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名無しの騎士  作者:
10/14

 藤和は、未踏地域とウェノスを隔てる門前で、苦い表情を浮かべた。

 市長である老人と市議会の人間が、門を背にして立っている。

 彼らの隣には、申し訳なさそうな表情のドレイクがいる。


「ウェノス市長、私達は国の仕事で来ています。それを妨害されるのなら、公務執行妨害となりますよ」


「…それは、脅しですかな」


「事実を申し上げているだけです。このままでは、私達は仕事ができません。そのことを報告する義務もあります。結果、貴方方が公務執行妨害の罪状により国から出頭命令が出るのは明白です。異論はございますか?」


 反論はなかった。

 藤和の言葉は正当だった。だが、市長達は頑なにどこうとしない。

 藤和の瞳が苛烈な光を宿して細められる。それを見たドレイクは、市長の肩をたたく。


「伯父貴、懸念は分かるがどうしようもねぇ。被害があって討伐願いが出されて、それが受理され、命令が下された。こいつらはそれを遂行するのが義務で責務だ。下手すりゃ、命令違反で首が飛ぶ」


「分かっておる。若者達の命は惜しいが、それと引き換えにウェノスの住人全てが犠牲になるのは当分と言えん」


「何もそうなると決まったわけじゃねぇ。供物を持って行くのは一週間も先だ。まだ眠っていらっしゃる」


「騒動によって起きてしまわれる。その危険性だけは避けねばならん」


 市長はドレイクにとって伯父らしい。

 余談だが、代々市長を務め、神殿の管理と祭祀を行ってきた家柄で、ドレイクは市長の末弟の一人息子だ。


 市長は、軍人が未踏地域で活動することで、『龍』が目覚めてしまうことを危惧している。

 当然と言えば当然だが、藤和達とて引き下がれない。

 実戦演習といえど、立派な仕事だ。終えて帰れば、危険任務遂行の特別手当と臨時賞与が与えられる。


(…あれ?賞与のことって言ったか?)


 わずかの間、いらだちを忘れる。新人達に説明し忘れていたような気がしたが、数秒後、考えることを放棄する。


(生き残った者にしか与えられないんだし、別に良いか…)


 少々無責任な結論に内心で頷いて、思考から現実へと戻れば、まだドレイクと市長の言い合いは続いていた。

 ドレイクは、特殊機動部所属だった頃の経験のため、冷静に諭そうとする。市長は、故郷を思うあまり、だんだんとテンションが上がっているようだ。


「こんな年若い小娘が率いる未熟者共の集まりに何ができる!どうせ返り討ちにあって食われるに決まっておる!ならば、その前に諭して帰してやることの何が悪い!!」


「あのな、伯父貴…」


「黙れ、やかましい」


 若干の焦りをにじませたドレイクの声をさえぎって、氷のような声が周囲を静かにした。

 ドレイクは天を仰いで息をつく。

 市長は驚愕に瞳を丸くする。

 市議会の人間は青ざめて固まる。

 新人達は安全を求めて距離をとる。


「古い因習を守り、先人の教えを真摯に受け止めるのは正しい。だが、それと私への侮辱は全く関係がない。若輩であることは事実としても、年齢を変えることができない以上、それを取り上げるのは無意味だ。……謝罪を求めても?」


「気が動転したようで………無礼な発言、申し訳ない」


 我に返った市長からの謝罪に頷いて、藤和は募っていた苛立ちを瞳に乗せる。


「先に言ったように、私達は国の命令で来ている。それを無視すれば命令違反で投獄は必至。まして、国の命令は王の命令、つまりは勅命だ。勅命違反は例外なく死罪だ」


 反射的に口を開きかけた市長だが、藤和の視線に気おされて押し黙る。


「私達を通すことで被るかもしれない被害が甚大であると考えるのは正しい。市長として危機感を覚えるのは当然だ。だが……」


 一呼吸の間をおいて、藤和の瞳に宿るのはいら立ちではなく、明確な侮蔑と嫌悪になっていた。


「つまりは、自分達以外なら誰が犠牲になっても構わないと言うことか」


 静かすぎる藤和の声だけが浸透し、誰も口を開けなかった。


「情報探索部が集めた情報によれば、死亡者は四(けた)を超えている。生存者はほんの十数名。このままいけば、数年後には万に届くかもしれない。それが理解できないのか?」


