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名無しの騎士  作者:
13/14


 実戦演習の終了から四日後。

 重傷者を無理に動かすことが出来ず、しばらくはウェノスで治療に専念する必要があった。

 誰もが寝静まった夜に、ウェノスの隔壁を飛び越えて藤和は一人で未踏地域に来ていた。

 黙々と歩いていた足が、ふいに止まる。


 なぎ倒された木々と段差のできた氷が覆う地面。

 四人の犠牲者を出した戦闘を行った場所。


「シルファに、また呆れられそうだな…」


 苦笑をこぼし、小さな花束を置く。

 他に、霜が張り付いて凍ってしまった花束が三つある。


「悪いな、守ってやれなくて…」


 四つの花束。

 犠牲になった四人へ贈る、葬送のための花だった。

 四人の遺体は、ウェノスにある遺体安置所で柩に納められて眠っている。

 任務の後、藤和はドレイクを呼んで遺体を運搬してもらった。その時、街の男性が数人手伝ってくれたが、遺体の状態を見て吐きそうになっていたのを、藤和は気付いていた。

 セリノスの遺体は頭部が潰れていた。慣れていなければ、気分が悪くなって当然だろう。実際、生き残ったアリサ達はいまだに顔色が悪い。

 こればかりは慣れるしかないので、藤和はあえて放置していた。


「嫌な予感が当たった、な……」


 言いながらも、どこか違和感を覚える。


(本当に、こいつらの死のことか?何か、違うような…)


