#23 いざ、祭りへ
『……それはそうとミシャリーゼ、一週間後のアレ、忘れてないでしょうね?』
「む、何かあるのですか?」
ようやっとリーナとミシャリーゼが落ち着きを取り戻して来た頃、その頃には既にディナルも戻ってきており、いいタイミングであると判断したシエラが話題を振った。
「シエラが言ってるのは、この樹海――妖精族達の住処で行われる祝樹の酣……簡単に言えば、ちょっとした祭りだな」
『ふふっ、三年に一度開催されてるんだけど、今年は特別でね。守護大樹様による”ユグドラシル”が見られるの!』
それについて喋るシエラはいつにも増して饒舌で、話したいことが頭の中からどんどん出て来ているようであった。
この森で生まれ育った彼女がそこまで言う催し。それを聞く者らの興味は次第に高まっていった。
「ちなみにミケロ、そういうのって堕鬼族の方でもあったりするのか?」
ディナルが尋ねると、ミケロはしばし考えたのち、苦い表情を浮かべた。
「うーん……あったにはあったけど、ちょっと違う気もするな。あっちでの祭りと言えば、酒ばっか飲む宴会と力自慢が集まる喧嘩祭りみたいなのだけだったし。僕酒が飲めなかったから、もう参加するのがつらくてつらくて……」
「新卒社員かお前は」
「――で、ユグドラシル……とは何なのですか?」
ミシャリーゼとミケロしか分からないそれを慣れっこであるようにスルーしつつ、リーナは気になった単語の内容についてシエラに問う。
この樹海で暮らし始めてしばらく経ったが、初日のプヴォロ、そして影であったミケロとの戦闘以外これといった危険に晒されることがなかったために、良くも悪くも想像していた刺激の無い毎日を過ごしていた。
リーナ自身も護身のためにと多少戦闘訓練で体を動かしている故に動きが鈍っているというほどでもなかったのだが、これではまるでゼルトースで従者として行っていた訓練そのもの。不満があるわけではないものの、それでも少々退屈に思ってしまうのは、これまで恵まれていた故であるのだろうか。
「そういや、それは私も知らないな」
『まぁ無理はないわ。なんといってもユグドラシルが行われるのは五百年に一度。当時生きてた人間なんて皆死んじゃってるわけだし』
そもそも森の中に人が入ってくる事自体が稀であるため、周辺の人国に情報が回ることも無いだろうしと、懐から煙草を取り出そうとしていたミシャリーゼのそれを止めさせつつ、シエラは呟く。
『妖精族が住んでる里にある御神木――皆が『守護大樹様』って呼んでるその木が、五百年に一度、その夜だけ見られる大満月の光を浴びて、星のように淡く輝くの。その光は妖精族に繁栄をもたらすと言われていて、私も毎回楽しみにしてるんだー!』
「毎回って……何年生きてるんだ? 八千年くらいか?」
「お前よくサラッと言えるなそんなシビアな事」
呆れるミケロであったが、ミシャリーゼ自身、シエラとは十年以上――人間の生においては決して短くない期間を共に過ごしているのだ。
それに、シエラは長寿族であり、彼女らにとってはその五百年という時間はさほど大した数字でもない。聞いたところで何の問題があろうかという表情を、ミシャリーゼは彼に返した。
『うーん、もうちょっと上だったり?』
「すごっ。私も目指すか不老不死」
「そんな簡単に決心することなのかそれ……」
「でも、ミシャ様ならなんだかんだやりそうですよねぇ」
人の一生など軽々と凌駕する、膨大な時間。それに憧れを抱くか、不憫に思うかはそれを聞いた者の裁量次第。それがミシャリーゼにとっては、羨ましいものであったということだけである。
そして、そのように考える彼女の性分を共に過ごした時間は短いながら十二分に理解していた他の面々は、納得するように頷く様子を見せていたのだ。
(――でも……)
しかしここに一人、ここまでの会話の中に疑問を感じた者が一人。他の皆が楽しそうに祭りの話をしている中で、ディナルだけは首を傾げて難しい顔をしていた。
(何故師匠は、シエラ殿と十年以上一緒に居ながら、そんなことも知らないんだ?)
シエラがどれくらい生きているのか。長年行動を共にしていながら、今初めて気になって聞くなんて事があるだろうか。
それとも、ミシャリーゼは以前からずっと同じようにシエラへ訊ねていたのだろうか。しかしそうでなければ、あのような質問はしない。
(そもそも、妖精族の住まう場所があるのならば、シエラ殿はどうしてこんな場所で……いや、師匠と共に行動を共にしているだけといえばそこまでだが……)
考えれば考えるほど、ディナルの中では疑問がどんどん湧いてくる。シエラという、この森における高位の存在について。
(シエラ殿は以前、自分の事を妖精族の妖精王の正統後継者だと……ゼルトースでの俺たち王族のような立ち位置にある存在だと言っていた…………俺のように追放されたならばともかく、そんな者が離れることを故郷の同族達が許すだろうか?)
自分と同じような境遇に置かれているのだろうか。しかしそれにしては、故郷に戻ることを楽しみにしているまである様子に説明がつかない。
一ヶ月共に過ごして来た、仲間と呼んでも差し支えないであろう者について、ディナルは何も知らなかったのだ。
別に仲が悪いわけではない。むしろ、気軽に会話できる程度には良好である。だがミケロ同様、シエラについて深堀りすることは無意識的に避けてきた。彼女が話してくれたミシャリーゼとの一部始終以外の事は、今も聞くことを躊躇っている状態である。
(…………いや、考え過ぎか。知ったからどうこうなるわけじゃないし……これから共に戦っていくのだから、いずれ知る日も来るだろう)
しばしの長考の末、ディナルは次々浮かんできていた疑問の全てを一時放棄した。今長々と考えても、欲しい答えなど出てこない。他人に関する答えを自己解決したとしても、それが考察の域を超えることは絶対にない。
その答えは、本人が話したくなった時に聞けばいい。それまで詮索する必要も無いだろう。シエラほどではないが、時間ならばたくさんあるのだからと、ディナルは己の頭の中で収まっていた問題のみを自己解決したのだ。
「……ディナル様、先ほどから難しい顔をされていますけど、どうかなされたのですか?」
「ん、あぁいや、なんでもないよ」
しばらくディナルが会話に入ってきていないことに気付いたリーナが話しかけると、考えていた事を誤魔化すかのように笑った。
「いや、ディナルが悩むのも無理はない…………せっかくの祭りだ。最低でも牛串とビール、かき氷辺りはいっておきたい……千円あればいける?」
「自分と一緒にするな。あと最近はかき氷だけで四百円するぞ」
「うっそだろおい……商売人は人の心とかないんか……?」
「ある意味誰よりも人の心持ってるよな」
無いとは分かっていつつも、祭りと聞けば屋台を連想してしまうのが元日本人としての性。ミシャリーゼを諫めつつも、ミケロ自身も少しばかりそわそわとしている。彼もシエラの話を聞いて、その五百年に一度しかないというユグドラシルに期待せざるを得なかったようだ。
……たくさん時間があるとはいえ、強くなるためには一分一秒すら惜しい。
一刻も早くゼルトースへ戻るためにも、そんな祭りを楽しみにしている時間なんてあってはならない……そう思う反面、心のどこかでそんな催しに心を躍らせている自分が、ディナルの中には居た。
ラ・〇ーを見習え。




