#24 樹窟の口
『――さぁ皆、あともう少しで入り口よ』
「っ、もう少し……」
人の国も森の中も、流れる時間は同じ。目まぐるしいとは言えぬものの修練に心血を注いでいる内に、一週間などあっという間に過ぎてしまった。
そんなこんなでシエラが案内役としてどんどん森の奥へと進んでいるわけであるが……近づくにつれてだんだん胸の高鳴りを感じ始めている彼女に反比例するかの如く、リーナの表情はどんどん硬くなっていた。
「どうしたんだ? 昨日まであれほど楽しみにしてたのに」
「いえ……よくよく考えてみれば、あの小屋より森の奥に行くのは初めてだな……と」
リーナの様子が少しばかりおかしいことに気付いたディナルが彼女へ尋ねると、彼もまたその言葉の意味を再認識し、僅かに体が強張った。
森の外側に位置する、妖精の樹海の前域……森の中においては比較的安全とされるエリアで、二人はこのおよそ一ヶ月を過ごしてきた。
ミシャリーゼとの戦闘訓練の際も、当然森の奥に行く機会はなかった……そして今向かっている妖精族の里が存在しているのは、森の”中域”。少しだけ奥に踏み込んだ場所であり、その分危険度も跳ね上がる。
「たしかに……今の俺で通用するだろうか……」
「なに弱気になってるんだ。お前らのことを誰が鍛えたか忘れたか?」
そう言うミシャリーゼが二人の事を確実に強くしたことは間違ってはいないものの、煙草を加えながらそんな事を発したところで大した威厳も無い。「中域着いたらやめなさい」と、露骨に嫌そうな顔をしたシエラに止められるのみであった。
「ていうか僕、ミシャリーゼが戦ってるところ見たことないんだけど……まぁ二人よりは強いんだろうけどさぁ、自分の訓練とかってやったりしてんの?」
「私が訓練したら誰も勝てなくなっちゃうだろ? 私に勝てるのは私だけなんだよ」
「泣かしてやろうか?」
「……! ここが……」
『そ。この森にいくつかある中域へ通ずる道の一つ――――樹窟の口』
そうしてミシャリーゼとミケロがぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、歩き続けることそこからおよそ三十分。
密度を増す木々、陽の光は無限に広がる葉によってほとんど遮られ、辺りはまるで日が落ちたように暗い。ひゅるりと吹く風は幹の隙間を縫うように面々の立つ場所を通り過ぎ、少しだけ気味の悪い静けさと冷たさを残していく。
そして彼らの目線の先にて存在するは――――複雑に絡み合い、奥まで続くトンネルを形成する無数の大木。
自然に形成されたとはとても思えないその大穴の向こう側は真っ暗闇で視認は不可能。シエラの言う”樹窟の口”なるそれがいかに深いものなのかがよく分かる。
「……ミケロは驚かないのね?」
「まぁ、僕のこっちでの故郷、中域だし。正直、いつの間にか前域まで来てたのかぁって感じだったしね」
「こん中結構複雑なのによく抜けれたなぁ。運良いなお前」
「……そうだな。運が良かったと思うよ…………色んな意味で」
先ほどまでの言い合い……もといじゃれ合いは何処へやら。ミケロは少しの間を置いてからそう言いつつ、ミシャリーゼから顔を逸らして少しだけ微笑んでいた。
『それじゃああんまり時間も無いし、ささっと越えてしまいましょ』
「あ、そうだ。ディナルとリーナ……あとついでにミケロンも」
再び先頭で樹窟の口を進もうとしたシエラを引き留めると共に、ミシャリーゼは三人に突然呼びかける。
「はいっ、なんでしょうか」
「どうかされたんですかミシャ様?」
「というか、なんで僕はついでなんだよ」
「まぁまぁ。……この樹窟の口、通る中で結構強い生物……まぁ俗に言う魔物がうじゃうじゃいてだな。ぶっちゃけ通るのかなりめんどいわけなのよ」
色々聞きたそうにしている三人を宥めながら、彼女はこの先がどのような場所であるのかを説明していく。
そしてその中で、顔が青ざめていく者が二名。誰であるのかは、もはや言うまでもないだろう。
「魔物って……あの、御伽噺とかに出てくる……?」
「生物の死、その際に発生する強い感情によって生まれ、魔力を生命エネルギーとする存在……まさか、本当に実在していたなんて……!」
「ゼルトースでちゃんと勉強してるな。何百年も前は至る場所にいたらしいが、人国にはもういない。といっても、絶滅したわけでもない。この森にはまだそいつらがうじゃうじゃいる」
『妖精族も堕鬼族も、会話や思考は出来るけど結局は魔物の類だしね』
「ま、言われてみればそりゃそうだよなって感じだ」
シエラの言葉に納得するように、ミケロは腕を組んで頷いていた。そして彼はもうすでに、ミシャリーゼがこの先に向かうにあたって何を考えているのかを察したらしい。
それでも、魔物の存在自体に驚いている二人は、まだ完全にそれを理解しているとは言い難い。そのような怪物が出るのだから、より一層気を引き締めていかねばと意気込むばかりであった。
「……それほど危険な場所、というわけですね。分かりました……! 俺も師匠に遅れを取らないように――」
「いやいや、何を勘違いしてるんだ」
「と、言いますと?」
深呼吸し、覚悟を決めた様子であるディナルのそれに間を割って入るかのように、ミシャリーゼが彼の考え……その間違いを正さんと言葉を重ねる。
ディナルとほとんど同じ考えであったのだろう。共に張り切っていたリーナも、拍子抜けするかのようにミシャリーゼへと視線を向けていた。そうして再び小さな間を挟んだのち――――二人の師は結論を口に出す。
「――――私とシエラは、ここから中域に出るまで一切手を貸さん。……この樹窟の口は、お前達三人で攻略してみせろ!」
「…………はい、やります。やってみせます……!!」
しばしの沈黙はあった。だが驚きこそすれど、それを言い渡された三人が臆することはなかった。ただ彼らの中にあったのは、変わらぬ思い……師の期待に、必ず応えて見せるという覚悟のみであったのだ。
「ミシャ様なんだかんだ優しいし、私達が出来るって信じてくれてるんですよね……なら、絶対にやり遂げてみせますっ……!」
新たな思いを胸に宿す二人とは違い、指名されたもう一人の少女……の、見た目にされた少年はいまいち乗れずにいた。
「で、その中になんで僕も入ってるんだ?」
「だから言ったろ? ついでって。その体での戦闘はまだやった事ないし、肉体強度と限界のテストも兼ねてだ。ぶっちゃけお前は先陣切って突っ込むだけで攻略出来ちゃいそうだし、一応二人がメインってことで」
「ふーん……そういうことか。しばらく体のメンテとかで動けてなかったし、ちょうどいいかもな」
ずっと地下に籠ってリーナの手伝いが続いていたミケロにも、ここで出番が回って来たということらしい。
この世界で生まれ変わってからというもののずっと森の中にて戦い続けてきたというのもあって、久しぶりの戦闘でどこまでやれるのだろうかと、その時点で彼はニヤリと笑っていた。
それぞれの思惑、学んだ事を胸に、錬金術師の弟子達はとうとう中域への第一歩、樹窟の口へと歩を進め始めた。先に待っているであろう数多の未知……その全てを振り払い、妖精族の里の地を踏むために。