 雨続きの中で久々にのぞいた晴れ間で暖かいはずなのに、どこか寒々しさを市長達は感じた。


「ウェノスの住人でないからいいなどというのなら、張り倒すぞ?」


 返る声はない。


「私達の戦闘によって『龍』が目覚める可能性はあるだろう。だが、もしもを気にしてこれから犠牲者を出し続けるわけにはいかない。一つの街をまとめる長なら、それぐらいわかるだろう?」


 ドレイクの口元が苦笑を刻む。

 藤和が怒っているのは、自分の安全より他人の命を優先することが当然という意識を持っているからだ。それは誰もが持つことができるものではないことを、ドレイクは知っている。


「私達の行動が『龍』の逆鱗に触れたなら、私が食われよう。責任はとる。この命に代えて」


 宣言に、誰も何も返せなかった。

 自分達の安全のため、その他大勢の犠牲を考えようとしなかったのは事実だ。

 市長はいっきに十歳くらい老けたように、重く深いため息をついた。


「ドレイク、門を開けよ。ここまで言われては、いたしかたない」


 自分達の弱さと醜さを眼前に突きつけられて、後ろめたさが生まれた。さらに、自らの命をかけて責任を負うと言いきった藤和を見て、それが口先だけと言える確証を持たない。

 決して譲らない藤和の瞳を見て、市長はもう止めることはできないと悟った。ここで止めても、強行突破されかねないとすら思った。

 それが容易になされることを、ドレイクを甥に持つ市長はよく分かっていた。


 覚悟を秘めた伯父の声に、ドレイクは呆れが混じった安堵の息をつく。

 門に右手を当てて、腰を落として左手を構える。腰元まで引いていた拳が、一呼吸の後、ぶれた。

 一瞬後、残影を残して放たれた拳が、鋼鉄の門を木端こっぱに砕いた。


「は…?」


 開けろ、とは違う破壊行動に、誰かの口から間抜けな音がこぼれる。


「実は、壁に溶接された極厚の鉄板なんだよ。だから、壊すしかない。毒獣がなだれ込まないようにするためのちょっとした工夫だ」


 確かに、開閉式にするよりは強度が高いだろう。

 だが、新人達の疑問は門よりもドレイクに向かっている。


「あの人の能力は、身体強化に優れた『土』系統。岩や鉄板を素手で砕き貫くことができる。自分の体を硬化することもできるから、防御にも優れている」


 藤和の説明に、半ば呆然としながら頷く。

 それに苦笑して、市長に頭を下げる。


「数々の無礼な物言い、申し訳ございませんでした」


「いえ、こちらこそ。どうぞ、御無事で」


 諦めと覚悟、そして、真実の心遣いがうかがえる複雑そうな瞳を見上げ、藤和は小さく頷く。





 藤和達が行軍用の荷物を肩にかけてウェノスから出た直後、用意された鋼鉄の板が数十人がかりではめられ、溶接されていく。それを背後に聞きながら、氷の大地へと歩を進める。

 十分も歩けば、視界には完全に白に染まった。吐く息は白く、氷雪地帯用の靴でなければ何度転んでいたか分からない。

 樹氷の森と霜の草原。葉の緑や土の茶色が見あたらない。どこか、現実的ではない風景だ。


「何か、ただ綺麗ですね……」


 頭上を見上げて呟くアリサに、藤和は意地悪げに口元を吊り上げる。


「そこ、動くなよ?」


「はい?」


 アリサの真上に枝を伸ばしている木のそばに歩み寄り、藤和はその太い幹に回し蹴りをたたきこんだ。普通なら、藤和の足が折れる。だが、気が不穏な音を響かせながら揺れて、ぱらぱらと小さな氷の欠片が落ちてくる。

 数秒後、手のひら大の青白い物体が無数に落ちてきた。

 平然と姿勢を戻す藤和によって揺り落とされたそれは、藤和以外の全員の頭上に落ちた。頭や肩などにべっとりと張り付くそれを、意味も分からず硬直していた体を無理に動かして確認すると、アリサ達女性陣が悲鳴を上げた。男性陣も驚愕していたが、すぐそばで上がった超音波のような悲鳴に耳を痛め、叫ぶどころではなかった。

