シーン46『一人きりの画角、二人で帰る約束』
ダンジョン入口。
巨大なゲートの前に一人で立った澪は、胸元に付けられた小型カメラを何度も確かめながら、緊張した面持ちで開始ボタンへ指を置いていた。
「……こういう時は、最初にちゃんと挨拶して……それから、今日することを言うんだよね」
薫から教わったことを、一つずつ思い出す。
「すぅ……はぁ……」
一度大きく深呼吸してから、澪はボタンを押した。
ピッ。
胸元の小型カメラに、小さな赤いランプが灯る。
「え、えっと……みなさん、こんにちは!」
一拍遅れて、コメントが一気に流れ始めた。
『きた!!』
『澪ちゃん!?』
『今日一人なの!?』
『薫お姉ちゃんいないぞ!?』
澪は慌てそうになるのを堪え、薫に教えられた通り、カメラの向こう側へ笑顔を向ける。
「今日も来てくれて、ありがとうございます! 今日は……薫お姉ちゃんが先にダンジョンへ行ってるみたいなので、私がお姉ちゃんを追いかけます!」
『お姉ちゃん探し回!?』
『初めての単独配信じゃん!』
『澪ちゃん大丈夫か!?』
『無理だけはすんなよ!!』
「まだ一人での配信は慣れてないんですけど……昨日より、もっと出来るようになったところを見てもらいたいので、頑張ります!」
少し照れくさそうに笑った澪は、最後に薫の真似をするように小さく拳を握った。
「それじゃあ……今日もよろしくお願いします!」
『よろしくー!!』
『ちゃんと挨拶できて偉いw』
『お姉ちゃん仕込み感すごい』
『成長してるなぁ』
温かなコメントに安心した澪は、盾と片手剣を握り直すと、一人でダンジョンの中へ足を踏み入れた。
◇
「キィィィッ!」
第一層へ入ってしばらくしたところで、正面から一匹のゴブリンが飛び出してくる。
澪は驚いて一歩だけ後退したものの、すぐに盾を正面へ構えた。
「相手を見る……足元を見る……盾を体から離さない……」
薫から何度も叩き込まれた言葉を口にしながら、飛んできた棍棒を受け止める。
ガンッ、と大きな音が響いた瞬間、胸元のカメラも激しく揺れ、画面いっぱいに盾の内側が映り込んだ。
『ん?』
『待って盾の裏なんか貼ってあるぞ』
『写真?』
澪はそんなコメントに気づく余裕もなく、盾を押し返して半歩右へ移動すると、ゴブリンの顔へ火魔法を撃ち込んだ。
「火魔法!」
「ギャッ!?」
目を閉じた一瞬へ片手剣を突き込み、ゴブリンを地面へ倒す。
「……すぅ……はぁ……」
飛び散った血を見ても、今度は止まらない。
「……出来た」
澪がほっと息を吐きながら盾を下げると、再び胸元のカメラへ内側が映った。
『え、待ってwww』
『薫お姉ちゃんとのプリクラじゃん!!』
『盾の内側に貼ってんの!?』
『可愛すぎるだろ』
『戦う時ずっとこれ見えるのかよ……』
『完全にお守りじゃん』
『【赤いスパチャ:30,000円】絶対無事にお姉ちゃんのところまで行け!』
『【赤いスパチャ:50,000円】姉妹尊すぎる』
「え?」
澪はようやくコメントを確認し、慌てて盾の内側を覗き込んだ。
「あっ……これ?」
恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「これは、その……薫お姉ちゃんと初めて一緒に撮ったプリクラで……盾の外に貼ったら傷ついちゃうから、内側に貼ってるんです」
『理由まで可愛い』
『大事にしすぎw』
『絶対帰れよマジで』
『お姉ちゃんに会ったら見せてくれ』
次々と流れるコメントとスパチャを見て、澪は照れながらプリクラを指先で一度だけ撫でた。
「えへへ……ありがとうございます。ちゃんと薫お姉ちゃんのところまで行って、一緒に帰ります!」
◇
二階のコントロールルーム。
モニターには、胸元カメラから送られてくる澪の映像が大きく映し出されていた。
「投げ銭、急増しています」
千早の淡々とした声が響く。
