#20 転生者、駆け上る決意
「……この樹海って、こんなに綺麗だったんだな」
肉体を作っていた地下から地上へと上がって来たミケロは、遠い昔に見たそれのように森を眺め、陽の光を浴びていた。
それをオーバーリアクションとは言えない。彼にとっては、間違いなく久方ぶりの世界なのだ。ミシャリーゼらにとってはなんて事の無い葉の青さも、陽光を反射してキラキラと光る湖の水面も、全てが眩く輝いているはずだ。
「……それで、お前はこれからどうするんだ?」
「えっ? どうするって……」
ミシャリーゼはそんな風に尋ねるが、ミケロの方はまだその答えを持ち合わせていない様子であった。
「僕にとっては幸せな結果だけど、元々は戦いに負けてるんだ。弱肉強食が全ての樹海じゃあ、あんたらの決定に従う他――」
「そうか、じゃあ自由にしろ。以上だ」
「話聞け……って、随分軽いな⁉」
「ルーロ殿、さっきペットがどうだの言ってたのに……なんだかんだ優しいんですね」
『性格はちょっとアレだけどね。……あの子は結局、自分が助けた私の事も十年間自由の身にしてるし……根っこの部分はお人好しなの』
少し離れた場所にて、シエラは少し微笑みながらリーナへと嬉しそうにそう言った。当の本人には、聞こえないレベルの声量で。
『知らない人でも、種族が違っても、損得無しで助けちゃうような子……ミシャリーゼを見てると、彼女がいつかとんでもない後悔をしちゃいそうで、ちょっと怖い』
森へと入り、プヴォロに襲われていたディナルとリーナのことも、事情など知らないままに助けた。ミケロだって、ただ情報が欲しいだけならば、口と声帯の付いた肉塊でも作って喋らせればよかったのだ。実際、シエラもここまで精巧な人体をミシャリーゼが作るとは思っていなかったわけであるし。
……十年前もそうだ。妖精族と堕鬼族のいざこざに巻き込まれることを分かった上で、ミシャリーゼはその時点で自分に得があるかどうかも分からない契約をシエラと結んだ。
『……あの時のミシャリーゼは、人間からしても若かった……まだまだいくらでも生きていく道はあったはずなのに……本当は後悔してるんじゃないかって、今でも思う』
「――――それは、無いと思います」
『えっ?』
ディナルはそこで、ここまで閉じていた口を開いた。シエラの思惑を否定するために。
その目はまっすぐだった。自分の考えはきっと正しいのだと、揺るがない……いや、揺るがせない自信を持っているようだった。
「ルーロ殿は、城にいた時よりも生き生きとしているように俺は見えます。余計なしがらみが消えて、大好きな錬金術にのめり込む時間と自由を手に入れた……もちろん、人国とは違う樹海……暮らし慣れないこともあったと思いますが……それ以上に、あの人は幸せそうだ」
『ディナル…………そう、なのかしらね……』
今度は、ディナルが嬉しそうにミシャリーゼを見つめていた。無邪気な少年のような瞳で。
かつて自分が憧れて、今になってもその思いは変わらない。永久の尊敬とこれまでの感謝はそのままに、まだかつて自分が見たことも無いようなものを――成長するための刺激を与えてくれる存在……それがディナル・ゼルトースの慕う、”今の”ミシャリーゼ・ルーロという人間だ。
『そうだといいけれど』
「そうですよ。だってあの人の事だ。本当に嫌なら、国外追放云々関係なしに、多分色んな所で暴れまわってますって」
『あははっ、それもそうね』
当然、それだけで完全に気が軽くなることはないだろう。だが、多少はましになったかなと、シエラは思っていた。
だが、ずっと自分一人で支え続けてきたものを、共に受け止めてくれるような存在に出会えたのだと。この出会いは簡単に捨ててはならないものなのだと。彼女は一人、そこで確信したのだ。
「……いや、僕はここに残る。あそこに帰っても、もう僕の居場所はない」
少し考えた後、ミケロは選んだ。己の意思で、自分の故郷を捨てる事を。
「堕鬼族として共に生きてきた皆に思い入れがあるのは変わらない……けど、今の王政にだけは納得がいかない……! あの上の連中をのさばらせておけば、全部崩壊してしまう……!」
「ふぅん、私は敵側のことなんぞ知ったことないし、妖精族も相当殺されてる。堕鬼族は皆殺しにするつもりだったが……まぁ、少なからず向こうにもいるわな。いい奴らも」
この十年、シエラをはじめとするエルフ達と共に戦い続けてきたミシャリーゼ。その激戦の中で、彼女は敵味方関係なく、多くの命が散っていくのをその目で見てきた。
そして、そんな争いを終わらせる為の最も単純で最も愚かであろう策を遂行する気でいたわけであるが、初めて聞いた向こう側の言い分に、一瞬心が揺らぐ。
「…………じゃあ、お前がなれ。王に」
「は?」
またミシャリーゼの口から飛び出してくる突拍子もないような発言。とはいえ、彼女のそれは明らかにおかしいとも言い難いもの。
「冗談で言ってるんじゃない。少なくともお前とその周りでは、弱肉強食がルールだったんだろ? んじゃお前が力を示して、今の堕鬼族上層部をぶっ潰せば、自動的にお前が王だ。違うか?」
「僕が……王に……?」
ミケロは、そんなこと考えてもいなかった。ミシャリーゼと同郷の転生者故に王という存在に慣れていないのもあるだろう。だがそれ以上に、自分がそのような存在になれるなんて思えるはずもなかったのだ。
「やるなら協力するぞ。私の契約、その延長にあるわけだしな。その後はそこの少年……いや――――私の“弟子“の手伝いはしてもらうがな」
「っ! ルーロ殿……!」
その瞬間、誰よりも驚いていたのは当然ディナル。弟子は取らんと頑なに断られた彼は、教えを乞うことを半ば諦めていたのだ。
それでも彼女の戦いから学びを得るべく、この森で食らいついて行こうと覚悟していた……その矢先に現実となった正式な弟子入りというそれが、彼の心にどれほど染み入ったのかは明白であろう。
「さ、そうなればやることは多いぞ! 気合い入れてかないとな!」
「……ははっ、あんた……本当に凄いな」
思い描き、それに向かって本当の意味で行動出来る者は稀。そのためだけにまっすぐ全力疾走出来る者はもっと少ないだろう。
だがミシャリーゼ・ルーロには、それが出来る。その人と己を動かす力は彼女の強さ……その一端を担っているのかと、ミケロは――――
『……そういえば、ミケロはなんで最初私たちを襲ってきたの? そんな穏やかそうなのに』
「えっ? あー……最初は襲うつもりなんてなかったんだけど、人の気配感じてここの近くまで来たら、突然問答無用の殺意マシマシで迫られて……」
『ミシャリーゼぇ‼︎‼︎』
――……ミケロがそう思えるのは、もう少し後かもしれない。




