ep.03―2
(可哀想だけど、誰かについてきてもらえば良かったなぁ)
ルミナは目をショボショボさせた。
「ルミナ様、着替えはこちらに」
シオンの声は、ジークと同じ凛と響く。
はっとして彼女を見ると、シオンはてきぱきと脱衣場を整えていた。
どうやらルミナの入浴を手伝う気らしく、黒い上着を脱ぎ、シャツの袖を捲り始めた。
「ひ、一人で入れます!」
初対面の女性、しかも、自分よりスタイルの良いシオンに手伝ってもらうだなんて無理!そう叫びたい気分であった。
「……ジーク様より、ルミナ様が困らぬよう仕えよと言われております」
事務的にシオンが答えるが(この現状に困ってますけど?!)と、ルミナは上目遣いに彼女を見た。
シオンは黒い深淵のような瞳で、じっと黙ってルミナを見つめている。
(私の負けだわ……)
観念したルミナは仕方なく服を脱ぎ、二人で入った浴室にびっくりした。
(なんでこの部屋、蒸してるの?!)
水浴びにて汗を流すアルカディアと違い、湯が張ってあり、浴室に蒸気が立ち込めている。
びっくりしすぎて固まるルミナに、シオンがお湯に浸かるよう言う。
(煮人間になっちゃう……!)
シオンの指示に目を剥くルミナに対して、彼女の眼は冷ややかであった。
一事が万事、入浴はそのようなことが幾度となく繰り広げられ、用意された服を着るころには、もうルミナはぐったりであった。
(あ~、もう無理……)
通された部屋のベッドにルミナは倒れ込んだ。
「……」
枯草を編んだ布団より、ヴァルハラの布団が断然柔らかい。
ルミナは表面の絹に頬ずりする。
(な、なんてすべすべなの~!)
ルミナはここに来て、初めて幸せな気持ちになったのであった。
◇
「ん……」
お湯で体が温まり、幸せな気分でベッドに転がっていたら、いつの間にか寝てしまったようであった。
ルミナは点いている明かりを消す為に、顔を起こす。すると、見慣れない背中が視界に入った。
「……あー!!」
「何故、急に叫ぶ?」
ジークがしかめ面をルミナに向けた。
「な、ななな」
「なんでいるかって?」
布団を抱き寄せるルミナを、可笑しそうにジークは見つめた。
「ここが夫婦部屋の寝室だからだよ」
ジークは目を細めて笑い、ルミナはぽかんと開いた口が閉まらなかった。
「婚約者、しかも、偽りのなのに、手の込んだことだよな」
もしかすると、ゼニウスが欲しがるこの娘を、父は欲しくなったのかも知れないとジークは思った。
「安心しろ。さっき言った通り、君にそういった興味はない」
ジークは読んでいた本を閉じ、サイドテーブルに置いた。
(私に興味がないってそういう意味だったの?)
全く自分に関心を持たないという意味だと思っていたルミナの心は少し明るくなった。
(でも、困ってないって言ってたよね……?)
う~んと、ルミナは腕を組んで唸る。
(ま、いっか。実際、結婚する訳でもないんだし)
棘のあるユーリに、感情の読めないシオン。
その二人と比べて、一番コミュニケーションが取れそうなのが、偽りの婚約者であるジークである。不幸中の幸いと言うことにしておこうと、ルミナは前向きに捉えることにした。
「その言葉、信じるわ」
ルミナがチラリとジークを見ると「あぁ」と彼はほんの少し口角を上げて返事をした。
(なぁんだ、意外とやっけいけるかも)
年上のユーリに”お前”というジークが、微笑んで自分を”君”と呼ぶ。
ほんの少し特別な気がして、ルミナは上機嫌で明かりを消そうと手を伸ばし、初めて気が付いた。




