#18 目覚め、眼捉えし己の変貌
昨日は更新出来ず、申し訳ございませんでした。
今この瞬間、僕はかけがえのない奇跡を噛みしめていた。
「……見える」
かつて二度死んだこの体。何も見えず、何も聞こえない。ただ、意識だけがはっきりしている。そんな状態が、永遠に続く感覚。
自分は死んだらどうなるんだろう。今まで何度も考えてきたそれに対する様々な答えの中で、最悪のパターン。もどかしさと恐怖で頭がおかしくなりそうなことが何度もあった。
確かに死んだ……だがそれでも、自分という存在は生きている。ここまでと完全に矛盾しているが、そもそもこれまで己がどのような状態であったのかすら分かっていない。
エコーロケーションのようなものだろうか。音じゃないけど、それの魔力バージョン。周囲の魔力を感知して、大まかな周囲にある物の形や距離だけは把握できた。だからそれだけに縋って森の中を彷徨い、救いを求めた。
叶うならば森を抜けて、人の居る場所へ。自分の体をなんとか元に戻せるような魔法使いなんかと出会えたならば万々歳。どうせ有り余り、浪費するだけの時間ならばせめて有意義に使いたいと我武者羅に動き続けた結果…………その願いは思っていたよりもあっさり叶ってしまった。
「あ……あぁ……!」
直後、脳に送られた情報に、思わず涙が出てしまった。ただ目を開いて、周囲を見られる。たったそれがどれだけ幸せな事かを、今まさに実感したのだ。
久しぶりに目の当たりにした景色は薄暗い空間、その天井。嗅いだことのない薬品のような香りがしたことで、嗅覚も元に戻っていることは理解できた。
となれば、次は首、手、足……うん。全て動く。発声もできる。なんだが少しだけ声が高いような気もするが……まぁ気にするほどのことでもない。そんな些細な音だって、随分久しぶりに聞いたのだ。多少イメージとずれていたってなんら不思議ではない。
大体を確認し終えたところで、僕は自分の物であろう体をゆっくりと起こす。
重い。だが、この自重すらも心地良い。こんな些細な体の感覚だけで、自分の胸が高鳴っているのを自覚した。心臓の鼓動はどんどん速くなっていき、こうして胸に手を当てることでそれは確実なものに…………ん? あれ?
「何だ……? この柔らか――ッ!?」
心臓に近い胸の下あたり。そこへ手を伸ばすと、突如感じる違和感……もっと細かく言えば、ずっしり重さ。そして柔らかさ。
その正体……は、見なくても分かる。分かってしまう。実際に触ったことなどあるわけではないのに、何であるのかを理解できる。が、問題はそこじゃない。
「っ……な、なんだこれっ……!? なんで――――」
どうして、僕は女になっているんだ……!?
『……ミシャリーゼ、この感じ、反応……もしかしなくてもじゃない……?』
「あぁ――――『転生し影として彷徨っていた俺、男であるはずなのになぜか美少女として目覚めてしまったのだが~新しい就職先は錬金術師のペットでした~』的なやつだな」
「んっだそれ!? なっげえラノベのタイトルみたいなの付けるな――って誰……!?」
「思ってたより随分と元気じゃないか。目覚めて早々ツッコミ適性が高すぎる気もするがな」
完成した肉体を入れ物として内に宿された影は、目を覚ました途端に感動で涙を流し、続いて理解できぬ現状に驚愕して慌てふためく。受肉の最初は情緒が不安定になるのだろうかと考えるミシャリーゼであったが、その動揺の原因の大半を彼女が占めているのは言うまでもあるまい。
「っ、んっん……おはよう、影の使途よ。冥府を彷徨いし小さき魂よ。その肉体はそなたの心を移す鏡として存在する器である。創生せしはこの我、錬成神ヘファイシアス――――」
「何また馬鹿みたいなこと言ってらっしゃるんですかルーロ殿。話がややこしくなるでしょう?」
もはや礼儀正しく接することを完全に諦めた様子のリーナは、容赦なく自分の思ったことをミシャリーゼへ向けて声に出した。
するとミシャリーゼの方は少し不満げに、
「えぇっ、せっかく錬成中に台詞考えてたのに……僅かながら設定だって考えたんだぞ? 出せるなら冬コミでお披露目する所存だったのに……」
などとまた訳の分からないことを言うものだったから、リーナだけでなくディナルとシエラも。皆怪訝な表情をするに至っていたのだ…………ここにいる、一人を除いて。
「……おいあんた、今……なんて言った……?」
「ん? あー、えぇっと……コホンッ――――おはよう、影の使途よ。冥府を彷徨いし……」
「そこじゃねぇよ」
軽く咳払い。そこから深呼吸してつい先ほどの下りを繰り返そうとしたところで、作業台の上で起き上がったまま座っている少女――の体に入った影によって止められてしまう。……ちょっと気に入りかけていたのだろう。ミシャリーゼは不機嫌そうな顔を見せた。
「なんだ、せっかくの即興超大作を台無しにしやがって。私はこの物語で壁サーへとのし上がり……」
「それだよそれ!! 冬コミとか壁サーとか……! まさかこの世界にそんな文化や単語があるわけじゃあるまい……!」
『み、ミシャリーゼの意味不馬鹿話についていける存在がこの世にいたなんて……!?』
「おいそこ失礼な」
ミシャリーゼが話している内容は、どの国の人間が聞こうがきっと同じ反応をするのだろう。そうとしか思えていなかったシエラは、その確信的な考えが覆されたことに驚きを隠せていない様子であり、それが耳に入ったミシャリーゼの方も毎度のことながらツッコんでいた。
……しかし、彼女が更に不機嫌になることはなかった。むしろ、その逆。どこか嬉しそうな、それでいて信じられないとでもいうかのように目を見開いていた。
「……だがまぁ、これで確定だな。影の正体――――お前も、この世界の人間じゃないんだな。まさか本当に同郷がいるとは思わなかったが」
「この世界の……って、ルーロ殿……同郷って……!?」
その言葉……作り話でも、幼い子供の遊びでもない。きっと彼女以外誰も成し得ることの出来ない所業をやってのけた人間の口から真面目な声色で発せられたそれが、困惑となってディナルの眉を歪ませた。
――この世界の人間ではない。口で言うだけなら簡単な事であるが、それが本当に意味するものは……想像の範疇を容易に超える。ディナルとリーナはまた、この世の理すら凌駕する真実をその身で聞き受ける事を強いられたのだ。