 どちらも、慌てて自分の体に張り付くそれをたたき落とす。白い地面に落とされたそれらはのろのろと蠢いている。一見、ナメクジのように見えるが、大きすぎる。


「あの、中尉、これは……」


 こういったものが苦手なのか、青ざめたノエルが慌てふためく様子を傍観していた藤和に問いかける。


「ユキビル。こういった氷雪地帯に住む。基本的には土の中や木のうろにいたりするが、動物の臭いをかぐと出てくる」


「な、何故…」


「吸血性があるから」


 返答の直後、全員が素晴らしい反射神経と瞬発力を駆使して、数メートル後ずさった。


「戻ってどうする。避けたいなら前に出ろ。第一、森林地帯ならいくらでも出てくる。こんなのでいちいち足止めくらってたら、何もできん」


 最もな発言だが、都市部ではまず遭遇することのない動物に、すぐに慣れることはできない。

 男性陣は大股に超えて、女性陣は隙間を縫って少しずつ進む。


「ああ、後、焼いて非常食にしたりする地域もあるらしいぞ。で、綺麗だけだと思うか?」


「いいえ……」


 表情だけでなく声までひきつったように震えている。


(面白い……)


 都市部でしか生活経験のない者には一般的な反応だが、長年軍にいて辺境に出向くのも珍しくない藤和にとって、非常に新鮮で楽しい反応だった。


「目撃地点まであと数キロはある。疲れたら言え。無理をされて、いざという時動けないと困るからな」


 浮かびそうになる笑みを抑え込んで、青ざめている新人達を見回せば、重々しい頷きが返る。緊張が見て取れる。

 自分の時はどうだったか、と藤和はかつての記憶を掘り起こす。

 特に毒獣に対する気負いも恐怖もなく、不安があったのは戦闘に対するものだけだった。それも、動きを硬くするほどではなかった。


「あの、中尉」


「ん?」


 思考にふけっていた藤和は気付かなかったが、道程はゆるやかな坂道に入っていた。はきなれない靴と歩きなれない道に、四苦八苦する新人達が遅れがちになるのは当然だった。藤和と最後尾の距離は数十メートルになっていた。

 常に単独任務だったから、そのくせで動いていたことに苦笑して、藤和は立ち止まる。

 若干息が上がった者がいる。分厚い灰色の雲に覆われた空を見上げてから、懐から古びた時計を取り出す。


(出発が一時間以上遅れたからな。予定よりも進めていないが、仕方ない)


 時間はすでに昼を過ぎていた。

 比較的平らな場所を探しながら、時計を戻す。


「エンディ訓練兵、ここらの霜を解かせ。ログラディア訓練兵、地盤が緩むから固めろ。ロウェラ訓練兵、水分調整を行え。休憩にする」


 名指しされた三人は自分の荷物をパートナーに預けて、藤和のそばに近づく。さらに細かい指示を与えられ、三人がそれぞれの役割に集中する。


 ソレイの周囲が陽炎のように揺らぎ、熱がこもる。ゆらりと揺れて現れた小さな炎が、地面をなめるように広がり、直径十メートルほどの範囲で地表をあらわにする。

 霜が解かされて水になり、それを含んで泥になった地面に手をついたメルディスを中心に、地面が安定する。

 瞳を伏せたルインの足元がわずかに波打ち、瞬間、地面にかざしていた手のひらに半透明の球体ができた。地面に含まれた水分を取り出したのだ。


 それらを見届けて、藤和は柔らかい笑みを浮かべて頷く。三人が、それを見て息をのむ。

 苦笑や冷笑は幾度も見たが、慈しむような柔らかな笑みを見たのは、初めてだった。


「ま、ギリギリ及第点、てところか。要修行だな」


 トントンと足で地面の感触を確かめて頷く。


「今から二十分、昼休憩だ。しっかり食え。寒さで動けなくなるからな」


 防寒着のすそを下に引くように座り、荷物の中から携帯食と水筒を取り出す。


「中尉、よろしいですか?」


 休憩が半分ほど過ぎた頃、相変わらずの無表情でルインが問いかける。藤和は無言で先を促した。


「過去、訓練期間で行われた実戦演習で、訓練兵の生存率は二割と資料にありました」


 あまりにも低い割合に、静寂が下りる。


「それで?」


 気温以外の意味で冷えた空気に気付かないふりをして、冷静に先を促す。


「ですが、ただ一度だけ、死者も出ず実戦演習を終えた年がありました。………中尉、貴方が入った八年前です」


 緊張感を漂わせて耳を澄ませていた皆が、藤和に視線を向ける。それに苦笑を浮かべ、寒さでぬるくなったコーヒーを飲みほす。


「私が入った年、私を含めた二十人の訓練兵は、全員生き残って正規軍人になった。数年後には数人に減って、今では同期の者は三人しかいない。階級が違うからめったに会わないがな。で、それが?」


