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『ラストシーンは神アングルで。』〜死んだら契約終了、遺品はスタッフが美味しく回収します〜  作者: うちの猫
小鳥遊 澪編

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シーン40『震える盾、信じる姉の声』

 石畳の上にドロドロと広がっていく赤黒い本物の血溜まり。その生々しい悪意と強烈な異臭を前に、小鳥遊澪の思考は完全に白く染まっていた。片手剣を握ったまま、150センチの小さな体が、恐怖と嫌悪感でガタガタと激しく硬直する。


 キィィィイイイッ!


 だが、ダンジョンの悪意は、初心者の戦慄を待ってはくれない。


 死んだ個体の後ろから、生き残っていた残り二匹のゴブリンが、怒り狂ったような声を上げて一斉に突撃してきた。手にした木棍が、棒立ちになった澪の細い頭部めがけて容赦なく振り下ろされる。


「澪ちゃん、後ろ!! 盾を構えて!!」


 薫の、ファインダーの裏からの鋭い絶叫が響いた。


 その声に弾かれるようにして、澪はハッと我に返ったが、眼前に迫る醜悪な緑色の顔面に、完全にパニックへと陥ってしまった。


「ひゃあぁっ……! 来ないで、来ないでぇっ!!」


 澪はわけも分からず、ただ恐怖に突き動かされるまま、空いた手の甲から初級の火魔法をがむしゃらに放った。


 ポフッ、ポフフッ! と、焦りに任せて放たれた火球は、狙いも軌道もバラバラで、ゴブリンの遥か頭上の虚空へと虚しく消えていく。連発の効かない頼りない魔法を無駄に撃ち、魔力だけを大きく消耗していくが、魔物の前進を止めることはできない。


『映像のブレを感知。薫、何やってる。おい、ゴブリン二匹だぞ、アングルをちゃんとキープしろ』


 耳の奥のインカムから、二階のコントロールルームにいる栂野の、感情の消えた平坦な声が流れる。


 しかし、薫はそれに応じる余裕などなかった。魔物の棍棒が、澪の無防備な額へと届く、その寸前――。


「落ち着いて、澪ちゃん!! 盾を真ん中に――」


「嫌ぁぁぁっ! 怖い、怖いよぉっ!!」


 完全に目を瞑り、自衛のラインを投げ出して泣き叫ぶ澪。


 薫は、完全な丸腰のまま地面を強く蹴り上げた。飛び散る血溜まりをミリ単位のステップで踏み越え、業務用カメラを抱えたまま、振り下ろされる木棍の軌道、その数センチ横へと滑り込む。


 そして、空いた左手を、澪の青ざめた頬めがけて思い切り振り抜いた。


 パシィィィンッ!!!


 乾いた、鋭い破裂音が、ゴブリンの咆哮を掻き消して回廊に響き渡った。


「――っ、あ……」


 澪は、叩かれた自らの左頬を小さな手で押さえ、クリクリとした目を限界まで大きく見開いた。


 薫は業務用カメラを右腕と肩でしっかり支えたまま、限界まで澪の顔へと距離を詰め、その瞳の奥を、剥き出しの真剣な眼差しで真っ直ぐに射すくめた。


「今までの訓練を思い出すのよ、澪ちゃん!! あなたのその慎重な足元と、一歩も引かない思い切りの良さがあれば、こんな雑魚、絶対に勝てるわ!!」


「でも……っ、私、怖くて、自分の体が動かなくて……っ」


「自分を信じられないなら、お姉ちゃんを信じなさい!!!」


 呼吸が触れ合うほどの至近距離で放たれた、本物の、お姉ちゃんとしての決死の宣告。


「お姉ちゃんのカメラの前で、あなたに無様な姿なんて絶対にさせないわ。……行きなさい、澪ちゃん!!」


「――っ、うん……っ!!」


 澪の瞳から、恐怖の濁りが一瞬で消え去った。


 澪は唇を強く噛み締めると、ガシャッ! と重々しい音を立てて、自らの体をすっぽりと隠す頑丈な盾を、体の中心へと真っ直ぐに構え直した。


【コメント欄・戦闘再開】


『うおおお!? お姉ちゃんがビンタして正気に戻した!?』

『「自分を信じられないならお姉ちゃんを信じなさい」ってセリフ熱すぎるだろ!!』

『目が変わったぞ! 盾娘、いくぞ!!』

『同接二万五千突破! 頼む、二人とも蹴散らせ!!』


 画面の向こうでリスナーたちが大興奮し、コメント欄の速度が跳ね上がる。


 ゴブリンが咆哮を上げて棍棒を振り下ろす。しかし、澪の動きは、今度は完全に猛特訓のそれだった。臆病なほど慎重に、足元を確実に確かめながらすり足で前進し、敵の打撃を盾の真ん中で完璧に受け止める。


 ドガンッ! と激しい金属音が響く。


「今よ、澪ちゃん!!」


「火魔法(ファイアボルト)……っ!!」


 澪は落ち着いて、相手の顔面へと小さな火魔法をポンと放った。


 ポフッと頼りない音を立てて弾けた火球が、ゴブリンの目を確実に灼き、その動きを完全に硬直させる。


「はぁぁぁッ!!」


 澪は鋭く地面を蹴り上げた。持ち前の思い切りの良さをすべて片手剣へと乗せ、目眩ましを喰らったゴブリンの喉元へと、鋭く踏み込んで刃を叩きつける。


 ズシャァァァッ!!!


