行動開始
20XX年7月26日8時30分頃、名古屋市港区中川本町の運輸会社と隣接する社宅に潜伏していた王、崔、李をはじめとする工作員40人は、不審船発見の第一報を報じるテレビ画面を見て、身支度を始めていた。
「くそ、奴らしくじったな。」「船内に遺留品があれば計画が全て露見する可能性も…」
一時的な潜伏先にしていたここ戸崎通運も、じきに日本警察に存在が露見するだろう。その前にここを出払って次の場所へ移らなければ。
「攪乱のため少し計画を早めよう。」
王が提案するも、崔は尚早であると拒否する。
「貴様!私は解放軍の上校だぞ!」
作戦目的は日本の国内情勢の混乱、少しくらい早めたところでこの愚かな資本主義の犬共は、等と王が捲し立てたところで、崔は渋々了承し、第一段階の攻撃のうち最も軽微な工作を指示した。
同日11時5分、名古屋市港区熱田前新田中川東。名古屋市内を一周する環状地下鉄である名城線と、途中の金山駅で分岐し名古屋港駅へ向かう地下鉄名港線の、車両の検査を一手に担うのがこの名古屋市交通局名港工場である。その一角、名港線本線から分岐し車庫へ入る引込線の傍らにある変圧器が突然火を噴き、音を立てて爆発した。そのまま変電施設に引火し、名港線内は一時的に停電状態に陥った。
『お客様にお知らせ申し上げます。名港線は、名古屋港駅構内にて発生しました、電気系統のトラブルにより、現在、運転を見合わせております。』
「あちゃー、車庫線もやられてますよ。ここ、第三軌条の被膜がいかれてます。」
「こりゃしばらく使えんな。全般検査のローテが回らん。減便かぁ。」
平日とはいえ夏休みシーズンだったこの日は、名港線沿線のレジャー施設にも大勢の行楽客がおり、彼らは帰宅困難者となった。
『名古屋みなと水族館にご来場の皆様にお知らせです。ただ今、市営地下鉄名港線が、運転を見合わせております。運転再開の見通しは立っておりません。ご来場の皆様は…』
「えー地下鉄動いてないの、どーする?」「外暑いんだけど、死んじゃうよこれ。」
「ZETTY、名港ビルディング、港警察署、開放しております!」
名古屋港駅近辺、ガーデンふ頭では累計5700人が立ち往生し、代替のバスの到着まで最長1時間半待ち続けることとなった。また、検査設備への影響により名城線・名港線ではしばらくの間本数を減らしての運行が検討されている。
「ハイブリッド戦ってやつか?」
地下鉄の「事故」の発生から3時間強。呟いたのは防衛省情報本部統合情報部の望月だ。部下の高見も同意し、交通インフラへの侵入と破壊のモデルケースをあたっていた。彼らの見解では、一件は工作員による破壊活動であった。
「漂着船のメモにあった戸崎通運、恐らく名古屋市港区のここです。もうもぬけの殻でしょうが。」
事実、この1時間後に愛知県警刑事部が戸崎通運を訪れた際、建物には誰一人いなかった。
「渥美から名古屋、そして今。逃げ足の速い奴らだ。次はどこだ。」
望月が呟いた。




