終章-1 : 総大司教の笑み
(まさか、今日も来ないつもりではあるまいな)
ベネディクトは起き上がり、肌寒さを覚える朝の気温に両腕を擦った。
(脅せばすぐにでも私の元にくると思ったが)
まばゆい光のような金色の瞳に不安の色が差し込む様子を思い出し、ベネディクトは口元を歪めた。
(いや、焦ることなどない。昨日も仲睦まじく、ボートで海に漕ぎ出て寄り沿っていたではないか。誠に、あの王子を想うのであれば、私の元に来るはず)
平和なアルカディアの温室育ちの姫が、自分のせいで人が傷つくなど耐えられる筈もないと、眉間に寄った皺を伸ばす。
コンッコンッ
「ベネディクト総大司教」
「どうされました?」
いつも笑みを携えて地下室のドアを開けると、神官がベネディクトに耳打ちする。
ベネディクトはほくそえみそうになるのを、ぐっと堪えて、優しい声色で言った。
「時間など関係ありません。快く彼女を入れて差し上げてください。ここに来るのは神のお導きなのですから」
◇
(こんな所に入口があるだなんて……)
二日前にジーク達が入ったとは知らないルミナは、教会横の隠し扉に目を丸くした。
人目につかないよう朝早くに教会へやってきたルミナは緊張している。
どこか近くにユーリがいるらしいが、どこにも姿が見えず、そのことがより一層、ルミナを不安にさせるのであった。
「足元に気をつけてください」
「ありがとうございます」
神官が照らすランプの明りを頼りに階段を下る。
朝日はもう昇っているが、階段に差し込む光はまだ弱く、ランプの明りがなければ心許ない。
「こちらの部屋です」
そう言って神官がドアノブを回し、開けた部屋には見覚えがあった。
壁を埋めつくすような書物に、白い寝台。
(ここは、あの時の――)
「ようこそおいでくださいました」
ベネディクトの朗らかな声に、はっとルミナは声の方へ顔を向ける。
そこには、いつものように優しい微笑みを携えたベネディクトが一人、立っていた。




