#17 思い、覇道の先へ
「なっはは、いい歳して女子か私は!」
流れのままに口走った己の言葉が頭の中から消えないまま、ミシャリーゼは一人地上へと上がってきていた。すぐ近くにある依り代を作成するために必要な素材を集めるためだ。
その必要な素材自体はすぐ手に入る状態。特段心配することなど何もなかった。しかしながら、十年ぶり故に色々と口走ってしまったミシャリーゼは、錬金術師としてではなく一人の人間として、少々はしゃぎすぎていることを自覚する。
「…………はっず」
「……ルーロ殿、結局どの辺りまで行ってるんだろうか?」
「ちょいと待ってくれ―なんて言って、かれこれ一時間くらい経ちますね――っと、ディナル様、そっちの釜沸かし過ぎてぐつぐつなってますよ!」
「おっといかん……!」
ミシャリーゼの作った、可燃性の液の入った小さな灯――アルコールランプに類似するそれの上で熱されていたフラスコの中身が噴き出そうになる直前、耐熱手袋を身に着けたディナルがそれを火から離す。
熱することで紫色から半透明の緑色にまで変化した内容物の変貌具合に驚きつつも、ミシャリーゼからノンストップで説明された手順をてきぱきこなしていた。
『二人とも初めてとは思えないくらいに上出来……っていうか、リーナ凄いわね貴方……』
「これでも王家直属のメイドでしたので。ぶい」
実体を持たないために作業に参加できず、その代わりに説明役兼見守り役として二人の様子を後方から眺めていたシエラ。そんな彼女が最も良い反応を見せたのは、リーナの働きぶり。
シエラに向かってブイサインしつつも、その手は一切緩まない。部屋とそこにある設備、作業台の面積や備品、錬金術に用いる素材がどのようなものであるのかを把握してからというものの、物凄い手際とスピードで作業を進めている。
もはやディナルはほとんどリーナのお手伝い状態。まるで本職であるかのように動き続ける彼女の目は、ここに来てから一番生き生きとしていた。
「ふぅ……ある程度必要なものは作れましたかね。あとは……こうぶ、ん……ん? み?」
『あらっ、何かあったの?』
が、次の瞬間、その表情は途端に険しくなってしまう。
ミシャリーゼが殴るように書き記していったメモの内容物を書かれた上から順に作っていた二人であったが、主軸となって動いていたリーナが止まったことによって、シエラ含めた三人共が固まってしまう。
「どうしたんだリーナ?」
「いえ、また聞いたことのない名前のものが……薬品名でもなさそうですし……」
「おぉっ、思ってる三倍進んでるな」
「あ、ルーロ殿。ちょうどいい所に」
皆が頭を抱え始めたのを察知したかのように、それを依頼した張本人が地上から地下の作業場へと戻って来たミシャリーゼ。何やら禍々しいオーラを放つ巨大な木箱を抱えながらも、余裕の表情は先ほどまでと一切変わらない。
「ん? なんかあったか?」
『薬に関しては貴方がいつも作ってるものがほとんどだったから私が教えられたんだけど、急に知らない単語が出てきたから困っていたのよ』
「どれどれ…………あぁ、高分子ミセルか」
「なんなんです? それ」
「超絶簡単に言えば、これから作る肉体に長期間薬を浸透させ続けられるようにするものだ」
「人造人間だしある程度なら内側の構造を適当に作っても問題ないんだが……錬成中に対象となる肉体の拒絶反応が起こる可能性がある。それを防ぐための薬を絶え間なく体に浸透させて、内側でゆっくりと混ぜる。そうすることで、長期的……年単位レベルで肉体を保ち続けられるんだ。最初の方はメンテが必須だが、次第に体の方が自立を初め、最終的には単体で生命維持を確立する」
本来絶対作れるものではないけどなと呟きながら、ミシャリーゼは出されているそれよりも二回りほど大きいフラスコを作業台の上に用意すると、流れるように部屋の空いたスペース――その床に白いチョークのようなものを当てた。
「――この世界の錬金術は便利なもんでな。ある程度の知識だけでも想像通りのものが出来上がる。……まったく、なんともご都合的のいいトンデモ能力だよ」
慣れた手つきでぐるりと一周円を描くと、その中にどんどん幾何学模様のようなそれと式を書き込み始めた。
自分の欲する物……その望みを叶えるための全てを記し、円の中に組み込み続ける。まるで頭の中に完成されたそれが在るかのように、すらすらと線を引くその姿から、先ほどまでのふざけた様子は一切見られない。
「本来人間が踏み込んではならない領域……そこへと知識をつけるだけでこうも簡単に踏み込める分野も中々無いだろうな――――少年。お前は私に師事し、その先に何を見る? 人間性を捨て去った後、人間として何を目指す?」
「――ゼルトースに生きる者の安寧。それを確固たるものにするための――――”世界統一”。成し遂げるためならば……俺はどんな覇道だって進むつもりです」
ミシャリーゼの問いは、突然だった。それでもディナルの固まった決意は、質問の直後に彼自身の口から自らの出した答えを放った。
ほとんど反射に近い。そうやって即答するために、一体これまでにどれ程悩み抜いたのか。それを想像するのは難しい。
苦悩と信念、末に辿り着いた不退転の覚悟は、もうブレたりなどしない。己の進むべき道、その果てに到達するまで。
「…………いいね。中々悪くない」
刹那、ミシャリーゼの描いた陣が鈍い輝きを放ち始める。その光は、円の中に重なることなくみっちりと刻んだ構築式全てが正常に機能することを意味していた。
そんな薄暗い空間を照らすそれと共にディナルの方を振り返ったミシャリーゼは、彼に向かって微笑んだ。淡く、その奥底で何を考えているのかなどは全く分からない。それでも……彼女の表情を見た者らは皆、悪い気だけはしなかった。
「ならば、迷うことなくその道を進め。ゼルトースの王族としてではない。ディナル・ゼルトース個人として、お前の信じた道を征け。……せっかくの人生、悔いの無いように生きねばならんからな」
そう言うと、今度は少し寂しそうに、そしてそれ以上に楽しそうにニカッと笑みを浮かべた。
どこまでも明るい彼女の振る舞いは、絶望に沈みかけていたディナルらを掬い上げ、照らす光のよう。真っ直ぐで、眩しくて、尊く思えて……進むべき先を示してくれる、眩い焔のようであったのだ。
アルコール燃料は森の中にて自生している果実から作った酒を蒸留した物から、チョークは小屋付近の湖に生息している貝の殻からミシャリーゼが作ったものです。




