漂着
「2番船より1番船!エンジンが動かない!流される!」
20XX年7月26日1時頃。遠く太平洋上から北東へ進んでいた2隻の工作船のうち、1隻が想定外の事態に陥りつつあった。諜報部員を中心に20人の武装工作員を乗せた船は、海水を被り錆び付いた発動機に引きずられ、海流へ乗ってあらぬ方向へ流されていた。
「崔上尉、君は両親とはどうなんだね?」
王の言葉に俯く崔。
「父と母は10年前に処刑されました。それより、2番船は良かったのですか。」
「たかが諜報部員だ。放っておいてよかろう。私の両親はな、」
高慢な王の発言にうんざりしつつも、崔は自船が予定通りの航路を辿っていることに安堵していた。2時間後に協力者の船団と合流し、堂々と名古屋港に入港するのみだ。数刻前から降り出した雨は海を時化らせ、海上保安庁の巡視船も海上自衛隊の哨戒機も近海には存在しない。
20XX年7月26日6時23分、愛知県警察指令センターに1本の通報が入った。豊橋市の海岸に無人の漁船と思われる小型船が漂着しているというのだ。付近を巡回中だった豊橋署のパトカーが現場へ急行し、6時31分に臨場した。
「至急至急、小松原01より本署、漂着船を臨検したところ死体と銃火器を発見。ハングル文字と見られる書き込みのあるメモ用紙を確認。応援求む。」
漂着していたのは、某国の工作船だった。中で死んでいたのは政治士官と見られる男。額の銃創は既に乾いていた。船内からはメモ書きとライフル、拳銃、銃弾、爆発物が発見された。愛知県警察は第1機動隊2個中隊を投入し逃亡したとみられる工作員の捜索に当たった。
「県機の半数を東三河に回すんですか。2機の招集も検討すべきでは。」
「お上の指示だ、警察力で対処しろとな。」
早朝の漂着船発見から半日、機動隊2個中隊が現着する頃には、上空は報道ヘリが行き交い大混雑となっていた。
『豊橋市伊古部町上空です。あれが工作船でしょうか。漁船のような形状です。』
『愛知県豊橋市に漂着した不審船について政府は緊急の閣議を…』
『韓国で発生した江陵浸透事件のような武力衝突も想定されます。』
『近隣の住民の皆様は不審な人物等に十分注意してお過ごしください。続いて交通情報です。名古屋市営地下鉄…』
各局がこぞって報道するこの一件は、当然防衛省情報本部にも届いていた。
「やはり出たか。秘密潜入には失敗したのか?」
「死んでいた政治士官は揉めた後はありますが額を一発で撃ち抜かれています。」
望月と高見もこの一件を調査していた。望月の言う通り秘密潜入には失敗した工作員らだが、漂着後の足取りが掴めていないことが気がかりだった。船内に残されたメモにはハングルで「戸崎通運」と記されていた。




