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名無しの騎士  作者: 旭
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12/14

九

 苦戦へと切り替わり、アリサは自分のマガジンを確認する。


(あと二つ…!)


 マガジンがなくなれば、能力戦になる。

 初めての能力戦。そのうえ、藤和と分断されている。

 不安と焦りが湧きあがり、募っていく。


 後方、何かが倒れる音がしたが、アリサには確かめている余裕はない。

 白狒々とは違う血のにおいに、仲間が死んだのかと思いながらも気にしている場合ではない。

 死んだら元も子もない、と言われたことを思い出す。つまりは、生き残れ、と。

 それを強く言い聞かせて、アリサは視界の端に友人をとらえる。


 フィニアが最後のマガジンをセットしてトリガーを引く。援護するようにゲイルが長銃を構える。

 友人達の無事を確認して、アリサの銃弾が白狒々の眉間を貫いた。新しいマガジンをセットしようとした時、離れた所から鈍く短い悲鳴が上がった。

 反射的に視線を向けた先、左わき腹が大きくえぐられ、左腕のない誰かが倒れている。

 体毛を赤く染めた白狒々が、腕らしきものをかみ砕いている。


「ジノスッ!」


 メルディスの悲痛な声が響く。錬鋼玉で加工された分厚い手甲をはめた拳が、白狒々の顔面を殴りつぶした。

 だが、ジノスがやられたことによる動揺で、メルディスは隙だらけだ。

 軍属なら誰もが持っている個人認証タグを手に取った時、背後に回った白狒々の爪が迫る。とっさに裏拳を叩きつけるが、爪が右肩の肉を抉る。骨に達しそうな深い傷から、大量の血が噴き出す。

