#14 森中初戦、決着
(……チャンスは一度きり。失敗すれば手の内は向こうにバレて、同じ手が通用しなくなる可能性もある)
猛スピードで接近と攻撃を繰り返す影に最低限の動きで対応しつつ、ディナルはどんどん集中力を高めていく。
一秒にも満たぬ間何度もあらゆる方向に飛ばされているというのに、彼は既にその状況にすら慣れ始めていた。再び地に叩きつけられるのならば受け身を取り、横に飛ばされ木にぶつかりそうになったならばそこで身を捻って衝撃を分散させる。
その全ての動作において、相手の放つ力に逆らわないことを徹底し、心の余裕……隙間を作る事だけに尽くす。そうするとだんだん生み出した隙間に高めた集中が流れ込み――――
「――――ふぅっ……!」
だんだんと、頭がクリアになり始める。
「ここだっ!!」
『――!?』
「うおっ……!? ……いや、どっから出したんだアレ……!」
決着は突如、瞬く間についてしまうこととなる。突如この場にいる全員が予想すらしていなかった事態が目の前で起こったことによって、ミシャリーゼでさえもその一幕に驚くこととなったのだ。
――皆の目に映るのは、影を雁字搦めに縛る縄。それ自体が淡く光り、どこまでも暗い影の身を包み込むようにその場で拘束する。そして身動き取れなくなっているそれを、息を荒げながらじっと見下ろしているのが、ディナルであった。
『一瞬だけだったけど、すっごい速かったわね……まるで呼吸みたいに複雑な動作を……』
「……王立騎士団隊式捕縛術――縛瞬歩」
ミシャリーゼと共に驚愕の顔を露わにしていたシエラへと説明するように、リーナの口が開かれた。
「ディナル様が内側に着込んでいる鋼鉄蜘蛛糸製の鎖帷子は、装着者の魔力を流すことによって分解され、一本の長いロープのようなものになるんです」
『コウテツクモイト?』
「簡単に言えばワイヤー……細いのに超頑丈な縄だな」
人の開発した鋼鉄蜘蛛糸なるそれは、強靭かつ軽量。この世界よりも数十段階上の技術を知っているミシャリーゼでさえも驚いた数少ない代物であり、もちろんそんな物を森の外など知る由もないシエラが分かるはずもないので、そこはミシャリーゼが補足を加える。
「その捕縛術は本来街の犯罪者を取り締まるために衛兵が考えたものなんですが……それを利用して瞬時に敵を捕縛する術を、数年前から騎士団も訓練の中に取り入れたんです。……拘束魔法で事足りると鼻で笑う団員も多い中、ディナル様だけが――あの技術を極限まで磨き上げた……!」
ただ縛るだけの技術。しかしその技は、案外実戦に向いていた。
どんな相手にも有効であるという点。人だけでなく、動物や鳥……今回のように己の魔力を縄に流し込めば、実体のないような存在であったとしても捕らえることが出来る。
その陰も、自分の力で最大限の抵抗を見せる。だがそれも虚しく、むしろ反発した分だけ縄はどんどん影を締め付けていく。
ただ拙い魔力を流しただけのロープであれば影の方も難なく抜けられたであろうが、相手の素材が悪かった。魔力伝導率の高い特殊な金属で作られた鋼鉄蜘蛛糸は、その拘束強度を異常なまでに高めていたのだ。
「にしても……帷子がロープになるのはいいとして、そこから一瞬で縛り上げるなんて芸当、私にだって出来ない。あれはどうやったんだ?」
「あれは捕縛術の一種で、『引き南瓜』っていう技です。ロープを伸ばしながら球状、そして網のように展開して、最後にグイっとタイミングよく引っ張ると、帷子分解時の変形反応と相まって、対象を雁字搦めに……と言っても、相当な技術を持っていることが大前提にはなりますが……」
『……凄いのねぇ、近頃の人間は……』
「――なんとか上手くいったか……」
一か八かに賭けたディナルの判断は、間違っていなかったと言えるだろう。
結果、こうしてミシャリーゼやシエラですら素性の知れない存在を無力化することに成功したのだ。更に言えば、これが森の中におけるディナルの初勝利。慢心するのは違えど、多少なら喜んでもいい場面であるはずだ。
「……お前の能力はとんでもなかった。正直突破口は無いと思っていたが――――その力は、”複数を対象として発動することは出来ない”。つまり、お前が加速に力を使っている間、俺の攻撃を弾き返すことは不可能ということだ。まぁ、完全に断定は出来なかったが……」
『――……』
ディナルは影に問う。しかし影は何も答えない。答えることが出来ない。
人の形をしているとはいえ、その身には目も鼻も口も見当たらない。おそらく、体に感覚器官が備わっていないのだろう。
何も見えず、何も聞こえない。完全なる静寂と孤独が、この影という存在を成立させているのだ。
「その辺にしておけ少年。どうせそいつには聞こえちゃいない。ここまでも、私達の魔力だけを頼りに位置を捉えて戦っていたっぽいし」
『とはいえ、この影が何なのかは少し調べたいわね……ミシャリーゼ、『依り代』を作ってもらえる?』
「あいわかった」
未知というものは、何よりも怖い。常に死と隣り合わせであるこの樹海の中では尚更だ。無限に等しく種類の存在する植物の一つを知らないだけで、時には全て終わる要因になりかねない。
その恐怖があるからこそ、森に慣れているシエラであっても最大限に警戒し、ほぼ奇跡的に生きたまま捕らえることに成功したその存在を調べんと、新たに動き出そうとしていたのだ。
「あの、依り代とは……?」
そんな時、魔力の籠った縄を握る手の力を緩めることなく、そのままディナルがシエラにへと尋ねる。
『――実体を持たないという点だけ見れば、この影という存在は私に近い。声帯や目、耳の器官を備えた入れ物を用意してあげればこの影の事も……あわよくば、堕鬼族に関する情報も手に入れることが出来るかもしれないってわけ』
その説明に、ディナルとリーナもおぉ、と頷いた。
早速知らない事だらけではあるが、二人ともむしろその感覚に心地良さすら感じている。今までゼルトースにいただけでは壊すことの出来なかった己の壁に、ようやっと立ち向かっていけそうだという淡い光明が見えたのだ。
「それでルーロ殿、その入れ物も錬金術でお作りになられるのですか?」
「あぁ、少々骨は折れるがな。だが、お前達も面白いものが見れるかもしれんぞ?」
「面白いもの……?」
手で首を抑えてポキポキと鳴らすと、ミシャリーゼは途端にニヤリと笑ってみせる。何やらよからぬことでも考えていそうな、悪い顔だ。
「ックク……! やるぞ――――”人体錬成”……!!」




