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名無しの騎士  作者:
14/14

 実戦演習から十日以上。

 藤和は手元の書類をシルファに見やすいように渡す。


「異動希望者、ゼロ。意外だな」


 書類を速読したシルファの声は面白そうに弾んでいるが、書類を見る瞳には険しい光がある。

 その険しい視線に気付き、藤和は諦めたように溜息をつく。


「私も意外だ。セルーダ訓練兵は確実に辞退すると思っていた」


「セルーダ………?ああ、ヴェノダのバカ息子のパートナーか。能力的には、後方でも大丈夫だけどな」


「本人は、命令されたことだけをしていた今までとは違って自分の意思で選んで試したい、とのことだ。少々厳しい現場だが」


「本人が選んだのなら、いいんじゃないかな。で、皆、藤和の部下であることを希望したわけか。慕われてるね」


 にっこりと満面の笑みを浮かべながらも消えない険しい光に、藤和は若干の呆れを見せる。


「妬くな、鬱陶しい」


「あ、酷いな。恋人を取られて拗ねて、何が悪い?」


「ならパートナーをつけるな。言動に矛盾がある」


「しょうがない。上からの命令には従わなきゃ。俺は一軍人だから」


「……一軍人に、王太子や姫将軍を動かす力はないと思いますが?エメディア中将」


 次代の王として、父王の補佐となり研鑽をつむ王太子と、四人いる国軍の頂点である大将の紅一点、第一王女でもある姫将軍。共に王妃を母とする嫡流長子と長姫だ。

 基本的に、厳格で公正無私、聡明で人望も厚いが、末弟に対して非常に甘い。


 国政と軍事の頂点にいる者として問題有りな二人だが、行き過ぎているわけではないので進言する者はいない。出来ないだけの可能性もあるが。


「愛されてるからなぁ、俺」


 こいつはこいつで弟馬鹿だ、と内心で悪態つきつつ、藤和はひきつるこめかみをもむ。

 自分でそらしてしまった話題を元に戻す。


「で、誰を異動する?」


「異動するのか?」


「小隊の編成人数は隊長と副隊長を除いて、六人。四人多い。移動させなければ、超過人数で他隊から文句が出る」


「誰かが余るわけじゃないから、組み合わせれば良い。そうなると、即席のパートナーだから、彼らを知っている者が指揮官である方が都合いい。教育係だった藤和が適任だ。超過人数のことなら、問題ない」


「何故…?」


 怪訝そうな藤和に、シルファは笑みを消す。空気が緊張をはらむ。

 それを悟って、藤和は背筋を伸ばして姿勢を正す。


「近年、毒獣が増加し、行動が活発化している。そのため、軍の人員を増強することが決定した。秋に、二期生を迎える。訓練校ではもう選出が始まっている。他隊の人数も増え、各隊の編成規定も改定される。これはすぐに部内に知らされるから、問題ない。異論は?」


