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本能型天才と、理性型軍師と、板挟み中間管理職の帝国奇譚  作者: 青羽 イオ


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第10話「鳥居の形をしたもの」

 村の北側に、山があった。


 村から続く山道は、緩やかに登りながら木々の奥へ伸びていた。その入口に、それはあった。


 鳥居だ、と最初は思った。


 形は確かに鳥居だった。二本の柱、横に渡る笠木と貫。だが何かが違う。足を止めて、正面からもう一度見た。


 柱の素材が違う、というわけではない。色も、大きさも、おかしくはない。だが見ているうちに、ある種の不快感が胸のあたりに静かに積み上がってくる。鳥居の形をした別の何か、という感覚だった。違和感の所在が、どうしてもつかめない。


 私は一歩、踏み込むのをやめた。


 鳥居の向こう、山道が霧の中に消えている。日差しがあるのに霧がかかっている。その霧の中に、木々の枝から何かがぶら下がっていた。


 揺れているのか、と思った。


 風は吹いていない。


 ぶら下がったまま、動かない。動いていないのに、見ているとどこかがずれていくような気がする。目を細めた。霧のせいで、形がはっきりしない。


 私はその場に立ち止まったまま、もうしばらく鳥居を見ていた。中に入るか、入らないか。中尉の「村で何かあれば、判断を待たずに動いてください」という言葉が耳の奥で繰り返される。判断を、する。


 だが今この瞬間に必要な判断は、先に進むことではなかった。


 私は踵を返した。


 合図を出す前に報告する。目に見えるものを全部記録してから、動く。それが私の仕事だ。



 ちょうどそのとき、川辺の方向から馬の蹄の音が聞こえてきた。


 速い。


 私は足を止めて、音の方を向いた。村の入口の方角、まだ見えない距離から、駆け足の蹄音が近づいてくる。一頭だけではなく、もう少し遠くにも同じリズムがある。


 馬が二頭。


 私は眉を寄せた。



 ブルナイ少佐は、馬の鬣を掴んでいた。


 アキツキ中尉の前に、仁王立ちに近い姿勢で座って、鬣を両手でむんずとつかんで、馬の首ごとぐいぐいと揺すっている。


 私が村の入口まで引き返したとき、二頭の馬が砂埃を上げながら止まった。前の馬に、アキツキ中尉とブルナイ少佐が乗っていた。二人乗りで、前が中尉、少佐が前に座っている形だった。なぜそういう配置になっているのかは、問わないことにした。


「報告があります」


「聞きます」と中尉が言った。少佐の後ろから、首だけで応答した。少し疲れた顔をしていた。


「村に入りました。人の気配はなし。道に鱗が多数。川辺のものと同質です。においに血が混じっています。そして北側の山道の入口に------」


「鳥居」とブルナイが言った。


 私は一拍、止まった。


「......ご存知でしたか」


「なんか感じた」


 少佐はそれだけ言って、馬の首から手を離した。鬣が戻る。馬が小さく頭を振った。今度は掴まなかった。少佐の目が、村の北の方角をまっすぐ向いていた。


 金色の髪に、まだわずかに白が残っていた。根元のあたりに、薄く。


 私はそれを見て、視線を正面に戻した。中尉が私を見た。私が頷いた。それだけで通じた。


「鳥居に近づいていませんか」と中尉が聞いた。


「入口で止まりました」


「正解です」


 少佐が馬から飛び降りた。着地して、すぐに歩き始める。村の北へ向かって、まっすぐに。


「ブルナイ」と中尉が呼んだ。


「うん」


「先に行かないでください」


「わかった」


 わかったと言いながら、歩くのを止めなかった。


 私はアキツキ中尉を見た。中尉は馬から降りながら、短く息を吐いた。


「......先に行かせましょう」


「よろしいんですか」


「止められません。それに」


 中尉が眼鏡をかけ直した。


「あの人の感覚は、外れたことがない」


 私は少佐の背中を見た。


 金と白の混じった髪が、村の北へ向かっていく。村の道の泥の中に光る鱗を、踏みながら。踏んでいることに気づいていないように見えた。気づいていて、気にしていないようにも見えた。


 どちらにしても、あの背中が止まる気配はなかった。


 私は中尉の隣に並んだ。


 二人で、後を追った。


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