#25 主への要求
先の暗闇に飛び込んでみれば案外すぐに目は慣れて、内部の様子を視認することが出来た。
入り口のように木の幹がずっと壁としての役割を果たしているのかと思いきや、先に広がっていたのは普通の洞窟に近しいイメージの空間……ただ、それがやけに広い。
しばらくトンネルサイズの通路を歩いていくとすぐさま現れたその場所は、ギリギリ向こうの壁を確認することが出来るほどの奥行と、それと同等の幅。底は一切見えず、その風景はまさに奈落。
道を抜けた先に続いている太い木の幹の集合体――蔦が絡まるように形成され、無数に枝分かれしているそれが、あたかもこの空間を繋げる道であるかのように、足場としては少々心もとない役割を果たさんとしていた。
「……僕、本当に運が良かったんだな……」
「そうね……注意して進まな――ッ!? ディナル様!!」
「早速か……!」
内部に入ったばかりである……そんな侵入者の考えなど、この洞窟に巣食う者らにとっては至極どうでもいい事。己が住処を荒らさんとする輩を排除するべく、本能的に動き出す以外にないのだ。
『――この樹窟の口は、主に植物性の魔物。他には蛇、蝙蝠なんかの洞窟によくいる類の魔物が生息してるよ』
「私も十年前は相当苦戦したなぁ」
『あなたは初見でノリノリで突破してた気がするんだけど?』
「気のせい気のせい」
早速てんやわんやとし始める三人の姿を後方から見守りつつ、ミシャリーゼとシエラは他愛のない会話を続けていた。
当然この場所も、人国基準で見れば十分危険すぎるエリアではある。が、緊張感を持っていなければ足元を掬われてしまう……その程度の域など、彼女らはとうの前に超えてきていた。
更に言えば、この樹窟の口ならば、二人はこれまでに何度も通っている。出てくる魔物の種類やその行動パターンまで全て網羅している故、今更この場所に脅威を感じることもない。
今三人の目の前に複数体出現しているのは、パラジオと呼ばれる植物型。本来肉体を持たぬ種ではあるが、足場となっている木の幹を利用して、その蜥蜴のような体を形成していた。
体長はおよそ一メートル。俊敏性はないが相当に硬い。元が木であるとはいえ、鈍では折れてしまうほどの強度を誇っている。
「もたもたしてたら道全体が敵になるぞー。……さぁ、どう戦う?」
「くっ……! 結構硬いな……!」
生物とは思えない想像以上の肉体強度に刃が通ってくれず、苦戦するディナル。そうしている間にもパラジオはどんどん群れを成し、戦況はゆっくり確実に悪化の一途をたどっている。
先ほどミシャリーゼが呟いたように、魔物の群れによって足場はどんどん狭まっていく。当然身を守ってくれる柵など存在しないこういった場所では、この数の暴力というものが相当な有効打となるのだ。
加えて、パラジオらの体はまるで根のように足場へと張り付いたまま、それを伸ばして移動を続けている。増えたとて突き落とせばと考えても、根を確実に断ち斬ってそれを実際に行うのは至難の業。
ミシャリーゼとの修練を経て強くなったディナル、そのパフォーマンスが最高のものであったならば、それも可能であったろう。
しかし、消えていく自由に動ける空間。初めての魔物との戦い。落ちたら即死という環境からくる緊張は、ディナルの体を予想以上に強張らせていた。
(しっかりしろ……! この程度乗り越えられずして、先など無いぞ……!)
刃をいつも以上に強く握り、心の中で己を鼓舞し続ける。内から湧き上がってくる本能的な恐怖を誤魔化すようにひたすら動き続けてはいるが、そこから繰り出される攻撃には覇気が無かった。
自身の心臓の鼓動があり得ないほどに速くなっているのを自覚する。自分の思考が、行動が――それらがまったく正常ではないことも。
「――落ち着いてくださいディナル様、お気を確かに!」
そんな中、ディナルと共に前線に立っていながら、冷静さを保っていた者も確かにいた。
「っ、リーナ……」
「ディナル様は責任感の強いお人ですから……全てを背負い、全てを為そうとする姿は立派ですが、もっと力を抜きましょう。それほどまでに緊張されていては、果たせるものも果たせなくなってしまいます」
力無く彼女の名を呼ぶことしか出来なかったディナルは、ただそこからの光景を見守ることしか出来なかった。自分の知らないところで相当の努力を重ねていた少女の――――”今”を。
「……錬成解体」
リーナは体内の魔力を両掌に集中させると、広げた手の上にポワッと小さな魔法陣が浮かび上がる。しかし円の中に刻まれていたそれは、城にいた魔法使いが用いるようなものではない……ミシャリーゼの小屋にあった資料のそれと類似したものであった。
次に、左右の掌に一つずつ現れたそれを重ね合わせる。二つの異なる陣が嚙み合って生まれた力と光は、これまでのリーナからは考えられないほどの魔力出力。
そうして本当の意味で完成したそれをかつてのミシャリーゼと同じように地面へと押し込み、陣の力を一気に流し込む。
「……!」
