シーン25:『骸糸の狂舞と、噛み合う二人』
大聖堂を思わせる石造りドームの床へと同時に着地し、激しく飛び散る火花と返り血の余韻のなかで、宇佐美紬とパペット・マエストロは再び緊迫した距離を取っていた。
紬の軽いレザーアーマーの肩口からは鮮血が滲み、荒い息が冷え切った空間に白く弾けている。しかし、二本のククリナイフを逆手に握り直す彼女の瞳には、未だ獰猛なまでの闘志が満ち満ちていた。
「ギ……、ギギギギギッ……!」
燕尾服を深く引き裂かれたマエストロの、引きつった笑い面の仮面が、さらに不気味に、歪に吊り上がる。
ボスは十本の指を、まるで鍵盤を叩くかのように激しく躍らせると、ドーム全体に蜘蛛の巣のように張り巡らされた無数のワイヤーを強烈に弾き鳴らした。
キィィィィィィンッ!
空間そのものが削れるような甲高い金属摩擦音がドームに吹き荒れる。
マエストロはそのワイヤーの超強力な弾性を利用し、左右の壁、そして天井の梁の間を、目にも留まらぬ速度でジグザグにバウンドし始めた。一瞬で十数個の残像がドームの闇に浮かび上がり、全方位から紬の死角へと肉薄する。
「わわわっ!? 残像がめっちゃ増えたよ、薫ちゃん! 右も左も燕尾服だらけで、どれが本物か全然わかんないってばあ!」
「惑わされないで、紬ちゃん! 耳を澄まして音を聴くの! 壁を蹴る木製の関節の音が、一番重く響いている場所が本物よ! ほら、十一時の方角!」
「了解っ! そこだぁぁぁっっ!!」
薫の気さくで明瞭なナビゲートがドームに響き渡ると同時に、紬は自身の野生の直感を爆発させた。
口ではドタバタと叫んで焦りながらも、その身体能力は完全にガチだった。紬は弾かれたように地を蹴ると、十一時の方角から残像を突き破って急降下してきたマエストロの本体に対し、二本のククリナイフを鋭く振り下ろした。
ガガギィィィィンッ!!!
激しい火花が散り、ドームの石畳に深い亀裂が走る。マエストロの指先から放たれた極細の骸糸の束を、紬はククリナイフの湾曲した内刃で完璧に受け止め、力任せに押し返してみせる。
「ギギッ!? ギガァッ!?」
「あはは! 捕まえたんだからっ! ……って、ひゃああっ!? なんか糸が腕に絡みついてくるよーっ!」
「紬ちゃん、力任せに引いちゃダメ! 刃を滑らせて、その糸を綺麗に断ち切っちゃうのよ!」
「うんっ! せーのっ、フッ!!」
薫の的確な応援を受けながら、紬は焦って叫びつつも、驚異的な柔軟性で身体をその場で一回転させた。
ククリナイフの滑らかなブレードワークが、腕に巻き付きかけた極細の剛糸を、ジュウと摩擦熱を発しながら鮮やかに斬り切り、ボスの懐へとさらに一歩、鋭く踏み込んでいく。
完全な丸腰のままその超高速の激闘に並走している薫のカメラワークは、未だミリ単位の狂いもなく冴え渡っていた。
ボスの爪先が鼻先を掠めるほどの危険な至近距離をステップでひらりとかわし、重い業務用メインカメラを両腕で完璧に固定したまま、紬の凛々しい横顔と、飛び散る火花の美しい対比を最高の友達アングルで世界中へ送り続けている。
メインカメラが拾いきれない広角の死角は、薫の頭部で揺れるウサギの髪留めに仕込まれた隠しカメラが寸分の狂いなく補完し、千早の操作によって極上の戦闘映像へとリアルタイムで再構築されていた。
『おいおいおい! 激しすぎて目ぇ追いつかねえよ!』
『ナイフの子、お喋りドタバタなのに動きガチすぎて脳がバグるww』
『カメラマンのお姉さんの指示まじでプロすぎるだろ! 的確の極み!』
『同接七万五千突破! このまま上層ボス押し切っちゃえ!!』
コメント欄が二人の完璧な連携に狂熱し、高額な投げ銭が滝のように流れ落ちる中、激しい切り結びの応酬はさらにその速度を増していく。
キンッ! カンッ! ズバァァァンッ!
ドームのあらゆる場所で、ククリナイフの鋼鉄と、マエストロの骸糸が激突し、凄まじい金属音が大聖堂の壁に幾重にも反響していた。
紬が『壁飛び』で空中へ舞い上がれば、ボスはワイヤーでそれを追う。空中で何度も二刀の刃と極細の糸の槍が激しく交錯し、お互いの肉体と衣服を浅く削り合いながら、二つの影は同時に床へと着地し、再び猛烈なプレッシャーを放ちながら対峙した。
マエストロは不気味な関節の音を鳴らしながら、ドームの天井高くへとワイヤーで一瞬にして垂直に舞い上がった。
そこから、重力とワイヤーの巻き取り速度を完全に同調させた、目にも留まらぬ猛烈な急降下爆撃が紬へと仕掛けられる。
「ちょっと! 上から真っ逆さまに落ちてくるとか、本当にサーカスじゃないんだからねっ!」
「紬ちゃん、右ステップから後ろへの連続バク転よ! 敵の落下点を大きく外して避けるの!」
「はいっ!!」
紬はドタバタと叫びながらも、薫の指示を寸分の遅れもなく身体へとトレースした。
右足で強く床を蹴り、影がブレるほどの速度で真横へ滑り込むと、そこからしなやかな跳躍で後方へと三連続の美しいバク転を披露する。
ドゴォォォォンッ!!!
