#21 王国、会議室にて
「やはり、南方諸国の戦いは激化する一方ですな……」
「魔法国家フィンスと、世界的に見ても強国であるグルグ王国……まだゼルトースが影響を受けることは無いだろうが……」
「いっその事、両方が潰し合ってくれればこちらとしても有難いのだがなぁ」
(……やはり駄目だな。今回の会議も得られる物が無さそうだ)
ゼルトース王国の中枢に存在する機密会議室。王族と国の各大臣、その他特別に招集された者しか入ることを許されない場所にて行われていた会議の内容に、新国王フォルドは不満を覚えるばかりであった。
南方地域で本格的に始まった大戦。本来であれば将来を見据え、民の安全を守るためにどうするべきかを話し合う場であるというのに、大臣達の口から出てくるのは、目先の戦いがどうなるのか、後はせいぜいどうすれば自分達は生き残れるのかということばかり。
気付いた頃には、フォルドは椅子の肘置きに乗せていた右腕を立たせ、拳に頬を持たれ掛からせていた。彼にとってその保身話がどれ程退屈な物であったかは、説明するまでもあるまい。
「フォルド様、お茶のお代わりでございます」
「……あぁ、ありがとう」
そんな時、彼の席の隣からふわりと香る紅茶の香り。従者のレオナによって容易されたものだ。
フォルドが頼んでいたわけではなかったが、大方つまらなさそうにしている彼の内心に気付いたのだろう。
レオナ自身は気にすることなどないが、先代の血を受け継いだ正当な王位後継者であるとはいえ、まだまだ若輩で経験も浅い。手腕を認めぬ人間こそおらぬものの、長年大臣として勤めてきた面々の中には、その態度を好ましく思わぬ者もいる。
(身内の機嫌取りなどしている場合ではないのだがな)
(この場を纏めることも立派な責務でございますよ)
そのようにレオナとアイコンタクトを交わしつつ、フォルドはそこで紅茶を一口含んで飲み込むと、そこから深呼吸……というよりは、ため息のようなそれを一つ。
「――確かに、大戦の影響が我が国に及ぶ可能性……それを考慮しつつ対策を練ることは急務である。だがその全てが一朝一夕で片付かぬこともまた事実」
ここまで室内に飛び交っていた喧騒は、フォルドが話し始めた途端にまるで嘘のように消え、面々は静まり返って彼の発言に耳を傾けていた。
「国内部の情勢にも意識を向けつつ、やるべきことに順位をつけて効率よく進めていきたいわけであるが…………それについて、貴方の意見を聞かせてもらいたい――エルドル研究所長」
そんな中白羽の矢が立てられたのは、フォルドから見て真正面、机を隔てた向こう側に座っている人物。今回の会議のために呼ばれた男――ジョセフ・アルバ・エルドル。かつてミシャリーゼが所属していた、城内総合研究所の長であった。
「……王よ。このエルドル、首を差し出す覚悟で申させていただきます。……何故……何故私なのですか……!」
「何故、とは?」
だがしかし、エルドルが次に口にしたのは、王の求めるそれではなく、己の我によって言語化されたもの。そしてそれは、彼自身の命をかけた主張。
「貴方の言いたいことには予想がついている……ミシャリーゼ・ルーロの事であろう?」
「そうですとも……! あれから十年、彼女がまだ城にて健在であったならば、間違いなくこんな老い耄れなんぞよりももっと良い働きをしてくれた……! だのに王は、そんな金の芽を摘んでしまわれたのだ……!!」
「無礼であるぞエルドル!! 王の決定に背き、あろうことかあの大罪人を庇うつもりか!!」
「血迷いおって! それともなんだ、やはり貴様もあの娘と同じ末路を辿るのか?」
その怒りを耳にした大臣達は、まるで全員が息を合わせたかの如く同時にエルドルに対する怒号を飛ばす。それが、自身の手でミシャリーゼに追放という罰を下したフォルドに対する侮辱であることを知っていたからだ。
――己の事を老い耄れなどとは言っているが、今もエルドル自身の手腕は健在。かつてミシャリーゼがこなしていたものはもちろん、それ以外の仕事や研究でも成果を上げており、とても齢七十を超える男とは思えぬ働きを見せていた。
それでもなお、彼は今はおらぬ若き才に、この国の未来を見ていたのだ。
この十年、他の研究員や城の従者達がミシャリーゼに対するイメージを変えようと、彼だけは昔のまま、彼女の実力を評価し続けていた。先日フォルドの発言によってミシャリーゼの生存が分かった時には、自分を中心として彼女を助けるべく森へ乗り込む者を募るほどに。
結局それは反逆行為とみなされたが、王の温情によってお咎めこそ免れたものの、エルドルの中ではまだ納得がいっていなかった。
「――黙れ。全員だ」
エルドルの発言によって再び湧き上がった室内の熱が、そのたった一言でもう一度凍り付くように固まってしまう。
面々がその声の元を目で辿れば、その先にあったのはフォルドの絶対零度の瞳。問答無用で数多を統べんとするかのような鋭い視線は、全員の喉を強張らせ、発さんとしていた言葉を詰まらせる。
「……エルドルよ、ミシャリーゼ・ルーロについて、今私から話すことは何もない。貴方はただ意見を述べ、ただいつものように己が職務を全うするだけでいい。それ以外は断じて許さん……この国のためにもな」
「分かりませぬ……貴方様の奥底が……!」
「安心するといい。未来は、着実に変わりつつある。……そして、だからこそ我々が立ち止まるわけにはいかない。まずはじっくりと、”地盤”を固めていかねばな……!」
彼が己の心の内を理解しなくとも構わない。そして、される必要も無い。
全ては自然に、着実に、確実に。慎重ながらもなるべく迅速に進めていかねばならない。必ず訪れる、先の未来に間に合うように。
「……会議を続けるぞ。これ以上、無駄な時間を割くわけにはいかない。エルドルだけではない、他の者の意見もそれぞれ聞かせてもらう……その上で私の考えも述べ、速やかに纏めていくぞ」
そこで、何を残せるか。一つでも多くの物を託せるか。フォルド・ゼルトースは、今日も一人思案する。王として、ゼルトースに生きる一人の人間として。