ミシャリーゼも、それを固唾を飲みながら見守っていた。私が教えたのだから、このくらいはできるだろう…………それを踏まえて、ここまでやってのけるのかと。
錬金術を扱うには、当然ながら錬成対象となるものに対する深い造詣というものが必要不可欠となる。
そこらに生えているような草から危険な薬剤まで、正しい手順を踏むことで病気を撃滅する特効薬となるように、錬金術も術者の技量次第でその対象の可能性をどこまでも引き出すことができる。
そしてそれは、逆も然り。生み出す為に知識として蓄え、技術として磨き上げたそれは、存在を形成する構造そのものを根元から破壊する事すら可能とする。
「リーナのは魔法故に、魔力耐性の高い相手には全く役に立たないものだが……今回は使う相手がよかったな」
『精神体のままでは何もできないパラジオ……対象となる器となる木を錬成魔法で壊す……初戦闘でこれは、相当肝が座ってるね……!』
そもそもが集中力の必要である錬成魔法。リーナ自身も全く緊張せぬわけがない精神状態の中それをやってのけたという事実が、その様子を見ていた二人をも大いに驚かせたのだ。
「……ディナル様」
「っ……?」
「ミシャ様のように強く、ミシャ様のように素早く……そう考える気持ちも、そう考えたい気持ちも良くわかります……だからこそ、今は“自分の“ペースを崩す事なく、それをいかに発揮できるか。それだけに集中しましょう。……私も、そうしますので」
本来、リーナはディナルに使える立場。ましてや、王族とその従者。主の考えに口を出す事なく尊重するべきであるのだ。そのようなアドバイスなど、本来必要のない余計なお世話というものであるのだ。
それでも、彼女は迷うことなく主へと言った。彼の行こうとしている先を、誰よりも尊重しているから。このような場所で躓くような男ではないと知っているから。
今のディナルは、完全に萎縮してしまっていた。やらねばという気持ちが逆に足枷となり、重しとなって、彼の動きを著しく鈍らせている。
緊張によって心身が空回りし、思うように動けない。そもそも、その「思う」行為すらままなっていない。
焦りで高まった彼の中の要らぬ熱は、正常な熱さにまで落とさねばならない。その為には、一度戦いの最前線から下げ、彼の中で考えを纏める時間が必要であると、リーナは湧いてくるパラジオの木製の体を次々と破壊しながら考えた。
「……終盤には、今の私以上にディナル様のかっこいい所を見せてもらいますから。というわけでミケロ、しばらくはあなたと私だけで進むから」
「ちょっと私欲入ってるだろお前……まぁいいや。僕もそろそろ動きたかったし、次の出番は素直にもらおう。王子様のために、見せ場までの繋ぎ役となってあげますかね……!」
リーナに次行けと指名されたミケロは、色々言いつつも乗り気でその役を買って出る。その目はまるで、与えられた玩具で初めて遊ぶ子供のようにキラキラとしていた。
対するディナルは少しばかり気を落としそうになってはいたが……その眼光はすぐに前を向く。落ち込んでなどいられないと、呼吸を整えリベンジに燃える。この場で萎縮してしまった分を次で取り返してみせると、心を燃やしているかのようだ。
『ディナルの方も、心配は要らなさそうね』
「あのくらいでどうにかなっていたら、私がぶん殴ってたところだがな」
『またそんな事言って。……ディナルになんて声を掛けようか必死で考えてたくせに』
「…………」
ニヤニヤと己の方を見てくるシエラに対して無視を決め込むミシャリーゼ。しかし内心、どこかほっとしている自分がいたことは、紛うことなき事実ではあったという。
ミケロ「……で、手を合わせる必要性は?」
リーナ「ミシャ様が「やっぱり錬成するなら……」って」
ミケロ「んなことだろうと思ったよ」
ミシャ「いやいや、これにはちゃんとした理由があってだな。まず錬成魔法はそれに用いる錬成陣が複雑であるほど当然成功率も下がる。かといっていざという場面では初歩的な魔法じゃどうにもならんし敵が手を抜いてくれることも無い。そこで考えたのがこの錬成陣の掛け合わせ。異なる二つの陣を組み合わせることで本来の実力では絶対に出せない力を無理矢理引き出すことが出来るんだ。例えば100の力を出さないと敵に勝てない状況。だが自分の出せる最高出力は10程度。もうどうしようもないっ! って時にこの方法だ。10の力でも、それをもう一つ同時発動すれば、瞬間的ではあるが100の力を出せる(理論値&ミシャリーゼの頭の中計算)! 更に効果は出来る限り底上げし、その難易度は出来る限り下げる。超効率重視の錬成が行えるというのがこの作品における手合わs――ゲフンゲフン……そうっ、私の考えた(本作品世界において)活気的錬成法だ! そして掌で錬成陣を構築する以上、手を合わせるのが最も効果的であることは言うまでもないだろう? えぇそうだろうそうだろう!」
ディナ「一体何人の方がこの後書きを読んでくれてるんでしょうね」
シエラ『誰も見てないでしょ馬鹿の言い訳』