「ありません」


「なら、訓練兵十一名を藤和中尉配下とし、第十一小隊とする。ああ、退職したノルヴァ中尉の部下は、ロウェイル中尉とシザーヌ中尉の下に入ることになったから」


「そうですか」


「他の奴らは少々難があるから、新人は大変だろうが仕方ない。フォローしてやってくれ」


「仕方ないですね」


 いやいやだが、一応は了承する。

 他の中尉達の部下は、配属当初、毎日のように異動願を提出していた。

 それを知っているだけに、今からこの先の苦労を思って藤和もため息をつくしかない。


「報告は終了しましたので、下がらせていただきます」


「ああ、藤和」


「はい?」


「『龍』はどうだった?」


「報告書にありますが?」


「藤和自身は、どう思った?」


「………不可解、不気味、理解不能、人の思考能力では、あれを理解するのは一生不可能だろう」


 重い言葉に、なるほど、と頷く。それにかぶるように、退室の声と扉が閉まる音が響く。

 息をついて、背筋を伸ばす。のけぞって見える窓の外に、シルファは小さな笑みを作る。


 久しく見ることのなかった晴れ空が、広がっていた。



※※※



 訓練兵達が待機している資料室のドアノブに手をかけて、藤和は首を傾げる。

 扉の向こう、室内から漏れ聞こえる声が、自分の名を言った気がした。しばし、室内の声を拾うことに集中する。


「じゃぁ、全員藤和中尉の下に残ることを希望したの?」


 問いかけるアリサの声は意外そうだが、納得しているようでもある。


「だって、アリサってドジだから心配で」


「酷い!」


「戦い方や経験を学ぶには、やっぱり同じ女の上官の方がいいもの」


 フィニアのからかいに、アリサが抗議するが黙殺される。フィニアに、ソレイが賛同する。


「そうだな。中尉の実力は本物だし、人柄も良い。信頼できる」


「お前の場合、自分のことをかばってもらったからだろ?」


「………悪いか」


「いや、あの時の中尉の言葉には、オレも感じるものがあった。中尉の下につくのに異論はない」


 滅多に口を開かないトゥリが、ソレイをからかいつつも賛同している。


「ガーティは?」


「わたしは、頑張ってみたいから…。それなら、知っている人の下で、と思って…」


 気弱そうな声だが、その瞳にはもう弱弱しい光はない。帰ってきた当初は、ヴェノダ伯からの叱責を恐れて委縮していたが。


(あまりにうるさかったから、シルファ経由で姫将軍に叩いてもらったんだよな…)


 ガーティの声で、藤和はその時のことを思い出す。

 帰って来た二日目のことだ。

 一人息子の死亡に、怒り狂っていたヴェノダ伯はガーティに会おうとしていた。おそらく、ガーティの予想通りに叱責し、理不尽な罰を与えるために。だが、ガーティの様子から会わせてはならないと思い、藤和は姫将軍に依頼した。

 身分を気にしている相手には、決して逆らえない相手を当てるのが一番良い。なら、王族が最適、としてだめもとで依頼すれば、何故か嬉々として姫将軍が乗ってきたのは驚いた。

 教育係として同席した藤和が、数秒後には思わずヴェノダ伯に同情し、早々に帰りたいと思ったことを知る者はいない。


「今さら、他の者の下は面倒だ」


「ルイン……、せめて、言葉は選ぼう」


 素直すぎるルインを、ルドーは苦笑しながらたしなめる。腕を失いかけたルドーは、ようやくリハビリを終えたばかりだ。


(対照的だな、このペアは…)


 思わず苦笑が浮かぶ。


「兄さんの話だと、他の中尉、会ったことのない人達はあまり信用するなって。下手したら狂人の仲間になるぞって」


「他の中尉、ものすごく興味あるんだけど…」


 ふと思い出したようなスウェンの言葉に、ノエルは若干引き気味だ。だが、好奇心もあるらしく、声には興味がうかがえた。


(一切否定できないところが、なんとも……)


「あ、あと、藤和中尉は時に天然発言で爆弾落とすから要注意ってさ。一発で都市破壊可能な超危険爆発物、て」


「色々と、語弊と言うか脚色があると言うか……」


 続いた注意事項に、ガーティが控えめながら納得している。他、皆が頷く気配がする。


(次に会った時は覚えていろ…)


 スウェンの兄・レガニスに対して、藤和の内心で呪詛が渦巻くが、今はしまっておく。あくまで、今は。


「姉貴も、結構面白い上に楽しい人だから、と。中将とのことでからかうと可愛い、とも言っていたな」


「……可愛い?」


 こちらもリハビリが終わったばかりのメルディスが言えば、微妙な間をあけて、ゲイルが怪訝そうに繰り返す。


(どうしばくか…)