直前まで紬が立っていた石畳の床が、マエストロの鋭利な両足の突き刺しによって爆発したかのように粉々に砕け散り、大量の石礫がドーム中に吹き飛んだ。
「うわわっ! 石の破片がめっちゃ飛んでくるっ! でも、お揃いは傷一つつけさせないんだからっ!」
「いい意気込みよ、紬ちゃん! 敵が着地の硬直で一瞬だけ止まるわ、今が最大のチャンスよ、一気に懐へ滑り込みなさい!」
「いっけぇぇぇーー!!」
飛来する礫をククリナイフの腹でガギィンとはじき飛ばしながら、紬は爆発的な速度で地面を滑るように前方へと突撃した。
オーク戦で見せたような自らの優れた状況判断と、薫の戦場を何手も先まで見通す完璧な戦術指示。その二つが完全にパズルのように噛み合い、マエストロの無慈悲な骸糸の網を次々と潜り抜けていく。
姿勢を限界まで低く保った紬の、滑り込みながらの上段への斬り上げ。
ククリナイフがボスの燕尾服の残りの部分をズタズタに切り裂き、マエストロの木製の細い腹部から、ガリガリと硬質な削岩音が鳴り響く。
「ギ、ギギッ……! ギギギギギッ……!!」
ボスは初めて自身の速度を完全に上回る連続攻撃を浴びせられ、仮面の裏から怒りに満ちた人形の擦れ合う声を激しく狂わせた。
マエストロは床を蹴って再び空中へと舞い上がり、部屋中に網の目のように張り巡らされた複雑なワイヤーの隙間にその細い手足を複雑に絡みつけながら、四方八方から同時に極細の糸を鞭のようにしならせて繰り出してくる。
「ひゃああっ! どこから糸が来てるかもう意味不明だよ薫ちゃん! 全部の壁から縄跳びが飛んできてるみたい!」
「焦らないで、一度大きく上を向くのよ! 天井の滑車の回転に合わせて糸が誘導されてるわ! 軸になっているあの滑車を狙って、ククリナイフを投擲して!」
「なるほどっ! 狙い撃ちしちゃうんだからっ!」
紬はドタバタと叫びながらも、右手のククリナイフを鋭いスナップで天井へと向かって思い切り投げ放った。
回転しながら白銀の軌跡を描いたナイフは、薫の指摘した主軸の滑車へと寸分の狂いなく突き刺さり、その回転を完全にロックした。
ガガガガッ!
滑車が噛み込み、四方から放たれていた骸糸の網が、一瞬にしてその張力を失ってダラリと床へと垂れ下がる。
「やった! 薫ちゃんの言う通りにしたら本当に糸が止まったよ!」
「素晴らしいわ、紬ちゃん! 最高のブレードワークよ! リスナーのみんな、今の神がかった投擲を見た!? これが私たちの自慢のウサギさんよ!」
薫は完全な丸腰のまま並走し、業務用ビデオカメラの画角を絶妙にコントロールしながら、マイクへ拾わせるようにいつもの親しみやすい友達としての華やかな声を響かせ、激しい切り結びの応酬を何分にもわたってファインダーの中に克明に収め続けていた。
【あとがき】
「配信(シーン25)を見てくれてありがとう! カメラマンの千歳薫よ。
どうだった?
あっちへ跳んで、こっちへ跳んで、見えない糸まで飛んできて。
あんな戦場で私が『十一時!』って言っただけで、迷わず刃を振るえるんだから……紬ちゃんもずいぶん頼もしくなったでしょう?
私が見つけて。
あの子が飛ぶ。
私が指示して。
あの子が斬る。
……ふふ。
なんだか、パズルのピースが綺麗にはまっていくみたい。
カメラマンと被写体としては、理想的よね。
それ以上でも、それ以下でもないわ。
画面の前の、そう、そこのあなた!
『二人の連携が気持ちよかった!』
『紬ちゃんの高速戦闘が格好いい!』
そう思ってくれたなら、ぜひ【ブックマーク】登録で次の配信も追いかけてちょうだい。
下にある評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に染めるという名の、私への『最高額スパチャ』も忘れないでね?
もちろん、フェイク抜きの本物の星5個でお願い。
みんなからの熱いコメント(感想)も大歓迎よ!
さて。
紬ちゃんが止めた、あの滑車。
追い詰められた道化師が、このまま素直に倒れてくれると思う?
……うふふ。
次の配信(シーン26)『空中を舞う道化師と、迫り来る白銀の凶槍』も、最後まで見逃さないでね♡」




