#26 その体を構成する物
「せぇぁ……っおわぁっ⁉︎」
枝分れした樹木の道、奈落を越えたその先。次に待ち受けていたのは、毒性の樹液が滲み出るエリア。広さは先ほどの半分以下ではあるが、そこにいた魔物の群れが厄介であった。
そこにて待ち構えていたのは、ユルググと呼ばれる蛙型と、ピレックと呼ばれる蝙蝠型。この二つの魔物は樹窟内にて共存している種であり、その連携による攻撃を完全に捌くのは至難の業であろう。
ピレックの発する超音波による敵の行動阻害に、エコーロケーションの完璧な感覚把握をユルググにもゼロタイムで伝達。一瞬の間も置くことなく四方八方から飛んでくる溶解液と長い舌を用いた刺突は、周囲の岩をも砕く威力。
そんな恐るべき連携を見せるニ種族をずっと一人で相手し続けているのが、先ほどリーナとバトンタッチしたミケロ。
再び肉体を手に入れてから初めての戦闘ということもあって、かつての感覚と全く違う最前線でのやり取りに相当困惑しているかのような声を出している――――だが、やはり苦戦しているかと思えば実はそうでもなく、
「ふんっ――たあっ!!」
彼が元来有していた能力――ディナルとの戦いでも見せた、反射の力を用いた力を駆使した超加速。少しでも力の方向を間違えるだけで自滅に繋がりかねないそれを、体を上手く捻ることで調節しながら突き進んでいる。
さながら、水を得た魚。開けた環境全てが自分のテリトリーであるかのように自由自在な立体機動は、魔物の高精度な連携攻撃に対し、まるで針の穴に糸を通すように掻い潜った。
そこから放たれる一撃。反射の力は一切なし、単純に振り抜いたそれの威力に最も驚いていたのは、おそらくそれを放ったミケロ本人であろう。
「なっ、なんだあの威力……!?」
『高速機動で生まれた加速力が乗ってるからっていうのはあるだろうけど……それにしたって人とは思えないパワーね……!』
周りが示す反応もかなりのものであった。なんせ、彼が放った右拳が蛙の中心を撃ち抜いたとはいえ、その魔物の肉体が一撃で粉々に消し飛んだのだから。
例え魔力を込めて撃ち抜こうが、普通はどれだけ力の差があろうとそこまでには至らない。
「……ミシャ様、結局ミケロの体を作るのに使ったあの肉塊……あの時はちょっと怖くて聞けませんでしたが……なんだったんです?」
修練を積み、一応錬金術師の端くれを名乗れる程度には成長したリーナ。彼女は教えられたそれを実践するかのように、目の前で起こっているそれを一歩俯瞰して眺めていた。
彼女の言うあの肉塊というのは、ミケロの肉体を錬成する際にミシャリーゼが木箱に入れて持ってきた、依り代の材料となったもの。
「もしかして、ですけど……」
「あぁ――――プヴォロの肉だ」
やっぱり、と顔をしかめるリーナであったが、彼女も予想は出来ていたのでそれ以上の反応を見せることはない。四十を超えていた巨大な熊の骸が彼女の気付いた頃には悉く消えていたのだから、当然と言えば当然である。
「失敗した時は別の素材で作り直すつもりではあったんだが、思いのほか上手くいったからな。単純計算で、常人の数十倍は優に超える筋密度を誇っているのが、ミケロンの体だ」
「あの悍ましい肉塊に、あれほどまでの力が……」
「なんだ悍ましいって。人だって皮剥いだらあんな感じだろう」
それを作った張本人であるミシャリーゼは、現在戦っているミケロの肉体構造について嬉しそうな声色で話す。
人体錬成に携わったディナルとリーナはその”元”を知っていたため、余計に信じられずにいた。
たしかに当時の自分達では歯が立たなかったほどの強敵ではあったものの、使用したその肉はあくまでプヴォロの亡骸。肉以外の何物でもなかった。