 それを見つめる薫の、プロとしての、カメラマンとしての本能が爆発した。


 安心した薫は、すぐさま手元の業務用カメラの画角を絶妙にコントロールし、澪のその初心者らしい泥臭い剣盾の動きを、まるで最初から映画のために計算し尽くされたかのように、最も美しく、最も「劇的」に見えるローアングルへと滑らかに滑り込ませた。


 ただ片手剣を振り下ろすだけの瑞々しい動きが、薫の神アングルによって、戦場に舞う気高き騎士のワンシーンのように何倍にも増幅され、実力以上のカタルシスを纏って世界中へと中継されていく。


『……いい画角だ、薫。同接三万五千を突破。投げ銭の初期流入、グラフともに垂直に突っ切った。そのまま最後の処理まで完璧に撮れ』


 インカムから流れる栂野の声は、相変わらず無関心で平坦だったが、薫はそんなノイズを完全に頭の中から閉め出した。ただ、自らのファインダーの前で必死に戦う、愛おしい妹の姿だけを執念深く追い続ける。


「これで……最後っ!!」


 澪は残る一匹のゴブリンに対し、盾でその懐を強く押し込むと、体勢の崩れた隙を突いて片手剣を横一文字に豪快に薙ぎ払った。


 ザシュゥゥゥッ!!!


 最後の魔物が、赤黒い床へとドスンと倒れ込み、完全に沈黙する。


 すべての魔物を完全に討ち果たした興奮と、お姉ちゃんとの約束を守り切った達成感で、澪は肩を激しく上下させながら、カメラへと最高の笑顔で振り返った。


「はぁ、はぁ……っ! 薫お姉ちゃん……私、やったよ……っ!!」


【コメント欄・戦闘終了】


『うおおおおお完全勝利きたああああ!!!』

『カメラワークまじで神かよ! 途中から映画観てるのかと思ったわw』

『「お姉ちゃんを信じなさい」からの大逆転劇、尊すぎて鳥肌止まらん』

『【赤いスパチャ:50,000円】最高の初陣をありがとう! 澪ちゃんもお姉ちゃんも大好きだ!』

『次も絶対に見るからな!!』


 画面の下から上へと、祝福の高額スーパーチャットの嵐が怒涛の勢いで流れ落ちるなか、薫はメインカメラを向けたまま、血溜まりの中で息を切らす澪へとそっと歩み寄り、カメラの裏側で、心からの愛おしさを込めて優しく、柔らかく微笑み返すのだった。



【あとがき】


「配信(シーン40)を見てくれてありがとう。カメラマンの千歳薫よ。


 先に言っておくけど、澪ちゃんのことを思いっきり叩いたのは謝ったわよ? あの子、頬を押さえながら『お姉ちゃん、本気で叩いた……』って、あとでちょっと拗ねてたもの。


 でも、あの時はそうするしかなかったの。血を見て怖くなって、何も考えられなくなって、そのまま目を閉じた澪ちゃんを見た瞬間……本当に心臓が止まるかと思った。


『自分を信じられないなら、お姉ちゃんを信じなさい』って?


 ……聞いてたのね。別に格好つけたわけじゃないわよ。ただ私は知ってるから。あの子がどれだけ怖がりでも毎日ちゃんと訓練してきたこと、何度転んでも盾を持ち直したこと、怖くて泣きそうになっても最後にはちゃんと前を向けること。


 だから、澪ちゃん自身がそれを信じられなくなったなら、私が代わりに信じてあげればいい。それだけよ。


 画面の前の、そう、そこのあなた。『澪ちゃん、初陣よく頑張った!』『お姉ちゃんのビンタ、痛そうだったけど熱かった!』って思ってくれたなら、ぜひ【ブックマーク】でこれからも澪ちゃんの成長を見守ってちょうだい。下にある評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染める『最高額スパチャ』も待ってるわ。もちろん【感想】もね。


 ……澪ちゃんにも、ちゃんと見せてあげたいから。


 次の配信(シーン41)は初陣の、その続き。魔物を倒したからって、それで終わりじゃない。


 ちゃんとこの子の手を握って、生きて地上へ連れて帰るまでが――お姉ちゃんの仕事なんだから。」


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