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『ラストシーンは神アングルで。』〜死んだら契約終了、遺品はスタッフが美味しく回収します〜  作者: うちの猫
宇佐美 紬編

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シーン27:『友達を見送る背中と、商品の値札』

 大聖堂を思わせる石造りドームの奥に鎮座していた上層の主――パペット・マエストロの細い肉体が、ドロドロとした黒い泥のような瘴気となって床へ溶け落ちていく。その凄惨な戦闘の余韻を置き去りにするようにして、薄暗い公共ルートのダンジョン入場ゲートをくぐり抜けた二人は、赤橙色の夕暮れに美しく染まる地上へと無事に戻ってきていた。


「わわわっ! 本当に生きて帰ってこれたんだねぇ……っ! 私、マエストロが白銀の凶槍を構えた瞬間、まじで心臓が口から飛び出して止まるかと思ったよーっ!」


 宇佐美紬うさみ つむぎは、腰のホルダーに収めた二本のククリナイフの柄を何度も指先で確かめながら、口ではドタバタと焦り狂って喋り続けていた。だが、その頬に引かれた一筋の浅い傷痕とは裏腹に、彼女の引き締まった身体からは、上層ボスを完全に討ち果たしたという確かな高揚感と、冒険者としての瑞々しい自信が全身から満ち溢れている。


「ふふ、だから落ち着いてって言ったでしょ? 紬ちゃんにはちゃんと、マエストロの超高速移動を上回るだけの特別なスピードがあるんだから。ほら、オシャレなジャケットの肩口は少し破けちゃったけど、その傷もマエストロを格好よく引きずり下ろしたっていう、最高の勲章だよ」


 千歳薫ちとせ かおるは、大きめのカジュアルなオーバーサイズパーカーの襟元を直しながら、どこまでも親しみやすい、同世代の友達としての優しい笑顔を紬へと張り付けてみせた。肩に掛けたどっしりと重い業務用メインカメラのケースが、歩くたびに腰のあたりで静かに揺れている。


「もう、薫ちゃんはそうやってすぐからかうんだからっ! でも……薫ちゃんが完璧なアングルでずっと私を追ってくれてるって、頭のウサギの髪留めに触れるたびに確信できたから、だから私、あの見えない糸の網の中でも迷わずにナイフが振れたんだよ。本当に、今日もありがとう!」


 他愛のない、どこにでもいる女の子同士の、楽しげな会話。


 駅へと続く賑やかな大通りの手前、表向きはうだつの上がらない個人事務所の看板を掲げた『クローバー撮影事務所』の入る古びたビルの手前で、二人は並んで足を止めた。配信外の私生活でも、銭湯や買い物、お泊まりまでべったりと一緒に過ごすようになって久しい二人の間には、ビジネスの壁など微塵も存在していないように見える。


「ううん、私のほうこそ最高の映像を撮らせてくれてありがとう、紬ちゃん。じゃあ、私は一度会社に機材を戻してログの整理をしてくるから。紬ちゃんも今日はゆっくり休んで、肩の傷にポーションを塗っておくのよ?」


「はーい、了解っ! じゃあ、また今度ねー、薫ちゃん!」


 紬は前髪に留められたお揃いの木彫りのウサギの髪留めを健気に揺らしながら、満面の笑みを浮かべて、弾むような軽いスニーカーの足取りで人混みの奥へと歩み出していった。何度も何度も、嬉しそうに振り返って大きく手を振る少女。


「ええ……また今度ね、紬ちゃん」


 薫はあずき色の唇を柔らかく綻ばせ、遠ざかっていく親友の背中を、どこまでも温かい友達の瞳で見送っていた。


 ――だが、紬の華奢な後ろ姿が、駅へと続く雑踏の中に完全に紛れて消え去った、その刹那。


 薫の美しい顔から、あの気さくで優しかった「友達の笑顔」が、まるではがれ落ちるように綺麗に消え失せた。


 その瞳は一瞬にして、極寒の氷のようになんの感情も宿さない、冷徹な大人の現場総責任カメラマンのそれへと戻る。


 スニーカーの底を静かに鳴らしてビルの薄暗い階段を上り、一階の純白の応接室には目もくれず、二階のコントロールルームへと続く古びた鉄の扉を押し開けた。


 扉がカチャリと閉じた瞬間、壁一面に設置された最新型の超高精細モニターの白い光が、薫の漆黒の髪を無機質に白々と照らし出す。部屋の真ん中、高級なウイスキーのグラスを回していた統括ディレクター・栂野とがのの、下卑た大爆笑が不気味に響き渡った。


「ギャハハハハッ! おかえり薫ちゃん! いやあ、完璧、完璧すぎる数字が出たよ! 五層のボス戦、あのマエストロが白銀の凶槍を撃ち出してきた瞬間のテメエのあの必死な悲鳴とカメラのぶっ飛び演出、まじで鳥肌が立ったぜぇ! チョロい一般リスナーどもが、お前があげたあの絶叫と、千早ちゃんが強制スイッチした髪留めの臨場感にガチで脳を焼かれてやがる、ケケッ!」


 栂野は満足げに手を叩き、カネの雨に狂喜乱舞しながらグラスを乱暴に煽った。薫は何も答えず、デスクの脇に敷かれた滑らかな最高級シルクのクロスの前へと進む。慎重な手つきで業務用ビデオカメラをその上へ置いた。だが、カメラから両手を離した薫の指先は、未だに自らの意志を裏切るようにして、ガタガタと激しく震え続けていた。


