#11 覚悟、突如なる襲来
「――それで……ルーロ殿はどうなったのですか?」
『後はもうさっき見てもらった通り。ミシャリーゼは私の血を飲んで、その肉体を進化させた。その過程で腕も元通り。呪印も消えて、錬金術とかいうのもまた使えるようになったわ』
ディナルとリーナの前でその一部始終を語るシエラは少し嬉しそうだった。なんだかんだと言いながら、ミシャリーゼの事は好意的に思っているのだろう。
『……エルフの血は、本来人間にとっては劇薬。その中でも高位な存在のそれであれば、尚更。ましてや私、妖精王の素質を有する者の血なんて、飲めばほとんどの確率で死んでしまう……けれど』
「もし耐えることが出来たのならば――その人は、とんでもない力を手に入れられる……ってことですか?」
『その通り。それが、ミシャリーゼの強さの秘密。もう彼女は――人ならざる存在へと至ってしまった』
「…………」
人間とは思えぬほどの凄まじい身体能力。疑問に思っていたそれが解消されたことで、ディナルの肩に入っていた力がほんの僅かながら抜ける。
大戦が予想され始めた頃より前から更に上にと、ゼルトースの王立騎士団の面々も腕を磨き続けてきた。ディナルだって例外ではない。国のため、そこに生きる人々のためにと、ひたすら強くなることだけを考えて毎日を生きてきた。
だが、十年ぶりに再会したミシャリーゼとの間に存在していたのは――そんな日々が馬鹿馬鹿しく思えてしまうほどの、圧倒的な力の差であった。
「……たのだ」
『え?』
「俺が身を置いていた環境は……ただのぬるま湯だったのだ」
死ぬ気でやる。ありきたりで、強くなるためにはそれほどの覚悟が必要なのだという意味で多くの者が言い放つ言葉。……だが、それが本当の意味で実践出来ているのかと言われれば、微妙な所である。
実際問題、本当に命をかけていない。気であるのだから当たり前なのかもしれないが、その時点でこの樹海――下手をすれば本当に死んでしまう環境に身を置いている者との差が出るのは当然とも言えるだろう。
なんだか、随分遠くへと行ってしまったと感じたのだ。かつて、自分の憧れた人は――――
「なるほど、事情は理解した。ルーロ殿は、その血を飲んだ対価として、この森で戦い続けねばならないということだな、シエラ殿」
『簡単に言うとそうね。……ミシャリーゼはきっと、貴方達を戦いに巻き込みたくないのだと思う。もう樹海の中で起こっている争いは、人の力でどうこう出来るようなものじゃないから』
「だからあんな風な態度で、私達を遠ざけようとした――」
『いや、あれは多分素ね』
「「…………」」
変わらずミシャリーゼに対して呆れたような表情を見せるリーナ。しかしその隣にいるディナルは、何かを考え込むように手を口に当て、己の思考のみに意識を集中させる。
自分が成し遂げようとしている事……そして、契約によってミシャリーゼが今置かれている現状……得た情報、それらの断片を繋ぎ合わせるように進めて……
「――なら、ルーロ殿がそんな心配など出来なくなるほど、俺が強くなればいい!」
「っ、ディナル様⁉」
「あの人の強さを目指し、追いついて、この樹海の戦いを共に終わらせる……その戦いの中で限界を超え、ゼルトースの騎士団すら黙らせる力を手に入れてやるんだ……!」
『おぉ……そうきちゃう?』
確かに、理屈として言いたいことは理解できる。ミシャリーゼがこの森に縛られている理由である契約の元となっている戦いさえ終結させることができれば、ミシャリーゼはシエラの血の対価を払い終え、自由の身となる。
そこから彼女が共にゼルトースへ戻ってくれるのならば万々歳であろうが……流石にそれはもうディナルの高望みでしかない。奪われ、追い出され、恨みすら抱いているであろう国に彼女が戻る理由なんて無いのだから。
『……話は、聞いてたよね? 人の力じゃどうも出来ない……それこそ、さっきのプヴォロの群れが可愛く思えるほどの問題なのよ?』
そのようなこと、ディナルは重々承知している。
現状では、怖いという感情しか湧いてくることはない……どう立ち回るか、攻め切れるのか、勝利――攻略への道筋すら曖昧で、完全なるそれのビジョンはまだ浮かんでこない。
単純な剣の力量だけで言えば人間の中ではかなりの強さに位置しているであろうディナルでさえそれなのだ。そこらの輩程度であれば簡単にあしらえるほどの護身術は有してはいるものの、根本的に戦闘員ではないリーナが感じた恐怖は、彼の比ではないだろう。
