#13 王子、未知への挑戦
『――!』
「チッ……またこれか……!」
そこから何度も、何度も攻撃を繰り返した。
斬撃から刺突に切り替えてみたり、フェイントを混ぜてみたり……出来得る手段を片っ端から試し続けたディナルであったが、その悉くは無意味に終わることとなった。
(何らかの魔法の類であることは間違いない……しかも、人間の得意とする単純な自然系、非自然系魔法でもない――)
――自然系魔法とは、人間が主に戦場や日々の暮らしに用いるもの。
火や水、風。他にも様々。己の体内に宿る魔力と周囲の空気中に存在している自然のエネルギーを反応させることによってそれらは初めて実現する。
それとは別に非自然系魔法も存在しており、そちらは身体強化魔法や回復魔法、武器などを作る鍛造魔法、呪符魔法等、自然系のそれに人の手が加えられ、その効果を変化させたものがある。
その威力、効力、得意となる魔法の種類は人によって異なり、まさに千差万別。敵の数だけ魔法があると心構えをしておいた方がいい。
……だが、それにしても不思議な魔法であった。
その陰はずっと同じ位置に立っており、一歩たりとも動いていない。だというのにも関わらず、ディナルが手も足も出ないほどの”何か”を持っている。
(衝撃無効……じゃない。奴に刃が触れる直前にその力は働いている……となると、大気か?)
徐々に正解へと近づいている感覚はあった。このまま止まることなく攻撃を浴びせ続け、反撃する暇を潰しつつ答えへと辿り着く――――そう考えたディナルではあったものの、次の瞬間には状況が一変する。
『――……!!』
「んなっ⁉」
刹那、ここまで像であるかのように微動だにしていなかった人型の影塊が動き出す。まるでここまで耐え、ついに堪忍袋の緒が切れたかの如く放っていたプレッシャーが跳ね上がる。
同時に敵と認識したのか、ディナルに向かっての超加速。その初速ではあり得ないほどのスピードは、ここまでの静止状態と掛け合わさって、攻撃にあり得ないほどの緩急を生み出した。
「っ、なんのっ!!」
だがディナルの動体視力、動き始めた影の輪郭をギリギリ把握。位置を捉え続けた……のも、束の間。
突如あり得ない機動力を見せ、人間の想定する動きを超えた影が、瞬きする間に彼の背後を取ると――影はその手を広げ、ディナルの背中へとそれを押し込んだ。
「うぉわがっ!? ――ゴホッ……!!」
「ディナル様!!」
影の手の先で働いたのであろうその力は、容赦なくディナルの体を地面に向かって吹き飛ばした。
そして、体勢が悪かった。体を捻って受け身を取る時間すらなかった彼の身は腹を下にしたまま地に叩きつけられる。
衝撃と同時に、ほとんど無いに等しかった胃の内容物の残り全部を吐き散らし、身で削りながら痛々しい音と共に人体が地上を滑っていく光景は、それを見ていたリーナの顔を青く染めた。
(グフッ……! ……なるほど――――『反射』……! もしくは『反発』か!)
だがそこで、ようやっとディナルがその力の正体に気付く。
敵からの攻撃を受けずとも自分から己の意思でディナルを吹っ飛ばしてみせたことを考えるに、外部から加わろうとしている力の方向を反転させているだけではない。自分の力で、それを可能としているのだ。
(全てを跳ね返し、自身への攻撃は一切通さない……完全無欠の力じゃないか……!)
身体強化魔法。言わば、肉体行使の延長線上でしかないそれしか扱えないディナルは、人の域を超えた他の者らの使う魔法に対して少なからず憧れを抱いていた。自分の持っていないものを羨むのは、人の性である。
影の持っているその力も、仮に王立騎士団の誰かが使えていたのならば、それだけで各国のパワーバランスが大きく崩れかねないほどの凄まじい力であるとディナルに感じさせたのだ。
(……シエラ殿からさっき聞いた、前域……比較的安全らしいここらにいる奴でこれとなれば、森の更に奥は一体どんな……っいや、今は考えるだけ無駄だ……!)
それでも、ひとまず無駄な思考はそこで捨てる。今必要なのは、そんな敵に対する対抗手段。攻略法だ。それ以外のものは必要ない。
『――完全なる特異……ミシャリーゼ、もしかしてあれ……貴方と同じような存在なんじゃない?』
「え?」
ふと思ったシエラが、間髪入れずにミシャリーゼへと聞いてみれば、小人の目先にいた彼女の顔はだんだんと呆気にとられたようなそれへと変化していく。
「ルーロ殿と……? あの、それってどういう……」
ただディナルの無事を祈るように両手の指を組み合わせることしか出来ずにいたリーナも、そんな二人の会話に必死で食らいつく。
「待て待て。こういうのは隠し通すのがお約束――」
『それに関しては後でディナルも一緒にこの意味不馬鹿に説明してもらうとして』
「いみふばかておい」
ミシャリーゼの少しの驚きを含んでいたそれが、見る見るうちにしかめっ面に変わっていく。そしてそんな彼女など気にすることなく、シエラの結論がその口から発せられた。
『……あの影が、本当はこちらに敵対する意味がないような存在かもしれないってこと』
「えぇっ……!?」
「たしかに、発声器官も付いてなさそうだし、コミュニケーションが取れなかっただけという可能性も否めないか……なんにせよ、今のディナルにはまだ荷が重いか……」
最初は、少々変わった奴であるという程度。だからこそミシャリーゼはディナルがどれ程の実力であるのか、この先共に戦い、尚且つその先で生き残れるのかを試すつもりだった。
だがシエラの言うその可能性が出て来てしまった以上、その未知へとディナルが更に踏み込むのは危険過ぎるという結論に至ったのだ。
「おい少年! 弟子の件は後だ! ひとまずここは私が――――少年?」
「ディナル……様?」
飛ばされ、それでも立て直し、ミシャリーゼでも厄介と思うほどの速度で動き回るその存在と渡り合いながらもなお、三人の会話をディナルは聞いていた。そこから彼がミシャリーゼに対して繰り出したのは――『待った』の構え。
剣を持っていない左手を開いてミシャリーゼの立っている方へノールックで突き出し、その行動を止めたのだ。
(こちらを見ずに……って、あんな状態で聞いてたのか? こっちの話を……そんな大声で喋っていたつもりはないんだが……)
多少疑問と驚きはあったが、ミシャリーゼはそれを飲み込んだ。
――今はただ、受け入れることにしたのだ。未知と戦っている張本人の訴えを。「私がなんとかしてみせる」という、彼自身の思いの根底となる、殻を破らんばかりの強い意志を。




