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#19 影、鬼としての半生

「――……なるほど。要するにお前は堕鬼族(フォーガ)として転生するに至ったが、向こうの幹部に嵌められ、最終的に影として彷徨っていた……で、あってるな? ミケロン」


「なんだミケロンって……! 僕の名前はミケロだ!」


 作り手によって可愛らしく仕上げられた声帯は、影として彷徨っていたそれの思念を喉を通じて音を発した。生み出した本人はその出来栄えに口元を緩ませていたが、もうその体を作るのに一週間も費やしてしまっている。


 だがそうして影が無事に喋れるようになったことで、ミシャリーゼ達の欲していたもの――特異なる存在に関する貴重な情報を手に入れることに成功したのだ。




「……で、同郷っていうあんたがこの体作ってくれたのか。嬉しい……いや嬉しいんだけどさ……もうちょっとどうにかならなかったの? その……こ(・)れ(・)とか……」


 影――ミケロは己の体に搭載されていた身に覚えのない肉塊を慣れぬ手つきで持ち上げる。焦り、緊張、困惑、羞恥……様々な感情が頭の中で渦巻いているのを”彼”は己で自覚していたのだ。


「……僕、男なんだけど……」


「仕方ないだろう、影の姿じゃ性別なんて分かんないし……それにほら。低身長巨乳赤髪ツインテ、更には八重歯まで完備……良い響きだろう?」


「爽やかな笑顔で何言ってんの? だとしてもこんなに属性(いろいろ)盛るか普通!? 感謝はするけどあんたの癖丸出しじゃねぇか!!」


「なんだよ、そっちだって思春期丸出しみたいな表情で言われても説得力が無いぞ。いいじゃないか、その調子でみらくる☆ミッケロンロンしちゃえば」


「怒られても知らんからな俺は!?」






「……お二人とも、お話が進まないのですが」


 突如始まったミシャリーゼとミケロによる意味不明の口論内容にとうとう痺れを切らしたリーナが、ジッと二人を見つめながら言い放ったそれの声色は中々に重かった。

 リーナはこの時点で悟っていたのだ。ミシャリーゼのよく分からない言動が彼女の故郷由来のものであるならば、出身が同じであるというミケロと二人にすれば、彼女は間違いなく一生理解不能な文言を口から発し続けると。


 もちろんミシャリーゼが特殊なだけであるし、ミケロにとっては完全にとばっちりではあるものの、知(・)識(・)が無いわけではない。リーナの判断は、正しかったと言えるだろう。


「それにしても……ルーロ殿とミケロは、一体どのような境遇で……?」


『ミシャリーゼは、いわゆる転生者。別の世界で死んで、この世界で生まれ変わった存在なの。前世の記憶を持っているのは相当稀なんだけど……二(・)人(・)も同じ場所にいたらそんな風にも思えないよね……』


「べっ、別の……⁉︎」


「世界……そんなものが、本当に……!」




 シエラによってあっさりと行われたカミングアウトは、ディナルとリーナを余計困惑させた。

 だが二人は、不思議とそれを自然に飲み込み、納得する。いつもの言動があったから、というのもあるが、それ以上に彼女の錬金術……世の断りを超えているとしか思えないその力は、単にエルフの血を飲んだからだとは考えられなかった。


 力を持ち、その上で行使する“力“。技量、発想。彼女の戦闘を一度しか見ていないディナルではあったが、彼もまた剣に……戦いに生きる者。


 戦場に立った経験もある。ゼルトースの勝利のために剣を振るい、人を殺して、目の前で殺された仲間を見た回数も数えきれないほど。

 敵国大将クラスの大物も多く目にしてきた。だがその中で、先ほどのミシャリーゼ――おそらくまだまだ本気ではなかったであろう彼女に勝てそうな人間がいたかと問われれば……その答えとして挙げられる者を数えれば――――片手であっても有り余る。




「隠してたところでってのは私も思ってたし別に構わんが……まぁいいか。その方が楽だし」

 

 後頭部を意味なくボリボリと搔きながら、ミシャリーゼはほんの少しだけ不満げに溜め息を吐く。

 本人的には少しの間隠して、いざというタイミングで言いたかったのだろうなと、先に二人へ真実を伝えたシエラの方も感染したかのように同じ程度のため息が出ていた。




「んでミケロン、お前さっき転生してからもう一回殺されたとかなんとか言っていたが……結局どういうことだ?」


 それは、少女としてではあるが再び人の器を手に入れたミケロから先ほどミシャリーゼ達が聞いたもの。

 

 堕鬼族(フォーガ)の暮らしているエリア――樹海の中域に該当する北側のエリアには、複数の集落が存在しているという。その内の一つを牛耳る長の息子としてこの世に生を受けたミケロは、妖精族(スピリア)と戦うための戦士として育てられた。

 影として戦っていた時に見せた反射の力は生まれつき持っていたようで、その集落の者らからは大層期待されていたそうな。


 しかし、生まれ変わって十数年が経ったある日。突然ミケロは堕鬼族(フォーガ)の王の元へ召集されることとなる。向こうの勢力の主軸を担う『鬼神英傑衆』なる組織の幹部候補として腕を磨く気はないかという誘いであった。


 突如生まれ変わり、生きる理由など探せずにいたミケロにとっては、まさに吉報。すぐさま話に乗って王の住む集落……人国でいう首都に赴いた彼であったが…………その時点で、彼は向こうの罠に嵌っていた。




「特殊な力を持つ堕鬼族(フォーガ)自体は何匹も存在する……けどその中でも異質なんだって、向こうの上層部に当たる連中は言った。転生者なわけだし、その言葉は嘘じゃないんだろうけど……そっから先は地獄だったよ……」


 もう思い出したくもないという、そこから先。ここまで鍛え上げてきた肉体を無残に削られ、体の中を実験と称して散々弄り回される。抵抗する事は許されず、かつての現代医療のように麻酔なども存在しない。手足を縛られ負い続ける痛みは、想像を絶するものだろう。


『……特異な能力……堕鬼族(フォーガ)の生み出した生物兵器とは何度か戦ったけど、そのどれとも違う違和感の正体はそれね』


「でもなんにせよ、この体のおかげで……僕は初めて、この世界で本当の希望を掴めた気がするよ…………っ……ほんとっ、本当に……ありがとう……!」


 その恐怖が脳裏に蘇ったせいか、その体が震え始めていたミケロであったが、己の新たな器を再び一瞥すると、それも止まる。

 変わりに、その目元からは涙が溢れていた。本当の意味での安心感。懐かしい人の体を動かしている感覚。昂りを噛み締め、心を震わせる。ただの一呼吸さえ、今のミケロには何よりも尊いものであったのだ。


 もう、怖い思いをしなくてもいい。暗闇を進み続けなくてもいい。静寂すら生温いあの感覚を味合わなくてもいい。そんな事実を再認識した、今この瞬間。


 不安定な情緒も、思い返した痛みすらもかき消してしまうほどのパワー、心の強さを、彼は目の前の女性に。錬金術師に感じたのだ。

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