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本能型天才と、理性型軍師と、板挟み中間管理職の帝国奇譚  作者: 青羽 イオ


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第7話「殲滅」

 川辺の戦闘は、あっという間に片付いた。


 ブルナイが参戦してからのことを、正確に記録するのは難しい。紫の軌跡が走るたびにギョ人が崩れ、銃声が重なり、霧の向こうから這い上がってくる影が次第に減っていった。どのくらい経ったのかも、正確にはわからない。気づいたとき、川は静かになっていた。


 問題は、その後だった。


 においがした。


 においなどという言葉では足りなかった。腐敗と水と、何か別のものが混ざった悪臭が、川辺一帯を低く覆っている。風向きによって濃淡はあるが、どこに移動しても逃げられない。数人の兵が咳き込んでいた。目に染みると言って袖で顔を覆っているものもいた。私は口で呼吸することをすでに諦めていた。どちらでも同じだった。


 ギョ人の死骸が、川辺に散乱していた。


 これが悪臭の出所だった。生きているときもひどかったが、死ぬとさらにひどい。水分を多く含んだ体が、崩れ始めるのが早い。この量で、この速度で腐敗が進めば――風に乗れば隣の里まで届く。いや、明日の朝には届くかもしれない。


 私はこめかみに指をあてた。


 やるべきことが、頭の中で順番を主張し始めていた。死骸の処理、死骸の調査、通信途絶した斥候が消えた村の調査。それに――


「隊長が消えた」


 シラセが、私の隣で静かに言った。


 わかっていた。戦闘が終わった直後から、姿が見えない。毎回そうだ。集中モードが解けた後、ブルナイはふらりと消える。どこに行くのかは毎回違う。共通しているのは、こちらが探さなければ戻ってこないことだった。


 兵力の計算をする。村の調査に進める数はある。ただ死骸の処理と調査を同時にこなすには、人を分けなければならない。そして私がブルナイを探しに行けば、指揮が――


「中尉」


 シラセが口を開いた。


 この軍曹が「中尉」と呼ぶときは、具申がある。そういう区別を、この人はきちんとつける。


「第一小隊を死骸の処理と一次調査に残します。火葬は風上、川から距離を取った場所に限定して。煙の向きは今の風向きなら村と反対側になります。斥候の報告を待たずに第二小隊と私で村の調査に向かいます。中尉には――」


 一拍置いた。


「隊長の捜索をお願いしたい。お一人で」


 私は軍曹を見た。


「......なぜ一人ですか」


「隊長が戻るまでの間は、人が多い方が逆効果です。中尉はご存知のはずです」


 正しかった。何も言えなかった。


 ブルナイが戻るまでの時間、人が周囲にいると余計に時間がかかる。経験則として、私はそれを知っていた。シラセも、知っていた。この軍曹はいつ気づいていたのだろう。私は一度も、誰かに話したことはない。


「村の調査で発見したことは随時報告します。火葬の煙が上がり始めたら、一次処理完了の合図とします」


「......わかりました」


 シラセが敬礼した。前髪がまだ少し乱れていた。ブルナイにわしづかみにされたままだったやつだ。直す暇もなかったのだろう。


「軍曹」


「はい」


「村で何かあれば、判断を待たずに動いてください。報告は後でいい」


 シラセは一拍だけ目を細めて、また敬礼した。


 信頼、というのは言葉にすると安くなる気がするので、私は何も言わなかった。


 シラセが歩いていく背中を見送りながら、私は川辺に視線を戻した。


 ギョ人の死骸の向こう、霧がまだ薄く残っている川岸の、どこかに。


 ブルナイがいる。


 静かに、ただそこに立っているはずだ。目の焦点が少しずれたまま、名前を呼んでも一拍遅れる状態で。


 私は歩き始めた。


 川が低く鳴っていた。悪臭の中に、水の匂いだけが混じっている。


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