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本能型天才と、理性型軍師と、板挟み中間管理職の帝国奇譚  作者: 青羽 イオ


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第12話「村のやつが、こうなったんだ」

村のやつが、こうなったんだ


 家を出ると、外の空気の方がまだましだった。ましだが、生臭い。通りの向こうで別の兵たちが戸を開けている。誰の声も大きくならない。大きくすると何かを呼ぶ気がする、そういう静けさだった。


 二軒目の家では、甕の底に鱗と一緒に細い爪が落ちていた。人のものにしては薄すぎて、魚のものにしては形が違う。


 三軒目では、囲炉裏の灰が湿っていた。火を落としてから相当経つのに、灰の底だけが黒く重い。


 四軒目では、戸棚に塩漬けの魚が手つかずのまま並んでいた。代わりに、まな板だけが新しく傷んでいる。


 五軒目では、壁に子どもの背丈を測った線が残っていた。そのすぐ脇の柱に、爪で引っかいたような筋が縦に何本も入っていた。


 六軒目で、兵が庭先の桶を倒した。鱗がざらりと石の上へ広がる。全員がそちらを見た。誰も口を利かなかった。


 アキツキは歩きながら記録を重ねた。証拠が散っているのではない。全部が一つの方角を向いている。まだ名前はつかないが、もう事故ではない。


「ちなみに」


 また口が動く。


「長くなりますか」とシラセが横から言った。


「長くなります」


「後で聞きます」


「聞かない顔をしていますね」


「聞きます」


 聞かないだろうな、とアキツキは思った。だが今はその雑な優しさが助かった。考察に沈み込むには、村がまだ生々しすぎた。



 村の中央まで戻ったところで、ブルナイが道の真ん中に立ち止まった。鼻を上げる。北を向く。


「ブルナイ」


 返事が少し遅れた。


「うん」


「何かありますか」


「上だな」


「山ですか」


「山っていうか……上のほう」


 答えになっていない。だがこの人に論理を期待するのは、雨雲に戸籍を出せと迫るようなものだ。たまに当たるから質が悪い。


「中尉」とシラセが口を開いた。「村の中だけでここまで揃うなら、北側も同じ線上にあります」


「ええ」


「鳥居の確認が必要です」


「必要です」


 アキツキは村を振り返った。戸の開いた家々。濡れた道。光る鱗。誰もいないのに、何かだけがまだ残っている。


 ここで起きたことは、襲撃ではない。人間の手で進められた痕跡がある。そう考えた瞬間、喉の奥に冷たいものが落ちた。


 ブルナイがぽつりと言った。


「これ、外から来たんじゃないな」


 アキツキが顔を向ける。ブルナイは北を見たままだった。


「村のやつが、こうなったんだ」


 説明はない。根拠もない。ただその一言だけが、帳面より先に核心へ届いていた。


 アキツキは否定しなかった。したくても、できなかった。


「……まず北へ行きます。ただし順番は守る。記録を持っていく」


「了解」とシラセが答える。


 ブルナイはもう歩き出していた。


「隊長」


「うん」


「先に行かないでください」


「わかった」


 わかったと言いながら、足は止まらない。


 アキツキはこめかみに指をあてた。


 この村は七百人を失った村ではない。もっと嫌な何かになっている。そういう確信だけが、北の山へ向かっていた。


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