分裂
20XX年7月26日未明、太平洋伊良湖岬沖合。
「クソっ奴ら我々を見捨てやがった!」
机に怒りを乗せた拳を叩きつけ、罵詈雑言を叫んだのは人民軍偵察総局中尉であり2番船指揮官の金だ。彼らはエンジン故障で航路を外れ、1番船から見捨てられ漂流していた。
「金同志、落ち着きなさい。」
そう宥めるのは政治士官の呉上尉だ。狭い船内には、諦観と嚇怒が立ち込めていた。
「朴同志、現在地は。」
偵察総局少尉の朴は衛生端末を確認すると、現在地が日本本州の渥美半島南岸であることを告げた。
「沿岸部ではありますが、深夜帯ですし人口も希薄です。万が一座礁してもすぐに見つかることはないかと。」
「考えたくもない事態だがな。」
そう答えた金は、この先の行動を勘案し、各員に最低限の荷物をまとめるよう指示した。
数刻後、時化の外海を漂い続けた船は、ついに沿岸流に捉まり、じわじわと岸辺へ接近していた。段々と揺れが大きくなり、一段と大きな振動のあと、船は微動だにしなくなった。
「座礁した!機密書類を処分しろ!」
指示を出し場をまとめる金に、呉が異論を唱える。
「外は敵地だ。我々は諜報部隊であって武装していても戦闘部隊ではないぞ。まずはここから政府や同志たちに連絡を、」
「しかし呉同志、ここに留まっては危険です。私はあくまで作戦の継続を目指します。」
食い気味に答えた金と口論になった呉は、外部との連絡を優先することを固持し続けた。対する金も、外部の状況把握と作戦継続のための修正行動を強硬に主張する。
「呉同志、これは国家主席のご意思ですよ。」
「それを確認するためにも外部と、おい金、貴様まさか!」
呉は軍装の懐から白頭山式拳銃を取り出し、呉の額に押し付けた。
「金、貴様!これが何を意味するのか分かっているんだろうな!」
「呉同志、ここから巻き返せるとでも?」
「貴様!」
呉が金に飛び掛かろうとした瞬間、一発の銃声が響き渡った。海岸沿いの木立から鳥が飛び立った。
「行くぞ同志諸君。作戦を継続する。」
同日13時、東京都新宿区、防衛省市ヶ谷地区。
「1尉。船内で死んでいた士官の詳細が上がりました。名前は呉舜臣。階級は恐らく上尉。額の穴は白頭山式拳銃によるもののようです。」
高見が望月に報告し、内ゲバの可能性と持ち込まれた銃火器の種類や数を考え始めた。そのとき、扉が叩かれ、情報本部統合情報部長が入ってきた。敬礼で迎える2人。
「君たちに頼みたいことがある。名古屋へ向かってくれないか。」
突然の指示に困惑がなかったわけではないが、なんとなく納得感もある2人は、そのまま子細を聞く。
「統幕からの指令だ。君たち以外に2人つけてある。4人では少し寂しいが、現地情報班として活動してほしい。」
そのまま班長に任命された望月と副班長に任命された高見。現地での行動規範などの疑義を照会すると、暗に非合法活動をも認めるような言葉が返ってきた。
「下に業務車が停めてある。そこに班員2名も乗ってる。よろしく頼む。」
言われるがまま書類と端末をまとめ部屋を出る。そのまま部長についていくと、車寄せへ向かう前に倉庫に立ち寄った。携行しておけ、という言葉と共に、9mm拳銃を手渡された。当然秘匿しなければならないものである。制服の内側に仕舞うと、外へ出た。
「使う機会があるかもしれないってことですよね。」
そう呟く高見と共に、望月はこれからの情報収集活動と、その道中の危険を思った。