「プリクラが映ってから、視聴者の反応率が一気に上昇。赤スパも複数確認」
「ギャハハハハ!」
栂野が腹を抱えて笑う。
「何だよこれ! こっちが仕込まなくても勝手に姉妹売り完成してんじゃねえか!」
画面の中では、澪が盾を構えるたびに、その内側に貼られた二人のプリクラが何度も映り込んでいた澪にとっては、ただのお守りけれどリスナーにとって、それはこれ以上ない物語になっていた。
◇
「……私、一人でも出来る」
第一層で数度の戦闘を乗り越えた澪は、少しずつ自信を深めながら奥へ進んでいた。
そして、ついに見覚えのある場所へ辿り着く。第二層へ続く、薄暗い石造りの階段。
「…………」
『そこ二階層だよな?』
『澪ちゃん大丈夫?』
『薫さん本当に先にいるの?』
『無理しない方がよくない?』
「……薫お姉ちゃん、私がここに来るのはまだ早いって言ってました」
一度、大きな盾を胸元へ引き寄せる。
「でも、お姉ちゃんは私のために、一人でここへ来てくれたんですよね」
『澪ちゃん……』
『無理すんなよ』
『でも行きたいよな……』
「私、いつも守ってもらってばっかりだから……今度くらい、私がお姉ちゃんを守りたいです」
『【赤いスパチャ:100,000円】絶対二人で帰ってこい』
『泣くわこんなん』
『薫お姉ちゃん早く見つけろ!』
『姉妹揃って帰還するまで見る』
澪は流れるコメントへ力をもらうように頷き、盾を握り直した。
「……行ってきます」
◇
「これで全部ね」
その頃第一層の別ルートを歩いていた薫は、地図へ最後の印を書き込み、周囲を見渡していた。
魔物の出現位置、壁までの距離、逃げ込める横道、足を取られそうな石。そのすべてを澪が少しでも安全に戦えるよう、一つずつ確認していた。
「今日はここまででいいわね」
薫はそのまま地上へ戻るため、入口へ向かって歩き始めた時、しばらくしてゲートを抜け、春の日差しの下へ戻った瞬間、耳元のインカムから千早の声が響いた。
『薫さん』
「何?」
『澪さんの単独配信、現在同接五万二千』
薫の足が止まった。
「…………何?」
『現在も上昇中です』
「待って」
薫の声から、感情が消える。
「……単独配信って、何の話?」
数秒の沈黙。
『ギャハハ! すげえぞ薫ちゃん! お前の妹分、もう一人で第一層突破しやがった!』
「栂野」
薫の指先が震える。
「……あんた、何したの」
『俺は何もしてねえよ。薫ちゃんが二階層まで下見に行ってるって教えて、カメラ貸してやっただけだ』
薫の顔から、一瞬にして血の気が引いた。
「……は?」
『しかもよぉ、盾の裏にお前とのプリクラ貼ってやがんの! それが映るたびにスパチャ飛ぶ飛ぶ! ギャハハハハ!』
「今どこにいるの」
『ん?』
「澪ちゃんは今どこにいるの!!!」
薫の絶叫がダンジョン入口へ響き渡る。
『第二層入口です』
「…………」
『現在、階段を降下中』
薫は握っていた地図をその場へ落としスマートフォンを取り出し、震える指で配信画面を開く。
そこに映っていたのは、胸元のカメラ越しに揺れる暗い石段と時折画面いっぱいに映る、大きな盾の内側。
そこには薫と澪が、頬を寄せ合って笑っていた。
「……澪ちゃん」
◇
第二層の階段を下りきった澪は、一度だけ立ち止まり、盾の内側へ貼られたプリクラを見つめた。
「待っててね、薫お姉ちゃん…今度は、私がお姉ちゃんを守るから」
一歩、暗闇へ踏み出した時。
――カチッ。
澪の足元で、ほんの小さな音が鳴った。
【あとがき】
「……澪ちゃん、違うの。私、第二層になんて行ってないし、あなたに迎えに来てほしかったわけでもないの。
だから、もう戻ってきて。私を守ろうなんてしなくていいし、百点だって取らなくていい。お願いだから、今すぐ引き返してよ。
……何で、そんなに頑張るのよ。私があなたを守りたいのに。
澪ちゃん……お願い。
それ以上、進まないで……」




