#16 昔話、目指すべき憧れ
「……それで、その人体錬成というのは……?」
幾度かの深呼吸の末に少し落ち着いた様子のリーナ。そして今度は彼女からの質問に真面目に答えるべく、数秒の間話す内容を頭の中で整理したミシャリーゼの口が開かれる。
「端的に言えばその名の通り、錬金術を用いて人間の体を構築することだ。骨、筋肉、臓器に脳、それらに通っている神経に至るまでを形成する」
随分と簡単に言ってみせてはいるが、どう考えても人間が行っていい所業ではない。錬金術に関してはまだまだ疎いディナルとリーナであっても、そのくらいは理解できる。
「それは、死んだ人間を生き返らせる……ということでしょうか? それとも、新たに命を作ると……?」
「良い質問だな、だが不正解だ。それが出来るのは神様のみ。私がいくら天才だからといっても無理だ。――どこぞの男と子でも成せば話は別だが……生憎そんな予定は更々ないし、必要なのは影の入れ物だ」
続くミシャリーゼの言葉に一瞬ギョッとしたディナルであったが、その結論に対してか他の要因か。すぐさまその顔はホッとした表情へと変わる。
そんな様子をじっと見ていたミシャリーゼは心底面白がっているようであったが、そこで軽口は発さない。これ以上ふざけ倒して話を伸ばせば、今度こそ本気でリーナが起こりかねないと判断したらしい。
この地下空間にて未だ自由の身となることが出来ていないままであった影は、ディナルによって拘束されたまま。鎖帷子のロープには絶えず魔力が流されていた。
体内に宿せる魔力の少ないディナルがここまでそれを維持し続けられているのは、そのロープの魔力効率が極めて高いから……というのもあるが、一番の理由は影が暴れなくなった事。
逃げる事を諦めたのか、体力が尽きたのか。いずれにせよ、影は現在じっと動かない。そのおかげで無駄な魔力を消費することなく、ディナルもこの現状を保つことができているのだ。
「今回作るのは、あくまで人体のみ。それを動かす魂は影に宿っているだろうし、肉体さえちゃんと作っておけばいい」
「は、はぁ……」
「ちょっと、話のレベルが高すぎますね……」
『頼んどいてなんだけど、正直そこまで精巧に作ろうとしてるなんて私も思ってなかった。ちなみにミシャリーゼ、貴方そんなの作ったことあるの?』
「ない」
シエラが一応確認とためと尋ねてみれば、返ってきたのは清々しいほどの否定。だが不思議とミシャリーゼの表情からは、迷いや不安といったそれは一切見られない。
「大丈夫大丈夫。超昔に「実際に人体錬成するってなったらどうなるんだろ」って思って人体構造調べまくったことあるし、城でも研究の間に医務室のカルテくすねて勉強したし」
「カルテ……って、あの厳重保管書類の!?」
「度々無くなって騒ぎになってたけど……ま、まさかルーロ殿の仕業だったとは……」
それは、王城内ではもはや有名な事件。医務室の奥底にある金庫にて厳重に保管されているはずの患者カルテ――日々のちょっとした怪我の内容から戦場で負った重症についてや、獄中で亡くなった罪人の解剖記録まで全て記されたそれが、連日どこかへと消えてしまうといった事があった。
金庫の鍵は責任者である主治医が誰にも持ち出されぬよう管理していたというのに、それが持ち出された形跡もないまま中の資料だけが忽然と消えたために、城中は大騒ぎ。しかし一晩経つと、また金庫の中に全て戻って来る……という、中々に奇妙な話だ。
「国王陛下、一時期犯人は見つけ次第火炙りにしてやるって血眼になって探してましたけど……」
「っはは、こわぁ」
肝が据わっているのか何なのか。罪の意識など微塵も持っていなさそうな錬金術師は、そんな焦燥感を煽られてしまいそうになる話すらも笑い飛ばしてしまう。まるで相当な年長者であるかのような余裕の振る舞いであった。
「まぁ、見させてもらった分くらいの仕事はしてみせるさ。……どうせ追い出された身。怖い物なんて無いし、仮にいちゃもんつけられても返り討ちにしてやる」
「フッ……すごい、ですね。本当に」
女性でありながらも揺るがぬその豪胆な姿に、ディナルは心の底から彼女に対する尊敬の意を覚えていた。
自分は、最後まで戦えなかった。あの場所――王位継承式にて。
思惑の首謀者であろう兄フォルド相手に言い合いこそしたものの、最後まで引かなかったのかと聞かれれば即答は出来ない。あの場で全てを捨てて、戦うことだって――――
(……いや、そんなものに意味はない)
少し考えたところで、彼は彼自身の思考を否定する。
あの場で力任せに動いたとて、状況は悪化していただけだろう。それに相手は、その日王になったばかりのフォルドと、彼を守る近衛騎士団。王の顔面を殴ることくらい出来るかもしれないが、その手前にいる無関係の者達にまで拳を振るえば、その時点でこの先の信頼獲得の道は潰えてしまう。
もう、子供のように感情をぶつけ合えるような……ほんの些細な兄弟喧嘩すら許されぬ立場へと至ってしまったのだ。フォルドも……ディナル自身も。
「……俺も、そんな風になれたら……」
「ん? 俺?」
「あっ……いや! 違っ……!」
物心ついた頃から始まった城での英才教育。王族であるディナルも当然その対象であったわけであるが、その中には言葉遣いを矯正するものも含まれていた。
そんなしがらみが国との縁と共に消えてしまった今、どこかで気が抜けたのだろう。ディナルから出たそのたった一言すら彼の口から聞いたことのなかったミシャリーゼは少し驚くと、続けざまにまた笑った。
「いいんじゃないか? こんなとこで気にする奴なんていないし……それに、私はそっちの方が好きだぞ? なんか親しみやすくてさ」
「っ――ルーロ殿……!」
「よーし。長々話過ぎたから、後はやりながら巻きで説明してくぞー。ほらさっさと準備! 嬢ちゃんもだ!」
「はっ、はい……!」
『また急に……まず何が必要かを言いなさいよ!』
(……まだまだ、この人には敵わないな)
ずっと籠もり続けていた……そうする以外になかった『第二王子ディナル・ゼルトース』の殻が、一人の人間の手によって粉々に打ち砕かれたような感覚を、彼は感じていた。
だが、嫌な感じはしない。むしろ清々しい。限界を極め続けていたと思っていた矢先に、まだまだ続く長い道が拓かれたのだから。
すぐに追いつけるわけはない。だがそれでも、新たなる己が野望――それを成し遂げるために必要な強さを必ず手に入れてみせる。自信満々な表情と共に錬成に取り掛かり始めたミシャリーゼのキラキラとした瞳から目が離せないまま、ディナルは一人心の内側でそう思いを確固たるものへと到達させた。