一体でそのレベル。それが、数十と群がった集団。もしそれが人国に放たれたのであれば、地獄絵図は容易に想像できる。
そしてそんなものをほんの一瞬で制圧して見せたのが、かつてディナルが憧れ、そして今再び目指そうとしている存在。
ミシャリーゼ追放から、十年という長い歳月が経った。それでもこうして再び出会うことの出来た運命……そのチャンスを、ディナルはどうしても逃したくなかった。これを手放せば、この先一生後悔することになると確信すらしていたのだ。
「……正直、覚悟は定まっていない。無謀も承知の上だ。だが私は、いずれ国を背負えるほどに強くなることを天に誓った。無理だから諦めるなどという選択肢は持ち合わせていないし、この選んだ先ではきっと……ルーロ殿にも迷惑をかけるだろう」
それは、あまりにも自分勝手。あまりにも自己中心的な思考。王族という立場であった故にこれまで全てが叶ってきた人間だからこその……己が信念を曲げることを許さぬ不変の想い。
「それでも、私は自分の為すべきことのためにこの命を使いたい。その途中でこの身が滅びることになったとしても、これだけは貫かねばならぬのだ!」
「ディナル様……」
『人国にも、やっぱりいるのね。こうやって純粋に、前だけ向いて理想に向かい進める者が』
そんなディナルの真剣な表情を見てしまっては、もはやシエラの方からは何も言うことは出来なかった。
『……分かった。そこまで言うのなら、私はもう止めたりしないよ。そもそも、他人が一度決めた人生の選択に意見すること自体がそもそもおこがましかったのよね』
すぅっと軽く息を吸って、少し止める。そして苦笑いを浮かべながらため息を吐いたシエラは、ここから何を言おうとディナルの意思が変わらないことを悟った。
それだけの覚悟があるならば、自分が選び、後悔しないというのならば、彼が思うようにすればいい。そう考えたのだ。
『……けど、理解しているでしょう? 今は二人とも、この森で生きていけるほどの強さにすら達していないのが現状。強くなるにしても、しばらくはこの湖周辺で修練してもらうことになるわね』
「っ! じゃあ……!」
『まぁ、働いてくれるのなら、ここにいるのは構わないわ。変に追い出して死なれても困るしね。ミシャリーゼには私からも頼んではみるから、二人はーーーーッ⁉︎』
瞬間バキバキと耳を裂くような破砕音が聞こえてくる。凄まじいスピードの何かが外から家の壁を破壊し、中の家具をも巻き添えにしながら奥の壁に叩きつけられて、そこで止まった。
「って、ルーロ殿⁉︎」
「……ぁあーくそっ……いってぇなこのやろーめ」
巻き上がる砂煙。それが晴れた途端に目に入ったのは、先ほどまで外でシエラの話が終わるのを待っていたミシャリーゼだった。
長い髪のせいでここまで隠れていたが、そこで彼女が髪をかきあげた瞬間、ちらっとそれが見えたーー耳。シエラほどとまではいかないものの、ほんの少しだけ先が尖ったそれを。
十年前にディナルとリーナが見た彼女のそれは、確かに丸かった。生まれも育ちも人国。両親だってごく普通の人間であったという。
「……本当に……」
「ん、あぁそうだ。お前達の話は外から聞いてたぞ」
「ちょっと待ってください、なんであれだけ吹っ飛ばされてケロッとしてるんですか? しかも無傷だし……」
その尋常ならざるタフネスにもはや何度めかも分からない驚愕を強いられるリーナだったが、「それは後だ」と起き上がるミシャリーゼによって口を封じられた。
「……引く気はないようだから、私が今からお前を試す。合格すれば私の弟子、出来なきゃゼルトース以外の国にでも行ってもらおう。その時は森の外までは連れて行ってやる」
「なっ……⁉︎」
「さぁどうする? ……とか言いたいが、拒否権はないぞー。あれをなんとかできれば合格だ」
「あれ……って、な……何なの、ですか……?」
二人は戦慄した。ミシャリーゼが指差した方向にいた存在に。
プヴォロのように想像できないほどの巨躯を誇る訳ではない。サイズは人並み……それどころか、リーナよりも少し小さいくらいだ。
だがしかし……その禍々しさは計り知れない。
そのフォルムだけ見れば人型ではあるものの、その存在は人ではない。まるで影を何十倍にも濃縮したような、どす黒い全身。輪郭すら持っていないそれは、この世のものとは思えぬ奇妙な威圧感を放っていたのだ。




