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名無しの騎士  作者:
11/14

 待機を命じられたアリサ達は、緊張に強張りながら周囲を警戒していた。

 時に装備類の点検をしながら、その視線が泳ぐ。


 基本、能力者が装備するのは銃器類に偏る。重装機動部は近接武器が中心だが。

 藤和のように近接武器を扱う者もいるが、その場合、能力以外に毒への耐性強度が一般的な軍人を大幅に上回っていることが前提となっている。

 毒獣は、血液が毒そのもので、上位になればなるほど猛毒になる。その血に触れてもその影響を受けないでいられる強度を認められない限り、近接武器の所有は認められない。


 アリサは、自分の左右の腰に付けたホルダーに触れる。

 左には、女性でも扱いやすい小型銃。軍で採用されている物では、最高で装填そうてん弾数は八発。だが、アリサの銃の大きさは小型に属しているが、弾切れの際には打撃武器としても使用できそうなほど、装填部分と銃身は分厚い。小型、と言える範囲ぎりぎりまで設計され、特注されている。

 右には、予備のマガジンとナイフ。


 初戦であるため、藤和の監督と指示を受けて用意した装備内容だが、アリサ達新人はどうも不安でならない。


「アリサ、マガジンいくつ持ってきた?」


「五つ、多いのか少ないのか分からないけど…」


「アリサは十五連式だもん。それぐらいでいいだろうけど……」


「こいつ、予備に六つだと。死にたいのか?」


「う、うるさいなっ」


 フィニアとゲイルに苦笑しつつ、アリサは軽く周囲を見渡す。

 異変はないように見える。


「フィニアは十連式でしょ?大丈夫じゃない?」


「群れがきたら終わりだろ。中尉も、単体か群かはっきりいってないし」


 ゲイルの指摘に、アリサとフィニアは考え込む。数秒後、音を上げたのはフィニアだ。


「分からないものをいくら考えたって無駄だわ」


 半ば投げやりなフィニアに眉を寄せるが、アリサもそれには同意だった。

 これから経験を積んでいく自分が、推測するための経験も知識もないのに考えても意味はない。どっちにしろ分からないんだから。


 異変はなく、皆の気が緩み始めて緊張が解けかけた瞬間。



「――――――――――――――…ッッ!」



 恐怖にひきつれた悲鳴が、全員の鼓膜を貫いた。


 探索者が別ルートから入った、と思っても、上官の指示によって待機している身では、自己判断で動くことは躊躇われた。

 だが、この任務は実戦演習ではあるが、その内容は探索者の被害を食い止めることだ。


 先に動いたのはアリサ達、同郷の三人だった。わずかに遅れて、皆が走る。

 未熟ながらに存在する責任感が彼らを突き動かした。


 足場の悪い中、速度を上げられずにいら立ちながらも、声がした方角へと疾走する。

 走った先、開けた場所で見た光景に、全員が硬直した。


 風景に溶け込む白い体毛。蒼黒い顔の出っ張った鼻と口。猫背のように丸まった背。長い腕は丸太のように太く、手指の先には長く鋭いかぎづめ。足指にも鋭いかぎづめ。黒の中に浮かぶ白い眼。唾液の滴る長い牙。


 狒狒という動物によく似ている。二メートルを超す巨体の毒獣は、数十の群れでそこにいた。

 獲物の到来を待ち構えていた毒獣の最前、巨体からは考えられないほどの速さでアリサに迫り、かぎづめを振りかざす。

 状況の理解が追い付かず、呆然としているアリサの反応は鈍い。慌てて手を腰にやった時には、鋭いかぎづめが眼前に迫っていた。


 死を覚悟した瞬間。


 尾を引く黒の残影と群青の風が、毒獣の動きを止めていた。



※※※



 耳に響いた悲鳴に眉を寄せた藤和は、待機を命じたアリサ達の気配が動くのを察知する。

 思わず舌打ちをした。

 命令違反をしてまで動いた理由は考えるまでもない。被害者を出さないために与えられた討伐任務なのだから、悲鳴を聞いて動くのは当然だ。

 その悲鳴が本物であるなら。


 一歩目から、藤和は全力で疾走を開始した。アリサ達にとって足場は悪いが、藤和にとっては地面と何ら大差ない。速さなら、藤和の方が圧倒的に早いが、純粋な距離の問題でアリサ達の方が早く毒獣と会うことになる。

 藤和の耳には、悲鳴は毒獣のものにしか聞こえなかった。


(命令がなくては何もできない者は邪魔だ。臨機応変に行動できるなら良い。だが……)


 嫌な予感が現実に迫っているような感覚に、眉を吊り上げて吐き捨てた。


「…真か偽か、見極められるようになってから動け!」


 人に近い大きさと構造をしている毒獣なら、聞き間違えることもあるかもしれない。だが、完全に獣であるなら、聞き分けることは可能だ。経験を積んだ軍人なら、の話だが。


(探索に出るべきではなかったっ。……私が離れたのを見計らったのか…?)