当然、肉自体に力が宿っているわけではない。その筋肉を行使できるわけでもない。しかしミシャリーゼは、そんな不可能を可能にしてみせたのだ。
異なる生物のそれを人の体へと置き換え、四肢を、そして指の先まで動かせるよう神経系まで再現し、今こうして自立行動が可能なまでの依り代を作り上げた。その知識と、それをフルに活かせる技量をもってして。
「うーん……せっかくだし、関節の可動域増やしてもいいかもな。今のままでも十分動けてるが、あいつの能力をもっと活かすならそっちの方が良さそうだ。後は筋繊維を少し柔らかくして……手足の長さはあんまり変えたくないしなぁ……」
「ミシャ様、動体視力どうなってるんですか……?」
高速で動き回るミケロの一挙手一投足が全て見えているのか、ミシャリーゼは初めて酷使しているミケロの肉体を観察し、改善点を纏めている様子であった。
いつの間にやら腰のポーチから紙と彼女特製の鉛筆を取り出し、すらすらと手を止めることなくメモを取り続けていた。
「さて、ミケロンが今片付けてるこの場所越えて、少ししたらラストの関門だぞ。ディナル、覚悟は出来てるか?」
筆を動かし、ミケロの動きをずっと追いながらも、ミシャリーゼは隣で深呼吸を続けている男に語りかける。こうしてじっと動かずにいられる時間も、残り僅かであることを伝えたのだ。
「何か、他にも魔物がいるんですか?」
『昔、中域へ進むに足る実力があるかどうか確かめるためにって、先代の妖精王が作った門番みたいなのがいるの』
「フロアボスみたいなもんだな……っと言っても分からんか。最初に通る時だけ倒さなくちゃいけない奴がいるんだよ。ちなみに、一回勝てば帰りも次来る時も出てこない。今回限りのテストだな」
リーナが問うてみると、それに対してシエラが答え、ミシャリーゼが補足する。
戦うのは一度きりであるという門番は、その特性上『一度それを倒した者の戦闘介入は許されない』というルールが存在する。
つまり、既に門番に勝利しているミシャリーゼとシエラ、中域にて生まれた故例外的に戦闘をパスしたミケロは、そもそもここからの戦いに参加することが許されないのだ。
「だからお前達二人で越えなきゃいけないわけだが……その内の一人は既に戦う気ゼロだなおい」
書きたいことはあらかた書き終えたのか、シエラに小言を言われる前に流れるような動作で煙草に火を着けたミシャリーゼは、珍しく呆れる側の表情を見せた。視線の先にいたのは、もちろんリーナである。
「私が戦うわけにはいきません。先ほどの約束もありますし、ディナル様ならその程度造作もないと信じていますから」
「っ……! リーナ――」
「なにより、私はディナル様のかっこいいお姿をこの目で捉えっ、魂に刻まねばならないのです!」
「…………リーナ?」
自分を信じてくれている。そう思えただけでどこか気が軽くなったような気がしたディナルであったが、その後に続く言葉がそういうのであったために、その最終的な心境は複雑なものであった。
「ふむ、録画やリプレイなど存在しないからこそ、最高の瞬間をその目に焼き付けようと……まったく、リアタイ勢の鏡だな……!」
『あんたはあんたで何を分かった風に言ってるのよ。こっちは何も分かってないのよ』
そうこうしている内に、既にこの場に残っている敵もそれほど多くない。ミケロによる完全な制圧も、あともう少しといったところだろう。
刻一刻と、その時は訪れようとしている。己の力、それを一体どれ程まで引き出せるのか。死の近づいてくるような感覚と共に、奇しくもディナルは昂りを覚えていた。
もしそれをやり遂げることが出来たのならば、きっと自分は強くなれたのだと心から思える。望み目指した憧れに、確実に近づけているのだと実感できる……そんな、揺るがぬ確信を手に入れられるだろうから。




