#22 攻防、修練と日々雑感
常識通じぬ森の中、その常識を超えようと奮闘する男が一人。強い日差しを浴びながら、己の憧れへと向かい剣を振るっていた。
「はぁぁっ!!」
とは言いつつも、彼がこの地に背負ってきた鉄製のそれではない。森の中でも丈夫とされる種類の木から削りだした木剣だ。
粗雑且つシンプルなものではあるが、こと修練においてはそれ以上に適した形もない。そう思えるほどに手に馴染むそれは、素材の軽さも相まっていつも以上に想像通りの太刀筋を描いてくれる。
「ほらほら、速さにこだわるのも間違っては無いが、実戦じゃそんなに動けないぞ。軽い木剣だからこそ、一撃一撃の重みを意識した方がいい」
斬撃と刺突を織り交ぜたディナルの動き。王立騎士団にて磨き上げてきたその技術は確かなものではあったが、良くも悪くも基本に忠実。型の域を抜けぬその剣術の基本が頭に入っているミシャリーゼに、攻撃が届くことは無かった。
もちろん、ディナルが弱いというわけではない。むしろ剣士としては、若いながらも一廉のそれに至りつつあるほどだ。これまで戦場で生き残ってきたというのも頷ける。
――しかし、それでもなお彼の遥か先に立っているのが、剣の先にいる錬金術師であったのだ。
「……うん。最初よりはかなり動けてきたんじゃないか?」
「そうっ……です、かね……?」
しばらくの打ち込みを終えて地面に伏していたディナルは、息も絶え絶えのままミシャリーゼに言葉を返した。
その体からは滝のように汗が流れ、限界を超えても動かし続けた手足は痙攣するまでに至っていた。
対するミシャリーゼの方は、驚くことに息の一つも上がっていない。少々の汗はかいているものの、心地良い疲労すら感じる手前である。
「なんでそんなに動けるんですか……というよりそれ以前に……何ですかそれ……」
「生憎、これ以下の木刀は持ち合わせていなくてねぇ。……まぁ動きの方は、エルフの血のおかげだな。人の体のままじゃ、こんなには動けない」
――ディナルがミシャリーゼに弟子入りして、そろそろ一ヶ月が経過しようとしていた。
その間、毎日こうして二時間ほどは休憩を挟まずにより実戦をイメージした戦闘訓練を行っているのだが……今日まで、ミシャリーゼが使っている得物はたった刃渡り十五センチ。全長三十センチにも満たない小さな木製の短刀。それしか使っていない。
ディナルが使っている木剣は、その三倍強の長さを誇る。そのリーチによる優位性は言うまでもない。それでもなお一撃すら入れることが出来ないのは、圧倒的な力の差故。正直、ディナルは己の成長を一切実感できずにいたのだ。
「……遠いなぁ……っ、いや弱気になるな! 俺がルー……いや――”師匠”の足手纏いになるわけにはいかないんだから……!」
『お帰りミシャリーゼ。……あれ? ディナルは?』
「相当汗かいてたからな。水浴びでもしてるんじゃないか?」
訓練の後、一足先に地下の作業場に戻って来たミシャリーゼは、己の調合していない薬品の匂いに出迎えられた。
「お疲れ様ですミシャ様。今日の『錬成茶』です」
「おい、それ人が飲んで大丈夫なやつなんだよな……?」
複雑なそれの出所から近寄って来たリーナは、ミシャリーゼの返事を待たずになにやら液体の入った木製のカップを手渡して来る。
それを作る工程を見ていたのであろうミケロは怪訝そうな顔をしていたが、リーナに”課題”を出した張本人は手渡された物に対して臆する様子は微塵も無い。
ディナルがミシャリーゼの”強さ”に惹かれたように、リーナは彼女の”錬金術”に興味を示した。
ならば試しにと色々教わった彼女は筋が良く、この一ヶ月の間に簡単な錬成魔法ならそこそこ扱えるまでに腕は上達。まだまだ初歩的ではあるが、薬の調合をスタートできる程度の知識は得たようである。
そんなリーナにミシャリーゼが与えた課題の一つが、この『錬成茶』なるもの。
森の中に存在する植物を元に錬成したもののみを用いて茶を煎じるというシンプルな内容であるが、これが意外に難しい。
素材の分量、錬成に要した時間、それによる変化具合……様々なものが噛み合わなければ茶の味がどんどん酷くなるというミシャリーゼが作ったレシピは、これまでの人生において何度も王族へ茶を出して来たリーナですら作り上げるのは困難なものであった。
「……おぉ、そこそこ上達したな! 全然飲めるぞ、不味いけど」
「うぐっ……元王家の専属従者としては、かなり悔しいですね……」
自分の茶が不味いと言われたリーナの表情は強張っていた。
己の腕には自信があったのだろう。不服そうな態度をちらっと見せてはいたが、ミシャリーゼから返されたカップの残りを口に含んだ瞬間、あぁ確かにとでも言わんばかりにその目を狭めた。
「前ミシャ様が淹れたものと材料は一緒なのに……どうして……!」
「というか気にしてもなかったが……なんだ? その最近言ってるミシャ様とやらは」
「『ルーロ殿』ってなんか言いづらいんですよ。もうお互い城の人間じゃありませんし、愛称とかで呼んでも許されるかなと」
「まぁ好きにすればいいが……なんか、ここ来てから変わったな」
当たり前ではあるだろうが、初めは警戒心の方が強かったのだろう。
こんな森の中。しかも出くわしたのは国じゃ悪評高い人間。ピリピリしない方がおかしいというものだ。
しかしこの一ヶ月間、彼女の人柄を知っていく中で、リーナは思ったのだ。この人は、噂のような人間ではないのだと。信用し、信頼し、教えを乞うのには適任すぎる人物であるのだと。
そうして一度心を許せば、あとは人懐っこい性格である彼女。打ち解け、場に馴染むのは元々得意な性分だったリーナにとっては容易い事であった。
「あと一週間くらい続けたら、次のステップに進んでもよさそうだ。なんなら作りたい物をリクエストしてくれれば、練習用のレシピ作ってやるぞ。おなじみ回復薬に増強剤、麻酔に筋弛緩剤に王水やナイタール液……」
「終盤のは何に使うんだよ」
「ではディナル様の食事に仕込みたいので媚薬の作り方を」
「もっとヤバいの来たな! それ僕が聞いてて大丈夫なやつ!?」
「レシピと一緒に地下の空き部屋の鍵渡しとくかー。なるべく奥の方の」
「~~っあぁもう、一緒にノリノリになるんじゃない! 僕一人じゃ収拾がつかなくなる!!」
その見た目のせいで完全に女としか見られていないミケロの言葉など届かない。本気と悪ノリが混ざって良くない方へ進んでいることを察した彼は、そのままディナルが戻って来るまで彼女らに振り回されることとなる。
――そして彼女らが言っている薬がどのようなものか分かっておらず、その場でぽかんとしている他ないシエラであったが……そんな中、彼女は感じていた。
感じ、思い返し、今と比べていた。もはや懐かしさまで感じそうなほどの、十年間。ミシャリーゼと過ごした、二人きりの時間を。
瞳から見える景色の中にいるミシャリーゼは、以前に比べて本当に明るくなった。その表情も、心も。それを感じることが出来たという嬉しさを。……そして――――
『……すこし、嫉妬しちゃうな』
そんな風にボソッと呟かれたその声は、作業場に響き渡る喧騒の中へ……誰にも気付かれることなく消えていった。