 裏拳を受けて白狒々は鼻を砕かれて、距離をとる。

 ジノスの認証タグを引きちぎり、握りこむ。

 遺体が正常な形を保ったまま家族の下に返る事は少ないため、タグは遺体代りとして扱われる。

 パートナーならば当然の行動に、一人、舌打ちを洩らす。


「馬鹿が。そいつがマヌケなんだろうが」


 青ざめているガーティを無視して、ドレイクは雄たけびのような声をあげて敵を砕く。

 怯えているようなガーティを疎んじて、ドレイクは一人で攻撃に向かう。慌ててガーティが能力を発動する。

 前方のみを意識するドレイクの左右と上に、淡く光る半透明の壁が出現する。


 接近戦能力と防御能力の組み合わせは、非常に有用だ。だが、そこに信頼関係がなければ最も危険だ。

 しかも、防御能力は非常にまれで、その強度は能力者の精神が大きくかかわる。ドレイクに常に怯えたようなガーティでは、集中攻撃を受ければひとたまりもない。

 ドレイクはひたすら攻撃を続ける。


「フォーゲルッ!」


 ノエルの悲痛な叫びがあがり、くぐもった低い声が唸るように響いた。

 迫っていた白狒々をパートナーとともに対処していたノエルのマガジンが尽きた。その隙をつかれたノエルを、フォーゲルがその長身でかばい、白狒々の爪を受け止めている。


 肉を裂き、骨を割り、血しぶきが飛ぶ音がいっしょくたに響く。

 背骨ごと脇腹を抉られたフォーゲルの血が、ノエルの顔に降りかかった。思わず呆然として固まってしまうノエルに、襲いかかろうとした白狒々の眉間に、刃が生えた。

 ぎこちない動きで振り返った先に、炎を維持するソレイに襲いかかろうとしていた白狒々を斬り伏せた藤和がいた。

 ノエルの隣まで来て、フォーゲルを見下ろして、その瞳を閉ざしてやる。


「中尉…」


「照明意地に回れ。光量が少ない」


「あっ……」


 命令に、鈍い反応しか返せないノエルの横面を、藤和は張り飛ばした。


「こんな時に呆けるな。パートナーの死は辛いだろうが、その思いに囚われて、生きている者を危険にさらすな。成すべきことを成してから泣け」


 突き放すような冷たい言葉をかけて、駆けだす。

 返答も反応も求めなかった。その時間が惜しい。

 弾を撃ちつくしたフィニアとゲイルが、能力戦に入っている。唯一、アリサだけは弾切れに至っていないが、それも時間の問題だ。


「肩、借りるぞ」


 淡々とした声は、ゲイルの斜め上から響いた。

 疑問を声に出すより早く、ゲイルの右肩に重みがきた。崩れそうになるほどではないが、ぐらつくのをこらえ、右に視線を向ければブーツに包まれた小さな足が見えた。


「は?」


 ようやく出た声はまぬけそのもの。

 足だとは理解できても、誰のものか分からなかった。

 逡巡している間に、足が飛んだ。

 白い群れに激突するような落下は、想像以上の威力を持って地面の氷を砕いた。落下速度と重力によって乗算された破壊力が砕いた氷が、煙幕のように藤和の姿を隠す。

 煙幕が晴れた後、十数の白狒々が切り刻まれて倒れていた。

 漆黒の血だまりが、ゆっくりと広がっている。


 風を切るようにふるわれた刀から、血が飛ぶ。

 誰もが沈黙し、動きを止めた。白狒々も、同胞を斬り捨てた藤和に警戒し、様子をうかがっている。

 藤和の背を見て、アリサ達は固まった。

 戦闘開始時、藤和が見せた力に驚かされたが、それがほんの一部でしかないことを思い知らされた。


「ぁっ……」


 喘ぐような声が、誰かの口から洩れた。

 藤和の全身は、その黒髪もあいまって黒一色に染まって見えた。


「三人…」


 落ちた声に力はない。だが、凄まじい怒りが感じられた。


「三人、犠牲になった。私の判断ミスだ。過ぎたことはどうしようもないが、悔いが残る」


 己を責める言葉に、浮かぶのは絶命した三人。


「だが、感傷に浸っている場合じゃない。これらを叩き潰さねば、私達とて危うい」


 声に、自然とアリサ達の背筋が伸びた。瞬間、炎の数が倍となって光量が増した。だが、それだけで炎は止まらない。

 炎が壁のように周囲を覆い、白狒々の退路を断つ。どんな獣でも火を恐れる。炎の壁から白狒々が距離をとり、樹氷や地面が解けて行く。

 足場が濡れるが、水を操る藤和にとっては好都合だ。

 藤和は口元を笑みの形に歪め、刀を鞘に納める。

 鍔《つば》鳴りの音とともに、螺旋を描く水柱が白狒々三体を貫いた。


「敗北は許さん。必ず生き残れ」


 短い言葉は、命令の形を持った願いのように聞こえた。

 そこにふくまれた思いを感じたのか、アリサ達は三度深呼吸を繰り返し、集中を高める。

 藤和が一歩、前に進めば呼応するように水が立ち上り、氷が浮き上がり、その形を不確かなまま白狒々に狙いを定めて静止する。


「手加減、する必要がないというのはいいな」


 冷ややかな声とともに、氷が超高速で宙を奔った。

 小柄な藤和は、刀を納めて肉弾戦を行うことは少ない。だが、他よりも圧倒的に毒に対する耐性が強い藤和は、肉弾戦を苦とはしない。

