第12話「村のやつが、こうなったんだ」
村のやつが、こうなったんだ
家を出ると、外の空気の方がまだましだった。ましだが、生臭い。通りの向こうで別の兵たちが戸を開けている。誰の声も大きくならない。大きくすると何かを呼ぶ気がする、そういう静けさだった。
二軒目の家では、甕の底に鱗と一緒に細い爪が落ちていた。人のものにしては薄すぎて、魚のものにしては形が違う。
三軒目では、囲炉裏の灰が湿っていた。火を落としてから相当経つのに、灰の底だけが黒く重い。
四軒目では、戸棚に塩漬けの魚が手つかずのまま並んでいた。代わりに、まな板だけが新しく傷んでいる。
五軒目では、壁に子どもの背丈を測った線が残っていた。そのすぐ脇の柱に、爪で引っかいたような筋が縦に何本も入っていた。
六軒目で、兵が庭先の桶を倒した。鱗がざらりと石の上へ広がる。全員がそちらを見た。誰も口を利かなかった。
アキツキは歩きながら記録を重ねた。証拠が散っているのではない。全部が一つの方角を向いている。まだ名前はつかないが、もう事故ではない。
「ちなみに」
また口が動く。
「長くなりますか」とシラセが横から言った。
「長くなります」
「後で聞きます」
「聞かない顔をしていますね」
「聞きます」
聞かないだろうな、とアキツキは思った。だが今はその雑な優しさが助かった。考察に沈み込むには、村がまだ生々しすぎた。
*
村の中央まで戻ったところで、ブルナイが道の真ん中に立ち止まった。鼻を上げる。北を向く。
「ブルナイ」
返事が少し遅れた。
「うん」
「何かありますか」
「上だな」
「山ですか」
「山っていうか……上のほう」
答えになっていない。だがこの人に論理を期待するのは、雨雲に戸籍を出せと迫るようなものだ。たまに当たるから質が悪い。
「中尉」とシラセが口を開いた。「村の中だけでここまで揃うなら、北側も同じ線上にあります」
「ええ」
「鳥居の確認が必要です」
「必要です」
アキツキは村を振り返った。戸の開いた家々。濡れた道。光る鱗。誰もいないのに、何かだけがまだ残っている。
ここで起きたことは、襲撃ではない。人間の手で進められた痕跡がある。そう考えた瞬間、喉の奥に冷たいものが落ちた。
ブルナイがぽつりと言った。
「これ、外から来たんじゃないな」
アキツキが顔を向ける。ブルナイは北を見たままだった。
「村のやつが、こうなったんだ」
説明はない。根拠もない。ただその一言だけが、帳面より先に核心へ届いていた。
アキツキは否定しなかった。したくても、できなかった。
「……まず北へ行きます。ただし順番は守る。記録を持っていく」
「了解」とシラセが答える。
ブルナイはもう歩き出していた。
「隊長」
「うん」
「先に行かないでください」
「わかった」
わかったと言いながら、足は止まらない。
アキツキはこめかみに指をあてた。
この村は七百人を失った村ではない。もっと嫌な何かになっている。そういう確信だけが、北の山へ向かっていた。




