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『ラストシーンは神アングルで。』〜死んだら契約終了、遺品はスタッフが美味しく回収します〜  作者: うちの猫
小鳥遊 澪編

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シーン41『血の匂いの向こう、繋がる手のひら』

 ゴブリンの赤黒い本物の血溜まりが、石畳の上で生々しく異臭を放っていた。

 恐怖と嫌悪感でガタガタと激しく硬直していた澪の小さな肩を、薫はファインダーの裏側から、どこまでも優しく、包み込むような声で包み込んだ。


「大丈夫よ、澪ちゃん。深呼吸して。……もう、怖いものはいないわ」


「あ……、はぁ、ふぅ……っ」


 お姉ちゃんの遮るもののない、透き通った声に導かれるようにして、澪は深く、深く息を吐き出した。幽霊のように真っ白だった頬に、じわりと瑞々しい生気が戻っていく。


 薫は手元にある重々しい黒塗りのメインカメラをしっかりと構え直し、そのファインダーの中に、再び一歩を踏み出そうとする妹の背中を捉えた。


「さあ、ゆっくりでいいわ。足元を確実に確かめながら、奥へ進みましょう」


「うん……っ! がんばる!」


 澪は初心者用の片手剣を握り直し、自らの体をすっぽりと隠す頑丈な盾を、体の中心へと真っ直ぐに引き絞った。


 薄暗い第一層の回廊を、二人は並んで進んでいく。道中、岩陰からさらに数匹のゴブリンが不意に飛び出してくることがあったが、今の澪の動きには、もう先ほどのパニックの影はなかった。


「澪ちゃん、左からよ。盾を引かないで」


「はいっ……! たぁっ!」


 薫の的確で優しい声がけが、澪の何よりの防壁となっていた。澪はビビリな性格ゆえの慎重さを崩さず、足元をすり足で一歩ずつ確かめながら、特訓通りに敵の木棍を盾の真ん中で完璧に弾き返す。手の甲から少しだけ火が出せる程度の初級魔法を放って目眩ましをかけると、その決定的な隙を狙って、片手剣を思い切りよく喉元へと叩き込んでいった。


 一歩、また一歩と、二人の確かな足跡が、赤黒い石畳の上に重なっていく。


 やがて、回廊の最奥へと辿り着いた二人の目の前に、さらに深い第二層へと続く、冷たい石造りの下り階段が姿を現した。


「よし、第一層はここまでね。……澪ちゃん、終わりの挨拶をしましょうか」


 薫がファインダーを覗いたまま、マイクに拾わせるように華やかな声を響かせると、澪はカメラのレンズに向かって、少し照れくさそうにはにかみながら、一生懸命に頭を下げた。


「みんな、今日は私の初陣配信を見てくれて、本当に、本当にありがとうございました……っ!」


 画面の向こうのコメント欄が、ものすごい速度でお祝いの言葉で埋め尽くされていく。


『澪ちゃん初陣突破おめでとう!!』

『最初のビンタから剣盾の自衛のキレまでまじで最高だったわ!』

『挨拶初々しくて可愛すぎるw 絶対次も見るからな!』

『カメラマンのお姉ちゃんとのコンビ、ガチで推せるわ』


 次々に流れ落ちるリスナーたちの温かい言葉を、澪はクリクリとした目を丸くして、じっと見つめていた。


「あ……可愛いって言ってくれて、ありがとうございます……っ。はい! 盾の構え方、お姉ちゃんにいっぱい教えてもらったんです。……えへへ、次の配信も絶対にがんばるから、また見に来てくれたら嬉しいです!」


 カメラの向こうの観客からの熱い声に、本当に初々しく、嬉しそうに反応を返す澪の笑顔。


 その瞬間、あまりの愛らしさに心を撃ち抜かれたリスナーたちから、目も眩むような真っ赤な応援のスーパーチャットが、怒涛の勢いで画面いっぱいに流れ込み始めた。


『今のリアクション可愛すぎて脳が焼けた!!【赤いスパチャ:10,000円】』

『お姉ちゃんに自慢げなの最高かよ!【赤いスパチャ:30,000円】』

『次の配信も絶対行くからな!【赤いスパチャ:5,000円】』

『【赤いスパチャ:20,000円】初陣突破おめでとう! 次も絶対応援する!』


 滝のように画面を染め上げる真っ赤な光に、澪は「えっ!?」とクリクリとした目をこれ以上ないほど大きくしてびっくり仰天した。


「わあ……っ! なんか、画面が真っ赤っかになっちゃった……っ! たくさんのお金、本当にありがとうございます! ……でも、あの、皆さん……スパチャすっごく嬉しいんですけど、あんまり無理しないでくださいね……? ちゃんと、美味しいご飯食べてくださいね?」