 誘き寄せようとするなら、集団の戦力や指揮官の判別はできるだろう。


(長年の単独任務の弊害か…っ)


 未熟な新人を探索に出すのは不安だった。だから、自ら探索に出た。

 何かを感じればすぐに戻って藤和の指示を仰ぐように命じて、新人に探索を経験させるべきだった。

 一人で全てをやって来た藤和は、自分が動くことが当たり前だった。だから、藤和は失敗した。


 指揮官は全体の指示を行う者で、後方に部下をおいて一人前線に出ることはしない。


 今さらな事実に思いいたって、思いつく限りの言葉で自分を罵る。

 視界が開けた先、アリサに迫る毒獣に目を見開いた藤和は、残り数十メートルを飛び越えるつもりで、強く踏み込んだ。

 足元の氷に数メートルの範囲でひびが入る。その時には、藤和の姿はアリサの前にあった。


 抜かれた二振りの刀が毒獣の両腕を抑えている。


「…白い巨大な毒獣、『白狒々《ヴァイス・パヴィア》』か」


 自身への怒りを抑えているからか、唸るような低い声がこぼれる。

 一呼吸とともに、両腕を引く。

 残像を引く速さで、両腕が本来の位置に下げられる。

 同時、白狒々が絶叫して数歩下がった。その両腕は、半ばから両断されている。

 わずかな間をおいて、両断された腕が地面に叩きつけられた。その傷口からは、黒い血があふれている。


「第一級毒獣、『白狒々』。毒性は極めて高い。一滴でも血を浴びれば、腕一本ぐらい数秒で腐り落ちる。防毒の手甲をはめろ。武器を展開、集中を忘れるな。気を抜けば死ぬぞ」


 淡々と響く声が、命令無視を咎めるように聞こえた。

 自身の背後で怯えたように震えるのが分かったが、藤和にフォローしている余裕はない。


 刀を一振りして血を払い落すと、アリサ達は音を立ててつばを飲み込み武器のセイフティを外す。

 武器を構えて戦闘態勢に入るのを耳で確認して、唸り声を上げる白狒々を睥睨する。


 余談だが、毒獣の血は、毒性が高いほど黒く、低いほど白くなる。


「ソレイ、ノエル。周囲を照らせ」


 名指しされた二人は、わずかに遅れて能力を発動する。

 運の悪いことに、今夜は新月。だから、二人は広い範囲を照らしだすために大量の火を作り出す。

 拳大の火の玉は、藤和の頭の高さで浮かび上がっている。その数は無数。周囲を真昼のように照らしだしている。


「二人は下がって援護、他の者は各々の武器と能力を計算して戦闘。計算できんとか言ったら、あれらの前に蹴りだすぞ」


 指示に無言の頷き。その動きを気配で察して、一度の深呼吸。

 自身への怒りを鎮め、刀を構えないまま立っている藤和に、白狒々が警戒しながらも一歩を踏み出し、跳んだ。


「いちいち命令しない。自分の判断で動け。危険を感じたら距離を取って機をうかがえ。死んだら元も子もないからな」


 早口に言い放ち、返事は待たない。

 自分から群れに激突するように、藤和も跳んだ。

 数人が無意識に藤和の姿を追うが、突進してくる敵に気付いて武器を構える。

 十数の銃声が一斉に響いた。


 上空、大口を開いて巨大な牙をむく白狒々の足を、藤和は真下から右の刀で斬り裂く。

 絶叫する白狒々の体を足場にして、右の刀はそのまま頭まで到達する。

 大量の血しぶきをあげて落下する巨体を蹴り、旋回するように体を回す。振り回された刃が、嵐となって八体の白狒々が切り刻まれた。

 断末魔の耳障りな叫びが鼓膜に響くが、藤和の表情に揺らぎはない。


 地上、頭上から降り注ぐ毒の雨にギョッとしつつ、ソレイとノエルが照明の火をいくつか利用して蒸発させる。

 全員が構える武器は銃器だが、やはりその形状や性能は様々だ。

 唐突に、銃声が減った。

 アリサの持つ十五連式の銃だけが、わずかな間、銃声を響かせる。

 弾切れした者がマガジンを装填し終えるのと、アリサの銃声がやむのはほぼ同時。

 指の動きだけで空になったマガジンを落とし、右手で引き抜いた予備をセットする。

 この間、わずか三秒。

 再開された銃撃を背後に、藤和は少し離れた位置に着地する。


 眼前に迫る二体の白狒々を、左右の刀で真っ二つにし、背後に迫っていた白狒々の眉間を貫く。遅れてきた一体の両目を切り裂くように頭部を真っ二つに切り裂く。

 大量に吹きだす血が肩や頬にかかるが、気にしない。

 手近にいる白狒々を一掃し、アリサ達の方を見て思わず感嘆する。


「ほぅ……」


 新人とは思えない動きで善戦している。

 弾幕の火花とともに、白狒々を確実に倒していた。

 だが、白狒々の倒れている数と立っている数が合わない。最初、五十ほどいたはず。そのうち、およそ十を藤和一人で倒している。立っている数は二十と少し。倒れている数は十ほど。

