終章-5 : 酷い、あんまりだわ
「……その目はなんです? 別に貴女を助けようと思っていないかもしれませんよ? 私が貴女を快く思っていないことなど、知っているでしょう?」
「……そんなこと、言っても良いの?」
安心していた心に、もやがかかる。
「えぇ。きっと主様なら、貴女を助けるためにこっちに向かってきていて、この会話など聞いてませんから」
「そう、ジークが……」
「こんな時に頬を染めないでくれませんか?」
「う、うるさいわね!」
ユーリに吠えると、プイッと顔を背けた。
(ジークが助けに来てくれる)
それだけで勇気が湧いてくる気がした。
そして、はたと、捕まっている精霊のことを思い出した。
顔を上げると、瓶の中の精霊は相変わらず微動だにしない。
急いでルミナは駆け寄ると瓶に手を伸ばした。
(……ダメだわ。もうちょっとなのに、手が届かない……)
チラリとユーリを見る。
ユーリは部屋の中を物色しているのか、書物を捲っている。
「……ねぇ、ユーリさん、この瓶取ってもらえませんか?」
「良いですよ」
ユーリは意外にもニコリと微笑みを返し、ルミナはほっと胸を撫で下ろす。
ユーリはヒョイと瓶を手に取る。
(さすが!)
ジークと同じ、背の高いユーリが簡単に瓶を取ってくれたことにルミナの顔に喜びが浮かぶ。
ルミナがそれを受け取ろうと手を伸ばした。
「取りましたが、渡すとは言っていません」
「え?」
「私だけがお願いを聞くのは不公平ですから、貴女も私の願いを聞いてくださいますよねぇ?」
ユーリが瓶を抱え、首を傾げてルミナを見る。
「……ものによるわ」
相手はユーリなのである。何を言ってくるか分からない。
「私は先にお願いの内容を伝えたのだから、ユーリさんもそうするのが道理よね?」
「おや、バカではないのですね」
ユーリはわざとらしく目を丸くする。
(むかつく~!)
最初から嫌な人だと思っていたルミナは思いっきりユーリを睨んだ。
「おや、おや。瓶は要らないんですね」
「いるわ!」
「……主様は、その反抗的な態度が気に入っているみたいですが、私は気に食わない。貴女に絆されるシオンも、どうかしている」
ユーリは細く開いた目でルミナを見下ろす。
ルミナは、誰より黒いユーリの瞳にザワリと鳥肌が立つのが分かった。
「……貴方のお願いは何……?」
「二度と主様の前に姿を現さないことですね」
「それは無理」
「言うと思いました。では、婚約の破棄は? 元から仮でしたが、事実を知る国民は少ない」
「それは嫌」
「嫌……」
ふーんと、ユーリは瓶に目を落とす。
「ジークだって望んでないわ」
「……だから困っているんじゃないですか」
はぁとユーリは溜息を吐く。
「……」
ユーリはじっとルミナを見つめた。
金色の瞳をした少女は、ヴァルハラに来た当初、ただ強がっているように見えた。だが、今は背の高いユーリに臆することなく挑んでくる。
「……はぁ。もし、主様と再会しても、私の悪態について黙っていてくださいね」
ユーリはそう言ってルミナに瓶を渡した。
「ありがとう!」
ルミナはパァと笑みを浮かべ、瓶を受け取った。
彼女は蓋に手をやり、顔を険しくした。
(しっかり閉まってる。精霊の命をなんだと思ってるのよ!)
怒りのまま蓋を投げ捨てる。
カラン、カランと床に転がり、揺れ動く蓋にユーリは目を落とした。
(思いの外、簡単に外れますねぇ。それにしても……)
ユーリは瓶へと視線を移す。
そこには何も入っていないただの透明な瓶があるだけである。
ルミナは床に手をかざしており、彼女の掌から淡い光が出ているのが見える。
(精霊が本当にいるだなんて、未だに信じられませんね)
いるからこそ、彼女は手をかざしているのだと分かっているが、見えないのでにわかに信じがたかった。
「……酷い。あんまりだわ」
床を見つめるルミナがポツリと呟いた。
すくっと立ち上がると、ドアに両手を触れた。
(何を……?)
不思議そうに眺めるユーリの目の前で一瞬、閃光が走った。




