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胎動

 『昨夜未明、名古屋市港区の丸菱重工業大江工場にて、フェンスが切断される事件が発生しました。』


駅前の家電量販店のテレビが、何気ない日常の一角としてニュースを報じていた。一方、東京都千代田区の丸菱重工業本社は紛糾していた。


「大江工場はGCAPの開発拠点だぞ!水曜会どころか、国会、いや国際問題に発展する危険もある!」


大江工場には複合主翼材の製造センターが立地し、日英伊共同開発の次期戦闘機「GCAP」の開発拠点とされていた。防衛機密が多く存在するため、スパイ等の侵入や情報漏洩には細心の注意が払われていた。そんな中発生したのがこの事案だった。


「愛知県警によると、切断に使われたのは大型のニッパーで、犯行時刻は午前1時頃と…」


「そんなことはいい、何故その事態を察知できなかったかが問題なんだ!」


「しかし警備会社も当直も工場に在駐していましたが…」


監視カメラの僅かな死角を突いた犯行は、未だ容疑者の特定すら困難なほど周到だった。


 東京都新宿区、防衛省市ヶ谷地区A棟。防衛省情報本部統合情報部の望月直成(もちづきただなり)1等陸尉は、統合情報部長からの命を受け半島情勢の変動と丸菱重工業の事案について探っていた。望月の直感では、これは恐らく国内に潜伏する工作員もしくは土台人による犯行だ。半島北側政府は大陸政府との親交を深め、人民軍の近代化や解放軍との共同訓練などを活発に行うようになっている。また、DMZ(停戦ライン)の至近での展開訓練を実施するなど半島南北間の緊張を高めている。この情勢下で、かの国は確実に我が国に対する工作を行うだろう。そう予見されていた矢先に起こったのが例の事案だった。


「1尉、警察の捜査資料、最新版です。」


そう言って紙束を手渡してきたのは高見勇樹(たかみゆうき)1等陸曹。望月の直属の部下であり右腕である。


「どう思う、高見。」


「どう、とは?」


望月の懸念は、この事案が今後どう転がるかだった。国内で大規模な破壊活動に興じることは流石にないだろうが、今後もこのような情報漏洩や諜報戦が続けば、経済の停滞や産業の疲弊は避けられないだろう。それに、半島情勢が傾けば我が国は確実に火の粉を被ることになる。九州から200km程度しか離れていない隣国が戦場となることは、日本の存立に影響する事態だ。


「私見ですが、工作がこれで終わるとは思えませんね。」


「ほう、続きがあると?」


高見曰く、今後も重要防護施設へのグレーゾーンでの作戦は続く。望月も同意見だ。今後の見通しと、奴らの工作活動の全容を掴むためにも、2人は再びデスクへ向き直り、作業を再開した。

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