力を引き上げていない……そんな事実。ブラグロリネラの有する本当のポテンシャルに今更驚くミシャリーゼではない――――が、
(……あいつ、敵に耳を傾けながら、こっちの話も聞こえてるのか……シエラが話終えた瞬間、ディナルの放つプレッシャーが上がった……!)
こちらの方には驚かされていた。己が教え子の持つポテンシャルに。
まだまだそれを完全に引き出すには至っていない。まだまだ恐るるに足らぬ存在であることは間違いない。
(普通にやったなら一撃すら当てられないほどの超スピード……さて、お前はどう攻略するんだぁ……!)
それでもなお、格上をも翻弄せんとする彼の持つ力……その才能の片鱗に、ミシャリーゼは確かな末恐ろしさと興味を抱いたのだ。