 最も多くの群れへと向かった藤和を見て、アリサ達は方向転換する。

 他の援護へまわろうとした時、甲高い悲鳴が響く。


「アアァ―――――ッ!」


 声は女の物で、誰か、など考える必要はなかった。

 積極的に前線にいる女は、アリサ達を除けばガーティだけだ。


「ガーティ?!」


 視線の先、顔の半分を赤く染めたガーディが尻もちをついている。

 攻撃されたことによって集中が弱まり、強度を失った壁の破片、白と赤の色が見える。

 中空に消えて行く淡く光る壁の破片の向こう、白狒々に首を噛まれたドレイクが抵抗している。


「ガッ、グッ…」


 ゴボリ、と何か塊を吐き出す音がくぐもる声に重なる。

 邪魔なガーティを攻撃し、壁の強度が緩んだ瞬間に突破したのだ。

 ドレイクの拳が白狒々の方にめり込んでいる。だが、力は骨まで届いていないようだ。

 爪が腹を貫き、首を噛んだ口に力が加わり、鈍い音を立てて骨が折れる。

 繊維質が断裂する音がして、ドレイクの腕が数度痙攣してだらりと下がる。完全に力が抜けて、絶命したのを示していた。


 餌を確保するためか、ドレイクの体を引きずって行く。ガーティへと白狒々が迫るが、動けない。

 左の顔を染める血をぬぐうことも出来ず、ガーティはただ震える。その前に、アリサが滑り込む。

 残り三発の弾丸を全て白狒々に打ち込み、倒れたのを確認してからマガジンを変えつつガーティを振り返る。


「大丈夫?ガーティ」


「…どうしよう、どうしよう…。ドレイク様、守れなかった…。だ、旦那様に、叱られる…」


 アリサの声に答えず、繰り返される呟きを理解できなかった。だが、それは今、考えるべきことではないことは理解できた。


「黙って!」


 ドレイクの死体を見ながらつぶやくガーティの胸倉をつかみ、無理やり立たせて怒鳴りつける。

 アリサの怒声に、フィニアとゲイルは驚く。温厚なアリサが怒りをあらわにすることは少ない。だからこそ、ガーティを正気に戻す。


「パートナーの死を悼むのは後にして。皆が闘っているの。ガーティを泣かせてあげる余裕はないの」


 早口でまくしたてる言葉は、くしくも藤和がノエルに言った言葉に似ていた。


「守れなかったことで責められるのが怖いなら、どうしてここに来たの。ここは誰がいつ死んでもおかしくないの。それが戦いなの。それが分からないわけじゃないでしょ。ドレイクだって分かっていたはずよ。嫌なら、来なければよかったじゃない。こんな時に、泣き言なんて言わないで」


 激情に任せてはいない冷静な言葉に、ガーティはようやく現実を見た。

 は、あ、と言葉にならない力の抜けた声を発した。アリサの手に触れて、ガーティの右目に力が宿る。周囲、迫る白狒々から仲間を守るように、光壁を作り出す。

 正気に返ったガーティを離し、最後のマガジンをセットし、トリガーを引き絞る。

 十五発の弾丸は五体の白狒々の頭部や胸部を貫通し、倒す。

 銃をホルダーに戻して距離をとり、能力を発動する。


 アリサを中心に風が吹き始める。

 フィニアのこめかみで生じた、爆ぜる音とともに白い雷が肥大化していく。

 ゲイルの髪や衣服を、不規則な風が揺らす。

 三人の能力がらせんを描き、一体の白狒々の胴体に人の頭ほどの穴を穿つ。


 残り、五体。


 十数人の能力が乱発され、白狒々も必死になっている。まだ未熟な制御が、周囲の木々をなぎ倒し、氷を砕く。

 それらを藤和は冷静に観察する。

 冷気のためかすでに出血が止まっているのを見る。すでに絶命した四人が流した血の量はおびただしい。


 迫る白狒々をガーティの光壁が押し返す。そこへ風と雷が叩き込まれ、一体が倒れる。槍と化した水流が、三叉の形状で一体を貫き、炎の壁が徐々に範囲を狭める。

 一体が藤和に迫る。アリサもガーティも気付くのが遅れた。

 藤和は視線を向けもせず、微動だにしない。アリサが口を開いた瞬間、さざ波のような涼やかな音が響いた。


 直後、三体の白狒々が血しぶきをあげて倒れた。何が起こったのか、誰も理解できなかった。

 水が動いだ様子も、刀を抜いた様子もなかったのに、白狒々は切り裂かれたような傷を受けて倒れた。


 静寂が、空間を支配する。


 頬についた黒い血を無造作にぬぐい、息をつく。


「…実戦演習、参加者十五名。死者四名、生存者十一名。半数以上が生き残ったのは僥倖か…。まずはこの成果を喜ぼう。そして……」


 もはや戻らない者を振り返り、痛ましげに瞑目する。


「戦いに怯まなかった勇気ある者に、敬意を示そう」


 厳かに、慈しみの宿った声が、冥福を祈るように言葉を紡ぐ。

 ゆっくりと消えて行く炎とともに、視界が暗闇に戻る。

 返り血と自身の色で全身を黒く染める藤和は、暗闇に溶け込むように佇んでいた。



 痛みをこらえるように、瞳を伏せたまましばらく微動だにしなかった。





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