#12 未知、襲撃者?
「る、ルーロ殿……!」
あれは何か。困惑しながらそれを聞いたリーナであったが、数秒経ってもミシャリーゼから返事が返ってくることはない。緊張と未知への恐怖からとうとう痺れを切らした彼女がもう一度呼びかけると、そこでミシャリーゼの方も言葉を返す。
「あれはな――…………」
しかし、それはたった一言であった。出そうとしたであろう何らかの言葉がミシャリーゼの喉奥で詰まって、固まってしまう。やがて、数秒の熟考の末彼女が纏め上げた答えが――――
「何だあれ?」
「……いぃやいやいや! なんで分かんないんですか!!」
「しょうがないだろ! あんなの私も初めて見たんだから!」
それだけ溜めておいてなんだその答えはと少しばかりの怒りを容赦なく露わにするリーナに対して、ミシャリーゼが返すのはあまりにも情けない反論。
「そんな得体の知れないものとディナル様を戦わせようとしているのですか!? 挙句にどうにか出来なければ森から追い出されるって……あんまりではないですか!」
「落ち着け我儘娘め……! あいつ命の安全は絶対に保証してやるから! ――それに……この先樹海での戦いに挑むのなら、遅かれ早かれこういった――格上との避けられない戦いは必ず訪れる」
人の飽くなき探求心でさえ白旗を上げたこの妖精の樹海は、当然まだまだ分からないことだらけ。それはこの場所にて十年生きてきたミシャリーゼにとっても同じであり、ましてや争いの起こる場所のその先――完全なる未踏の地である深域なんて、彼女の実力をもってしても通用するか分からない領域。
そんな世界で生きていくということは、決して甘いものではない。例えディナルに決して揺るがぬ覚悟があったとしても、『強くなれる可能性』のみで簡単に弟子にしてやれるほど、ミシャリーゼも強くなかった。
「こういった場面にすら対応出来ないのなら、あいつもそこまで。温情で鍛えてやったとしても……どこかでお前の大事な王子様は惨い死に方をするだろう」
「それはっ……そう、かもしれませんが……」
きっと、ミシャリーゼであれば目の前の”何か”にだって対応できるのだろう。そしてそれは、この森で培った経験値と、エルフの中でも高位の存在であるシエラの血を飲んだことによって得た強靭な肉体があるから。彼女とディナルでは――――
「そもそものスタート地点が違う。みたいな事でも言いたげな顔だな」
「……!」
「安心しろ。ヤバくなったら私も出る。それに……私はあれに勝てだなんて一言も言っていないし――――あいつも、やる気は十分みたいだしな」
「えっ……?」
「ふぅぅっ……」
そんなミシャリーゼの言葉。それと共に彼女が指差した方を振り向いたリーナが見たのは、謎の影と相対するディナルの姿。
先ほど――プヴォロの時よりも明らかに深い集中。落とせるだけ、次の瞬間には最高速度を出せるほどにまで腰を落とし、構える剣は微動だにしていない。
ただでさえ鉄の塊である武器……どんな手練れであっても多少のブレはあるだろうに、ディナルの構えにはそれがない。初撃の精度、まずはその刃を当てることに意識を向けているらしい。
続いて、己の肉体への強化魔法の付与。己の内に有する魔力を全身に回し、それによって肉体強度の底上げ、身体能力の向上などを実現する、この世界における基礎的な自己強化方法。
(ルーロ殿をあれほどふっ飛ばしたんだ……あんな小柄でもパワーが相当であることは間違いない……が、向こうも様子を伺っているのか? それとも、何らかの隠し玉が……)
対する影はただそこに立つのみ。何かを発することもなければ、突如襲い掛かって来ることもない。だからこそ、ディナルにも冷静に思考するだけの余裕があった。
だが逆に、何故この数十秒……一分以上経過しようとしている睨み合いを無効から動かさないのかが疑問であった。
今のディナルの実力を考えれば、ミシャリーゼの時同様即座に襲ったとて何の問題も無い。隠さず言ってしまえば彼女よりも格下である彼相手なら、真正面からいけば簡単に蹂躙出来るであろうに。
「ッ――かああっ!」
その時、何らかの力を溜める必要のある攻撃を放とうとしているのではという考えが、反射的にディナルの体を動かした。
ほんの僅かの迷いはあった。だがそれでも、一度動いたからにはもう止まるわけにもいかない。己の全身全霊をぶつけるつもりで、彼は陰に向けて最速の剣を放つ――が、しかし。
『――!』
「ぬぉっ、ぐっ!?」
ディナルの刃がその陰に触れた途端……いや、もしくはその直前。影は一切のその体を動かしていなかったというのに、ディナルの体だけが大きく後方へと飛ばされた。
殺意、敵意、そういったネガティブな感情のどれもを微塵も感じなかったというのにも関わらず、奴の攻撃は終了していた……
(ルーロ殿もこれに……! というかそもそも、これは攻撃なのか……!?)
森の一番手前にいた大熊ですらあれほどの強さであったのだ。
それでも、あらゆる最悪の想定を既に終えていたディナル。冷静な思考はそのままに、即座に空中で体勢を立て直す。
そこから流れるように飛ばされた方向、その背中側にある木の存在を瞬時に確認。それを踏み場として利用し、ノータイムで再加速。もう一度影との間合いを瞬時に詰めた。
「ほぉ、対応が早い。アジリティも中々のものだ」
戦うディナルの姿を見て、ミシャリーゼは素直に感嘆の声を漏らす。
プヴォロ戦では出し切れなかった、ディナル本来のパフォーマンス。それが遺憾なく発揮された彼の実力は、ゼルトースの中でもかなり上であるという彼自身の自負が嘘偽りのないものである事を証明した。
「……しかしあんな奴、本当にこの十年で初めて見たぞ……? シエラ、何か知ってるか?」
答えを求めて相棒とも呼べる存在に問うたミシャリーゼであったが、その小人から返って来たのは首を横に振る仕草。
『――少なくとも、妖精族ではない……考えられるのは、堕鬼族側の新しい生物兵器……にしても、どこか違和感が……』
ミシャリーゼとは比べ物にならないほどの時間を森の中で過ごしているシエラでさえ、あれはこういった存在である。と断言できない。完全なる未知を相手に、その正体について疑問が増える一方であったのだ。