「ずいぶん、情が深い人間じゃな。我が知っているのとは雲泥の差じゃ」


 耳に直接吹きこまれるように間近で聞こえた声に、藤和は臨戦状態で振り返り距離をとる。

 だが、目の前に立つ存在が信じられず、瞳を見開いて固まった。


 一見、少年にしか見えない姿をしていた。十をいくつか過ぎたあたりぐらい。

 だが、人間ではない。

 よっぽど鈍くない限り、どんな人間でもそう直感しただろう。


 その空気が、表情が、そして、髪や瞳に宿す鮮やかなその色が異様だったのだ。


 どこまでも、深い蒼だった。

 髪は月光を浴びて硬質に輝く蒼。

 瞳は黒にも見えそうなほど深い深い蒼。その瞳孔は縦に裂け、光を内包する金色。


 獣のような瞳孔を持ちながら、姿形は全くの人間。

 古代のような衣服すらも鮮やかな蒼に染められている。


 藤和は、自分でも知らないうちに息をつめ、自然な呼吸ができなくなっていた。

 早鐘を打つ心臓と浅く速くなる呼吸に、少年が危険な存在だと理解する。だが、逃げられない。逃げようと動いた瞬間に、すべてが終わるような気がした。

 ふいに、少年の口元が笑みを作る。だが、単純な笑顔ではなく、獲物を見つけた捕食者のような獰猛さがそこにはあった。


「その服、軍人じゃな?小娘」


 問いに、ぎこちなく頷いた。


「そうか、ぬしのような小娘でさえ、必要とするほどこの世は荒れておるか」


 憂いているような言葉だが、笑みは変わらない。特に気にしていないのだと即座に理解する。


「天啓持ちじゃな、小娘。あの小僧と同じか」


 どこか感心したような言葉に、疑問が浮かぶ。

 理解できない言葉があったが、少年への恐怖ゆえにそれを問えなかった。

 わずかに藤和より背が高い少年は、藤和の顎をつかんで自分に引き寄せる。変わらない獰猛な笑みのまま、藤和の瞳を探るように見つめた。


「天啓、と聞いて不思議そうじゃな、小娘。己の力のことであろうに、分からぬのか」


 疑問と戸惑いを見透かしたような言葉に、藤和の背筋が震える。


「……知らぬは仕方あるまい。人は愚かなものじゃ。子の時分は愛らしい存在じゃが、長じれば不快でしかないの」


 楽しそうな光が瞳の奥で煌く。

 鋭さを増した瞳に、息もおぼつかない喉と動かない足が震える。何とか動かせる視線をわずかに下げて、藤和は自分の顎をつかむ手首に、鉄鋼細工の腕輪を見つける。

 形はいびつながら、文字が透かし彫りにして刻まれているだけの珍しくもないものだ。留め具に水晶が使われているぐらいで、つくりは粗末だ。


 プロの細工師に見せれば、完全な駄作と評価されるだろうそれに、藤和は見覚えがあった。数日前に、同じ物を見た。

 思い出した記憶をたどり、聞いた話の中の少年と目の前の少年が一致する。

 震える唇を開き、懸命に押し出した声はかすれていた。


「その、腕輪、貴方は……」


 問いになってはいない、ただの単語の羅列。途切れた声に、瞳孔がわずかに膨らみ、瞳の鋭さが少しだけ和らぐ。


「我は、あおい。本来の名ではないが、気に入っておる。ぬしらの感覚ではるかな昔、我の感覚で瞬きの間、人の子が我に与えてくれた名じゃ」


 嬉しそうに、楽しそうに、わずかに声が弾んでいる。

 口元の笑みだけは相変わらずに獰猛だが。


「ウェノスを、護る、龍神……」


「それは人が勝手に言い始めたことじゃ。我は我に名を与えた人の子の願いを聞き入れたにすぎん」


「ね、がい…」


「対価と引き換えに、この地の平穏と安寧という願いをかなえただけじゃ」


 かつての記憶を思い出しているのか、声には優しさが宿る。


「で、小娘、これがなんじゃ?」


 問いかけには、先程の優しさはない。険しさだけがある。


「その腕輪を、同じ物をしている人を、知っています。幼い頃に作ったそれを、祭壇に供えた、と…」


「ほぅ…。お前とそれはどういう関係だ?」


「元、同僚です。多くのことを、教えていただき、ました」


 ふいに、のしかかるようだった圧迫が緩んだ。顎から手が離れ、呼吸がしやすくなる。

 膝から崩れそうになるのを、藤和は必死にこらえる。


「あの小僧の……」


 疑問の一つが解消した。小僧とは、ドレイクのことだったようだ。

 『龍』である蒼にして見れば、人間はみな小僧と小娘だろう。


「なら、仕方あるまい。今回は見逃してやろう」


「……は?」


 一人で頷いて納得している蒼に、無意識に胡乱な声が出て、藤和はあわてて口をふさぐ。


「我に名を与えたのはあの小僧の祖先じゃ。あの血族は、我を恐れぬ者が時に現れる。腕輪これの時も、目が合っても逃げも震えもせずにいた。ただ、あの血族を気に入っているのじゃ。それの同朋であったのなら、見逃してやらねばなるまい」


 困惑気な藤和に向けて、八重歯をむき出しに獰猛な笑みを深める。


「そろそろ飯の時間じゃと思っておったが、やかましい音が響きおったからな。少々、痛めつけてやろうと思っておった」


 市長からの忠告が現実となりそうな事態に、今まで遭遇したことのない危険に藤和は蒼白になる。

 だが、蒼の発言を思い出して、混乱する。


「みの、がす…?」


「あの小僧の、元とは言え同胞を食うわけにいかぬ。仕方ない。……なんじゃ、見逃されたくないのか」


「いいえっ!」


 思わず叫ぶように返せば、キョトンとした後、蒼は大笑した。


「随分と素直じゃな。小娘、名は」


「……藤和」


「フジカ、か。懐かしき花の名じゃ。風に揺れるさまを見たのは、もう千数百年の彼方じゃな」


 藤は、今では絶滅した樹花だ。千数百年のはるかな昔、咲いていたであろうその花の姿を思い出すように、蒼は瞳を細める。


「懐かしき名と気に入りの血族に免じて見逃してやろう。二度はないと思うが良い」


 一方的に言い放ち、蒼はさっさと背を向ける。

 藤和は思わず一歩を出して、口を開く。だが、声が発せられることはなく、蒼の姿は闇夜に消えて行った。

 何を言おうとしたのか分からなかった。だが、留めようとする意思があった。なぜかは分からない。


 藤和は、崩れるようにその場に座り込む。

 どうしようもなく震えて、止まらなかった。

 うつむいた顔を片手で覆い、自嘲の笑みが浮かぶ。

 強くなったつもりだった。だが、絶対的な恐怖を与える存在を前に、所詮はつもりでしかないことを思い知らされた。

 何もできず、震え、声がかすれていた自分を、藤和は嘲笑う。




 月の光の中、藤和はしばらくその場にうずくまっていた……。




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