#27 種、芽生えさせよ
「――……よし」
ディナルはゆっくりと腰に下げている剣を抜き、その刀身をじっと眺める。握る手には自然と力が入り、心拍は徐々に加速を始めていた。
手入れの行き届いた刃は、それを見る彼の瞳をはっきりとその腹に映す。まるでその剣自身がいつでもいけるぞと応えてくれているような鉄の鈍い輝きは、戦いの迫る彼の精神を少しだけ落ち着かせる。
「ディナル。そこから先に一歩でも踏み出せば、さっき言ってた門番みたいなのが最奥に現れる。……覚悟が出来たなら進め」
「はい……もう、とっくに出来てます……!」
樹窟に入ってからかれこれ三時間は経過している。空気は問題なく洞窟内に行き渡っているし、目も周囲の暗さには既に慣れきっている。
強いて言うなら、ここまであまり先立って動かなったせいで、ディナルの体がちょっとだけ冷えているくらいだろうか。
進んで来たこの場所は、中域へと足を踏み入れるための最後の関門。既に空間の一番奥には見るからに重そうな鋼鉄の扉が鎮座しており、進まんとする者らの行く手を阻む。
そしてそれを越えるために、ディナルはその一歩目をとうとう踏み出した。
剣を抜き歩く彼の身には、確かなオーラが宿っていた。圧倒的とまでは言わぬものの、強者の放つそれである。
――直後、目の前に現れる影が一つ。その闇の大きさが、存在の巨躯が如何程のものであるかを物語っていた。
「……!」
もう引き返せない。ここまで来てしまったのだから、驚く必要も感想を述べる意味もディナルには無い。
突如どこからか落ちてきた、一粒の種。それが空中にて止まり、刹那膨大な魔力を帯びた。
それと共に、まるで目覚めるが如く発芽し、急激に成長と圧縮を繰り返し、生まれた樹木は 直径五メートルほどの球体へと至る。
だがしかし、それは殻。表面の樹木はみるみるうちに硬化し、内で魔力を増幅させると、やがて殻がバキンと甲高い音を立てて一気に砕け散った。
そして中から現れたのは――――途轍もないエネルギーをその身に内包した存在。
事前にシエラからは、門番は巨人であると教えられていた。だが、イメージとは少しだけ異なっている。
たしかに、巨大な人型ではある。身長は六メートルほどだろうか。だがディナルの想像していたのは、もっと腕や足の太い、無骨な存在。
しかし目の前に立っているのは、そんな考えたものとは真逆のフォルム。
手足は細長く、戦う上での無駄を全て削ぎ落としたかのような立ち振る舞いは美しさすら感じてしまう。
肉体が肉体らしくない。かといって、全身鎧姿というわけでもない。――さながら、装甲。自立行動するロボットであるような、この世界においてはあまりにも異質なプレッシャーを放っていた。
『――これが、前域突破において避けては通れない最終門番、ブラグロリネラ。樹窟の支配者であり、魔力によってその身を構築された妖精族式のガーディアン』
「しかもちゃんと実体もあるんだからなぁ。エルフの技術力はいまいち理解が追い付かない」
ミシャリーゼですら舌を巻くほどの超技術によって開発されたそれは、中域へ進む者の力を測る役目を 担う。しかしそれを作った者は、なにも実力の足らぬ者全てを皆殺しにしようとこれを生み出したわけではない。
このブラグロリネラを倒せぬほどの実力しか持ち合わせていない存在は、この先へ進んだとしても待っているのは理不尽な死がほとんど。そのような目に遭わせないための、ほんの僅かながらの優しさだ。
「……まぁ裏を返せば、「え?wこの程度すら倒せないのに中域行こうとしてんすかぁ?ww」という製作者の悪意も感じるがな」
「それはお前が捻くれてるだけなんじゃ?」
「よーし頑張れ我が弟子ー」
隣で突っ込むミケロをよそに、ミシャリーゼはディナルにギリギリ聞こえる程度の声援を送る。
およそ感情が籠っているとは思えないそれではあったが、そんな裏表のないミシャリーゼの言葉が、ディナルにとってはそれ以上ないほど大きな後押しとなる。
(弟子、か……自分から頼んだのに、まだ少し慣れないな)
本来であれば、絶対にあり得ない関係だろう。能力こそあれど貴族の出ですらない女に、王族たる者が弟子入りするなど前例がない。本来、あってはならない。
教えを乞うことこそあるだろうが、立場は当然位の高い者が上。未だ王政が強く根付いているこの世界において、それは当たり前のことであった。
そんな中での、師匠と弟子。その力と芯の強さに惹かれ、自分もそれを望んだ一人の男。そこに地位など存在しない。ただあるのは、運命を共にする絆……それを芽生えさせる種。
「……ははっ――――尚更、負けられなくなってしまった……!!」
ディナルは巨人、ブラグロリネラと向き合った。
視認するだけで嫌というほどに感じられる凄まじい魔力総量。ただ睨み合っているのみ……向こうは戦闘に向けて構えすら取っていない状態であるというのに、そこには一切付け入る隙が無い。
それほどまでの相手と、一対一でやり合う……戦場での一騎討ちを思い出させる緊張感と共に、ディナルの放つ覇気はその出力を更に高めていく。
「我はゼルトース王国第二王子……そして――錬金術師ミシャリーゼ・ルーロの弟子、ディナル・ゼルトース! この剣と力が先にて通用するかどうか、その身をもって見極めていただこう!!」
彼は剣を構えながら、自信と誇りを胸に名乗りを上げる。
通る者が違えば、きっとこの巨人はただの通過点。また通る者が違えば、自分の進む道を阻む邪魔者。それでもディナルにとっては、絶対に負けられない歴とした相手。
……ひと月前の自分なら、きっと立つことすら許されなかった場所。今そこに、憧れの人間の協力を経て立っているのだ。
「…………」
ああは言ったが、戦況が悪くなれば当然自分も参加する気でいたリーナ。
そもそも本来は、力を示すために自分も戦わなければならないのだ。序盤活躍したとはいえ、それを己が主に押し付けているのだから勝手もいいところだった。
――だが、そんな考えはもはやどうでもいい。時間が経過すると共に洗練されていく彼の闘気を感じ、リーナの中に存在していたほんの少しの心配が消えた。
「……ディナル様――――ご武運を……!」