 可愛いと思われたいわけではないが、女としてそこで首を傾げられるのは少しばかり傷つく。


「ゲイル、中尉は美人よ?中身は男前だけど」


「そうだよ。かなり男前だけど綺麗だよ?五年前だって、二人は知らないだろうけどすごくかっこよかったんだから」


「はいはい。あんたが軍に入ろうと思ったきっかけでしょ?何度も聞いたわよ」


「耳にたこができるくらいな。言っておくが、美人じゃないとは言ってないぞ?可愛いって言うより、かっこいいの方が的確だと思っただけだ」


 アリサ達幼馴染三人の会話はテンポが良い。聞いていて飽きないが、話題が自分かと思うと藤和は複雑な心境になる。ゲイルの言葉に皆が納得しているのも、どう反応したらいいのか困る。


「でもさ……」


 ふいに、スウェンが言いづらそうに声をひそめた。それすら、藤和の耳は拾っているが。


「中尉って、見た目が幼いから、中将と並ぶと中将がロリコンみたいだよね…」


「あ~…………確かに。十歳差だっけ?確実にそれ以上あるように見えるよな。いや、十歳ってだけでもかなり離れてるけど……」


「まぁな……外見や実年齢よりかなり大人な人だが…」


「はたから見ると犯罪だな」


「ルイン、理解はできるけど言葉を……」


「下手すると、中尉って十二位に見えるよな」


「小さいからな。確か、俺の腹ぐらいまでしかなかったはずだし…」


「小さくても、あれだけ強いのよね」


「重装騎兵も一撃でふっ飛ばしてたし。能力じゃなくて蹴りよ?すごかったんだから」


「へぇ……。でも、どうしてあんなに強いんだ?筋肉がすごいってわけでもなさそうだが…」


「あ、あの、皆?結局、誰も否定しないような……。確かにその通りだけど…」


 全員の会話を聞いて、藤和はふっと口元だけで笑う。

 苦笑でも微笑みでもない。

 たまたま、遅番で出勤してきた男性が通りかかり、それを見てしまう。瞬間、真っ青になって早足、どころか全速力に等しい速さで歩き去っていった。


 ドカッ!!


 感情のままに、扉を蹴りあける。

 突然開いた扉を振り返ったアリサ達は、うつむいて表情の見えない藤和を見て、固まる。

 空気が冷たくとがっていることを察知し、無意識に体が逃げを打とうとする。が、行動することは出来ず、呼吸さえも止まったかのような錯覚を得る。


 ゆっくりと顔を上げた藤和は、にっこりと鮮やかな笑みを浮かべている。その額には青筋が浮き、冷気のような空気は見えない刃のように痛い。


(一呼吸でもしようものなら、切り刻まれる……っ!!)


 全員の心が一つになった瞬間だった。

 根拠はないが、命の危機を感じるほどにプレッシャーが半端じゃなかった。


「色々と言ってくれたな…?」


 ひっ、とひきつったような音が誰からか漏れた。


「全員、表に出ろ。上官に対する数々の無礼な発言、後悔させてやろう」


 血の気が引く音が幾重にも聞こえた気がしたが、藤和はそれら全てを黙殺した。


「この、バカどもが―――――――――――――――ッ!!」


 怒号に重なり、ガラスと木材がはぜる音の一拍後、複数の悲鳴が響いた。

 それらは建物全域に響き渡るほどだったが、怒号と力の種類から誰が怒っているのか察した人々は、平然と仕事を続けた。

 彼らにとっては日常的なことだった。ただ、破壊されたのが最上階ではなく一階だっただけで。

 最上階、書類処理をしていたシルファは、シンシアの呆れたような視線を受けながら、笑いをこらえていた。




 青空の下、十一人の男女が、小柄な藤和に叩きのめされて地を這うのは、この二十分後のことだった。




 そこにあるのは、気にかける必要がないほど、いつも通りの日常……。






色々とすっ飛ばした感はありますが、これで終わりです。

読んでくださって、ありがとうございました。

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