 初心者の無垢さで、画面の向こうのリスナーを本気で気遣う澪の優しいセリフ。その無垢で真っ直ぐな表情を最高のドアップで捉え、薫はカメラの裏で小さく笑った。


「みんな、今日もたくさんの応援をありがとう! それじゃあ澪ちゃん、最後にみんなにメッセージ!」


「はい! それじゃあみんな、またねー! バイバイっ!」


 二人がカメラに向かって手を振るなか、薫は手元のスイッチを操作し、配信の電波を自然に、滑らかに切断した。


 プツン。


 最高の盛り上がりの余韻をリスナーに残したまま、レンズの脇の赤いランプが静かに消灯した。配信終了だ。


「ふぇぇぇぇ……っ、疲れたぁぁぁぁあああ……っ!!」


 電波が切れたと分かったまさにその瞬間、澪の全身からあらゆる緊張の糸が完全に千切れ飛んだ。


 澪は持っていた重い片手剣と頑丈な盾を床へと無造作に放り出すと、冷たい石畳の上へと、ペタンとその場に力なく座り込んでしまった。防具に包まれた小さな背中を丸め、床の上から、薫の顔を上目遣いでクリクリとした瞳でじっと見上げる。完全に、いつもの甘えん坊な妹の顔に戻っていた。


 薫は両腕に抱えていた業務用カメラを、肩掛けケースの奥へと手際よく仕舞い直すと、座り込む澪の前へと静かに歩み寄った。


 そして、少しだけ呆れたようにため息をつきながらも、そのあずき色の唇を、心の底からの愛おしさを込めて優しく、柔らかく綻ばせる。


「澪ちゃん。ダンジョンを完全に抜けて、地上に出るまでは、絶対に油断しちゃダメよ?」


「うぅ、だって本当に心臓がバクバクで、足が折れそうなんだもん……っ」


「本当に、昔から変わらないんだから。……ほら、立ちなさい」


 薫はそっと、自らの細く白い右手を、床の上の澪の前へと差し出した。


 澪はその温かい手のひらを、自らの小さな手でぎゅっと嬉しそうに握りしめる。薫は彼女の体を優しく引き上げるようにして、その場に立たせてあげた。


「えへへ、お姉ちゃんの手、やっぱりすっごく温かいね」


「当たり前でしょう。さあ、今日はお家に帰ったら、お姉ちゃんが何か温かいものでも作ってあげるわね。澪ちゃんはゆっくりお風呂に入って休みなさい」


「わぁ、本当!? お姉ちゃんのご飯楽しみ!」


 繋いだ手のひらから、生きている人間の確かな生命の温度を静かに感じ合いながら、二人は並んで、ゲートのある地上への帰路につくのだった。

【あとがき】


「配信(シーン41)を見てくれてありがとう。カメラマンの千歳薫よ。


 澪ちゃん、無事に初陣を終えました。


 最初は血を見ただけで真っ青になって、途中でどうなることかと思ったけど……最後までちゃんと自分の足で歩いて、第一層を抜けたでしょう?


 よく頑張ったわよね、本当に。


 それにしても、あの子ったら……せっかく高額スパチャがいっぱい飛んできたのに、『無理しないでください』『ちゃんと美味しいご飯食べてくださいね』ですって。


 普通、配信者がリスナーのお財布を心配する?


 ……まあ、澪ちゃんらしいけど。


 ちなみに、あれは私が教えた台詞じゃないわよ。営業用の台本でもないし、誰かに言わされたわけでもない。あの子が本当にそう思ったから、そのまま口にしただけ。


 だから、画面の前のあなたも無理はしないでちょうだい。でも『澪ちゃんの初陣、最後まで見届けてよかった!』『これからも姉妹コンビを応援したい!』って思ってくれたなら、【ブックマーク】して次の配信も待っていてね。


 下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染める『最高額スパチャ』も……まあ、生活に支障が出ない範囲でお願いするわ。【感想】も、澪ちゃんが喜ぶからたくさん待ってる。


 配信が終わったあとは、完全に力が抜けちゃってね。『足が折れそう』なんて言いながら、その場に座り込んじゃったの。


 だから最後は、私が手を引いて帰ったわ。


 ちゃんと地上まで。


 ちゃんと、生きて。


 ……今日はそれで百点よ。


 次の配信(シーン42)は、初陣を終えたあとのお話。


 澪ちゃんには温かいご飯を食べさせて、ゆっくり休ませてあげなくちゃね。」


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