「任務内容から見て、人数に比例して難度が変化しているように感じました。過去最多人数とされている八年前、最も厳しかったはず。教育係の監督があったにしても、不可能に近い成果です。資料を見た限り、教育係の方が率先した指揮があったわけではないようでした」


「そうだな。あの時は、去年殉職された少佐、当時大尉の方だった。基本、指揮や戦闘は私達に任された」


「指揮されたのは、中尉ですか?」


 半ば語尾にかぶさるような問いに、藤和は片膝を立ててそこに顎を載せる。その口元は引き結ばれ、瞳には何の感情もうかがえない。怒っているようにも、物思いにふけっているようにも見えた。

 無言の眼差しを、ルインは促しと解釈する。


「最年少の訓練兵による状況把握、指揮統率が功を奏した。と資料に書かれていました。中尉の年齢から考えて、当時、中尉よりも年下の方がいたとは考えがたいので……」


 それが藤和だと推測した。

 だが、返る声はない。無表情のまま、藤和は立ち上がる。


「時間だ。行くぞ」


「中尉」


 答えない藤和に声を上げれば、不敵な笑みが返る。


「良い大人どもが慌てふためいて役に立たなかったからな。私がやるしかなかった。だが、あれは私が優れていたんじゃない。運が良かっただけだ」


「はい」


「それと、お前達に指揮者を置かず、統率訓練をしなかったのは、今回の任務が私の時よりも厳しいからだ」


 今さらな情報に、皆がいぶかしげに藤和を見る。その反応に笑みを深くする。


「お前達の指揮は私がする。バカな最高責任者が難度の高い任務をまわしやがったからな。このままなら、戦闘になるのは夜だ。火の能力がある者は視界の確保を忘れないように。分かったな?」


 はい、とまばらに重なる声に背を向ける。


(私の時は、教育係から混乱の極みに入ったからな)


 予想外の大規模な毒獣の群れに、新人の演習と高をくくっていた教育係が指揮能力を発揮できなかった、というのが真実だ。そのため、初の実戦で気を張っていた新人達にまで混乱が伝染した。唯一、冷静に対応していたのは子供であるがゆえに見下されていた、藤和だけだった。他とは一線を引いていたから、客観視できたのだ。


 何度思い返してもあきれ返るばかりの記憶に、ため息しか出ない。資料は、教育係が記した報告書の写しだろう。随分と都合よく描いたものだと思い、それに自嘲する。


(死者をバカにしてはいけないな…)


 最後まで、小娘ごとき、と藤和を見下していた人物だった。だが、責任感と義務感の強い人でもあり、軍人としての責務を全うしてこの世を去った。だから、藤和自身は特に嫌ってはいなかった。見下されるのは気分が悪かったが。

 息をついて、考えを霧散させる。


 藤和は、国内外、任務の大小を問わず数多くの戦いを経験してきたが、未踏地域では一度しかない。この経験不足は不安要素だった。


(生きて帰ったら、シルファの奴ぶん殴ってやる…)


 『龍』が関与しているか分からないが、下手すれば関わることになる。その時点で最悪なのに、さらに嫌な予感がしてしょうがなかった。

 背中に鈍い汗をかきながら、指揮官が動揺をあらわにしてはいけないと思い、不安を押し隠して進む。


 目撃地点に到着したのは夕刻。ほぼ夜と言っても過言ではないほど暗くなっていた。

 荷物をひとまとめにして、藤和は新人達に待機を命じて周囲の探索に向かう。

 活動の痕跡があるかもしれないとそれを探しに行く。


「…知能が高い、か。単体ならいいが、つがいや群れがいたら厄介だな」


 知能を持ち、学習能力のある毒獣は決して珍しくない。そういったタイプは、少数ではあるが群れで行動したり、つがいなど一族単位で行動している可能性が高い。

 厄介だと思いつつ、脳は高速で思考していた。

 あらゆる戦術パターンを導き、経験からくる注意や警戒をはじき出す。



 ひと先ず戻ろうと振り返った時、ひきつれた悲鳴が鼓膜を貫いた。





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