「先代の湊の時と違って、今回はダンジョン以外まで付き合って、一日中あのウサギの飯だの銭湯だのに付き合って防壁を溶かしてやってんだから、相当手が込んでるじゃねえか。プライベートの時間まで潰して、まめにあの手の純朴なタイプへの営業をこなすねぇ。さすがはうちの看板カメラマンだ、感心するぜ、ギャハハ!」


 栂野はニヤニヤとした下卑た笑いを浮かべ、モニターに表示された今回の総売上【八百十二万円】という文字を眺めて上機嫌に喉を鳴らしている。栂野は薫が「友達ロールプレイ」というハメ込み業務を私生活まで削って熱心にこなしていると完全に信じ込んでおり、そのカネの亡者としての計算の早さにただただ満足していた。


 薫は栂野の下卑た労いの言葉に「ええ、ビジネスだもの。これくらい当然よ」と短い生返事をしながら、まだ震えの収まらない指先を隠すようにオーバーサイズのパーカーのポケットへと押し込んだ。そして、静かに部屋の隅のコントロールパネルへと歩み寄る。


千早ちはやちゃん。レンズの清掃とログの吸い出しをお願いね。……それと、さっきの戦闘中、本当に助かったわ。ありがとう」


 薫は、あの極限状態の中で一秒の遅れもなく中継映像を切り替えて配信の崩壊を防いでくれた、千早へ本心からのお礼を告げた。


「業務を遂行したまでです、薫さん。すでに同期と収益の確定処理を行っています」


 千早は感情の起伏がない無機質な声のまま、淡々とキーボードの上で指先を滑らせていた。千早の細い指が画面をクリックすると、モニターに今回の正確な分配データが展開される。


「契約書第四条に基づき、総売上八百十二万円から、我が社の取り分として70%の五百六十八万四千円を自動天引きで回収。残る30%、二百四十三万六千円が宇佐美紬の取り分です。なお、今月分の月額固定管理手数料二十万円は前回の配信時にすでに相殺済みのため、今回は【二百四十三万六千円】をそのまま個人口座へ同期します。また、今回の絶叫と映像切り替えにより、リスナー側の同情値と『友達同士の絆』への感情移入度は極限まで跳ね上がっています」


 千早の無機質な瞳には、薫のあの悲鳴とブレが「本物の恐怖」によるエラーであったことなど、データ上も含めて一切の疑念すら浮かんでいなかった。千早も栂野も、あれは薫が最終的な商品のロストに向けて仕掛けた、極上の前振り演技だと完全に思い込んでいる。


「ギャハハハッ! 聞いたかよ薫ちゃん! お前があの土壇場で仕込んだ最高の『親友の絶叫演出』のおかげで、ウサギの商品価値は限界まで跳ね上がったわけだ! 千早ちゃんのシミュレーションじゃ、次からはいよいよ生存確率が一桁に落ちる『中層』の深淵だ。あいつが死に直面する瞬間、どれほどのカネの雨が降るか想像もつかねえな!」


 栂野はデスクを何度も叩き、下卑た笑い声を深夜のオフィスに響かせた。


 ここから3人は、モニターに映し出された中層の複雑な死の罠のデータを眺めながら、今後の「宇佐美紬のロスト方針」について、最も同情を誘い、投げ銭の売上が最高値まで爆発するタイミングの選定という、冷徹なビジネスとしての具体的な話し合いを淡々と進め始めた。


「仕事だからな。次の中層でもたっぷりあのウサギを踊らせて、最高の瞬間に、最高値でロストさせてやろうじゃねえか、ギャハハハッ!!」


 栂野の下卑た大爆笑と、千早が無機質に叩き続けるキーボードの音だけが、夜のコントロールルームに冷たくこだまする。


 薫はその最悪な笑い声に包まれながら、パーカーのポケットの中で、未だに冷え切ってガタガタと震え続ける自らの右手のひらを、強く、強く、肉に爪が食い込むほどの力で握りしめた。


(そうよ……これはビジネス。これは、仕事。私はカメラマンで、あの子は高く売れる『商品』……それだけよ)


 あの子がどれほど無邪気に「また今度ね」と笑って手を振ろうとも、その行く末は最初から冷え切ったチェス盤の上に固定されている。薫は胸の奥深くを激しく引きちぎるようにして疼く不穏なノイズを、自らの冷徹なプロとしての意志の力で完全に押し殺し、宇佐美紬を最高値でロストさせるという、クローバーの人間としての非情な決意を、ここで静かに固めるのだった。

【あとがき】


「配信(シーン27)を見てくれてありがとう。カメラマンの千歳薫よ。


 上層突破。


 同接九万人。


 総売上、八百十二万円。


 ふふ。


 紬ちゃんも、ずいぶん立派な『商品』になったでしょう?


 中層へ進めば危険度はさらに上がる。


 危険になればなるほど、リスナーは心配して、応援して、もっともっとお金を落としてくれる。


 完璧。


 全部、予定通りよ。


 だから――。


『また今度ね、薫ちゃん!』


 …………。


 ええ。


 また今度。


 それだけの話よ。


 画面の前の、そう、そこのあなた!


『上層突破おめでとう!』

『中層も気になる!』

『薫の手、まだ震えてるだろ』


 ……最後の感想を書いた人。


 余計なところまで見てるんじゃないわよ。


 面白かったなら、ぜひ【ブックマーク】登録で次の配信も追いかけてちょうだい。


 下にある評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染めるという名の『最高額スパチャ』も忘れないでね?


 もちろん、フェイク抜きの本物の星5個でお願い。


 みんなからの熱いコメント(感想)も大歓迎よ。


 さあ。


 次からは、いよいよ中層。


 生存確率は、一桁。


 …………。


 だから何?


 私はカメラマン。


 あの子は商品。


 それだけよ。


 次の配信(シーン28)も――楽しみにしててね♡」


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