ep.05―2
◇
(やはりきたか)
ジークは父から渡された手紙に目を通す。
朝から慌ただしく呼び出されたジークは、父の書斎でゼニウスから届いた手紙を渡されたのだった。
本棚と執務用の机しかない簡素な部屋の、机の側に立つジークは渡された手紙を父へと返した。
「このタイミングでゼニウスの王子が留学に来たいと言うのは、何か裏があるだろうな」
王はそれを受けとると、息子を見上げた。
「そうかと」
ゼニウスが思っていたとおり動き出し、ジークは笑いそうになるのを必死に堪えた。
「許可したらどうでしょうか?」
王は息子の言葉に黙って髭を撫でた。
「交換留学ならばの話ですが」
ん?と闇夜のような黒い瞳だけを息子に向ける。
「勿論、行くのは私と、婚約者のルミナ……従者は向こうの有無に合わせます」
ジークは父にまっすぐに目を向けて言うと、成程と、王が唸る。
「向こうに打診してみてください。きっと悪い返事は来ないと思いますから」
(なにせ、こっちからルミナが行ってやるんだ。大手を叩いて喜ぶだろう)
ジークは黒い感情を顔に出さずに、父の目から目を離さなかった。
「……そう返事してみよう」
そう言って父が紙を取り出すのを見てから、ジークは部屋を退出した。
王は手を止め、息子の出て行ったドアに目を向けた。
(呼び捨てにしておったな)
息子がアルカディアの姫を気に入ったようだが、特段親密な関係でないことは従者から聞いている。
王はペンを置き、ルミナとの対面を思い起こした。
(不思議な金色の瞳をもつ少女であった。魔女にそっくりだと噂があるが、そうなのだろうか)
ヴァルハラは常勝国家と別名があったそうだが、城壁に焼き痕が付いてからそう言われたことはない。
(無碍なことはせぬ息子だ……こんな時はちと困るな)
結びつきが強いほど、万が一のカードとしてルミナは使える。
寝室を同じにした意図を、あの息子が気付かない訳がないと王は思い、溜息を吐いた。
◇
「一番上のボタンも留めますか?」
「ううん、このままで良いわ」
朝食前にシオンと共にルミナは着替えていた。
白いブラウスに、長い黒いズボン。
(これ、動きにくいのよね……)
ルミナはズボンの生地を指でぴっぱった。
ヴァルハラでは長いズボンを履く習慣があるので、ジークはルミナに足を晒さないよう用意したのだが、ルミナにとっては窮屈であり、また、履きにくい以外の何物でもなかった。
「朝食前に話がある。シオンは席を外してくれないか」
いつの間にか気配もなく、ジークが部屋に入ってきていた。
「だから、ノック!」
「あぁ、そうだったな」
シオンが頭を下げて退出したドアを、ジークはコンコンツと鳴らす。
「誰がどう考えても、もう遅いでしょ」
ジト目でジークを見ると、その反応を待っていたと言わんばかりにジークが笑う。
(ずるいわ……)
他に人がいる時は真顔であるジークが、自分と二人きりだとよく笑う。
(こんなの勘違いするなっていう方が無理よ)
自分だけには気を許してくれていると、勘違いしてしまいそうになるのだ。
「ルミナ、ヴァルハラには精霊がいないという話だったな?」
ジークはスタスタとルミナに近づくと、ルミナの顔にかかっていた横髪をさらりと指で払った。
「えぇ」
初めてのことにルミナは戸惑いながらも、ジークに目を向けた。
ジークは特段変わった風もない。
(ヴァルハラでは女性の髪に触るのは特別なことではないの?!)
ルミナはドキドキする胸を手で抑えた。