 五体前後ほど、数が合わない。

 眉を寄せた藤和は、はっとして声を飛ばした。


「ルドー、セリノス!後ろだ!」


 銃声をかき消す大音声に、ライフルを構えていた二人が背後を振り返る。

 眼前に迫る五体の白狒々に、慌てて銃口を向ける。だが、至近距離での銃撃にライフルは不向きだ。

 トリガーを引こうとした瞬間、セリノスの頭部が消えた。


 グシャッ、とトマトが潰れたような軽い音がする。


 頭部を失った体が倒れる。一体がかみついて引きずって行く。

 その光景にこみ上げる吐き気をこらえ、ルドーはほぼ無意識に半身を引いた。頭があった場所を爪が通り過ぎ、がむしゃらにトリガーを引く。

 銃弾は致命傷を与えられず、同時に肩に激痛を感じた。避けた爪が肩をかすって肉を抉り、その勢いで姿勢を崩して後方に倒れこむ。

 照明を維持する二人の方へ。


 意識を飛ばしたルドーに駆け寄ったノエルは、顔をあげて銃を抜いた。

 とたん、照明として浮いている炎の半分が小さくしぼむ。

 眼前に迫る敵に対してトリガーを引きながら、能力を維持し続けるのは新人では難しい。

 ソレイに照明の維持をゆだね、ノエルは続けてトリガーを引く。


 照明が半分になり、一気に暗くなったように感じる。

 その中で、ノエルの弾が眉間に命中し、巨体が後ろへと傾ぐ。

 一瞬、安堵が浮かぶが、まだ四体いる。


「まだ増える!」


 藤和の声。それをノエルが理解した瞬間、藤和と彼らを分断するように、五十を超える白狒々が現れた。

 動物は群れで狩りをする。白狒々も例外ではなく、本来は百に近い大軍で狩りをしていたのだ。

 半数は、待機状態にあったのだろう。



 善戦が、苦戦に変わるのは早かった。

 予備のマガジンが尽きる者が出始めた。能力を発動するために集中をはじめ、接近戦向きの能力者はサバイバルナイフを手に意を決して前に出る。


 五十を超える敵の壁を見て、藤和の瞳がきらりと煌いた。不穏な、素人が見たならば青ざめて震えるであろう光をたたえ、口元を引き結ぶ。

 明確な殺意を浮かべ、瞬間的に眼前の五体をまとめて斬り伏せる。


 未だ、力をすべて出し切ったわけではない。


 突進してくる巨体は左右や上空に分かれ、藤和に襲いかかる。

 

(目撃証言は最大で五体。まさか、その二十倍とは……)


 腰を沈め、左右の刀の切っ先が地面に触れる。

 カシン、と金属がこすれるような音がする。左右から迫るかぎづめに頓着せず、右足を軸にして一回転。同時に、地面に触れていた切っ先が氷を砕き、破片が宙に散る。

 瞬間、氷の破片が銀線を描いて宙を奔った。


 手近にいる白狒々を切り裂き、氷の破片が上空の白狒々に突き刺さる。一つ一つは小さくとも、数十数百が突き刺されば、致命傷に至る。

 距離をとることなく、自ら至近に迫る。その時、踏み込んだ足元から氷が水へと変化する。

 藤和の足元だけ水たまりに変わり、その規模が一瞬で広がる。白狒々の足元が全て水たまりに変化し、幾本もの水柱が白狒々を貫く。藤和の背後を覆うように伸びあがった水が、上空や遠距離の白狒々を薙ぎ払った。


 必然、頭上に黒い血が降り注ぐ。

 軍服を染め、唯一肌が露出している顔、頬を伝う。その肌や肉が焼け腐る様子は一向にない。

 頬の血を手の甲で無造作にぬぐい、怯えたように身を引く白狒々に突っ込んだ。


 藤和の剣技はすべて我流。主要武器として長槍を用いる者はいるが、剣を用いる者はほぼ皆無に等しい。刀となれば、藤和のみだ。だから、藤和は自らの体術に刀を重ねているだけで、明確な技はなく、本人に技と言う認識はない。


 ただ、目の前の敵を打ち倒すためだけに、自分の力をふるう。

 怯み動けない白狒々を一振りで切りはらい、開かれた視界の先に、思わず舌打ちを洩らす。





 一人だった犠牲者が、三人に増えていた。





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